第31話

「バクヒロ、欲しい物があるの。スーパーヒーローショーの本部にお願いってできるんだよね」


 マミヤは細い眉を下げ、目を伏せて髪を触りながら切り出した。

 頼み事をするのが苦手なのかもしれない。


 戦いに関する備品や、一般人として日常生活を送るための必需品は、本部に申請して認められれば支給される。


 フローラルキティン関連のものを本部に申請するのはバクヒロの仕事だ。


 新しい武器の発注などもそうして行った。

 戦闘にあんまり関係なさそうな高価なブランド物のバッグとかでない限り、大丈夫なはずだ。


「なにが欲しいの?」

「スポーツカーとワックス」

「え?」

「違うの。中古車でいいの。別に乗るわけじゃないし」

「どういうこと?」

「えっと……アタシもよくわからないんだけど。車にワックスをかける動きをやり続けていると、いつの間にか強くなるって、さる筋から情報が入って」


 また例のさる筋か。

 誰かはまったくわからないけど、間違いなく背が低い赤毛のパーマだろう。

 どんな秘密特訓をするつもりなんだか。


 思い返せばバクヒロにも、ニワトリを追いかけたり、ホースの水を頭上からかけ続けられたりと、理解不能な修業を強いられた記憶がある。


 知らないふりして手助けしてあげたいが、さすがにスポーツカーは無理だろう。

 未成年どころか高校生なのだから。


「スポーツカーは難しいと思う」

「そうよね。本当バカなんだから、ちょっと考えればわかるのに」


 マミヤはそう言って呆れ返ったように腕を組み胸をそらした。

 すらりとまっすぐに立ち、重力から開放されたような美しい立ち姿だった。


「バレエはもうやらないの?」

「言ったでしょ。胸が大きくなりすぎたからやめたの。バレリーナはね、選ばれた人がなるものなのよ。変に脂肪がついたりしたら重心が狂うし、体質的に向いてないのよね。選ばれた上で、正しく狂える人しかなれないのよ」

「でも、やめるときは辛くなかった?」

「別に。そんな真面目にやってたわけじゃないもの」


 マミヤは愛くるしいタレ目を細めてあっけらかんと笑う。


「やってたでしょ」

「は?」

「そのくらい、見りゃわかるよ。真面目にやってない人が、あんな動きできるわけない」

「あのね、言っておくけど現役の時の舞台なんかもっと全然すごかったんだよ。あの程度で知った気にならないでくれる」

「わかったよ。一応本部には車のこと伝えておくけど、期待しないように言っておいて」

「うん、え? 誰に?」

「いや、その。さる筋の情報元に」


 ニントモのことはこうして自然と耳に入ってくる。


 別に会わないから寂しいという感覚でもない。

 元気にやってればそれでいい。


 バクヒロはヒーローにならない道を選んだ。

 けれどそれがニントモと共に目指していた道から外れたという気はしない。


 フローラルキティンのことも、スーパーヒーローショーのことも考えることが多い。

 きっとそれは、本気でヒーローを目指していたからこそ気づくことなんだ。


 いつか、バクヒロの非ヒーロー道を見せるときも来るだろう。

 少しだけ、その日が楽しみだった。

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