第30話
バクヒロがキネコを追いかけいくと、人気のない採掘場に着いた。
キネコは、乱暴に上着を脱ぎ捨てフローラルキティン・ブランに変身をする。
まるで行き場のない感情をぶつけるように目の前に立ってるカカシに向かってテニスのサーブを繰り出す。
すでにズタボロになってるカカシをみると、ここでいつもキネコは練習をしていたのだろう。
「フローラルキティン・ブラン・プラズマ落とし! フローラルキティン・ブラン・マグネティック・ダイナマイト! フローラルキティン・ブラン・ブレイク連撃!」
普段の品の良いキネコとは思えない形相でボールをカカシに向かって放つ。
ただ怒りのために手元が狂っているのか、ボールはまったくカカシに掠らずに盛大に外れまくっていた。
バクヒロは声をかけるタイミングを逸したまま、しばらく呆然とその姿を見ていた。
やがてキネコの様子は変わってきた。
声にはらんでいた怒気が消えて、マスクから見える口元も笑ってるように見える。
実際に笑い声も漏れていた。
スーパーヒロインであること、フローラルキティンでいることが楽しくて仕方がないという感じだった。
ボールはカカシに命中するようになっていた。
そのまま黙って去ろうと思ったところで、バクヒロは足元の棒に躓きダイナミックに転んでしまった。
よく見るとその棒はガットの破れたラケットだった。
転んだ音に気がついてこちらを振り向いたキネコと目が合う。
「ごめん。偶然通りかかったというか、偶然後をつけてしまって……」
「見てたのですね?」
「偶然見てしまいました」
バクヒロが謝るとキネコは姿勢を正してこちらを向き直った。
マスクの奥の目の周りは真っ赤になっていて、白いフローラルキティン・ブランのマスクとコントラストを見せていた。
「見てましたよね。私、いい子ぶっているけど、こんなんなんです。幻滅しましたよね」
「見てたけど、全然幻滅なんてしてないよ。むしろすごいと思った」
「お母さんに心配かけたくなくって、いつも従ってきたんです」
「キネコさんは強いじゃないか。いつだって誰かのためを思ってる」
「誰かに向けて本音を話すこともでないのです。だからこうやって一人で、自分自身を紛らわすようなことをしてるんです。私はマミヤさんみたいに人のことなんて気にしてられないの!」
「それでも、本気で人のことを思った時のキネコさんの意志はすごい」
「何もわかってない!」
ガットの破れたラケットを抱えて座り込んだバクヒロに、キネコは潤んだ瞳で初めて聞くほど大きな声を出した。
「……なーんて風に言われたら、余計苦しいよね」
バクヒロは立ち上がって土を払うと、カカシの肩に手をおいた。
キネコははっと顔を上げた。長い黒髪がこぼれ顔にかかる。
「期待に応えたい、裏切りたくない。そうやって我慢することって嫌にならない? ボクは嫌だよ、そんなの」
「でも、私はスーパーヒロインですから」
「ボクはスーパーヒーローになりたくてさ。ずっとスーパーヒーローのことばっかり考えてた。でも実際には怠けたい時もあるし、ズルしたり嘘つきたい時だってある」
キネコは黙ってバクヒロの言葉に身体を震わせる。
近くで見るカカシは、ボロボロになったところを何度も補強してあって、それが半端な過程で作られたものではないことが一目でわかった。
「そりゃ、誰かを守るために闘うっていうのが正しいスーパーヒーロー像だと思うよ。でも、それをずっと続けるのって本当に苦しいじゃん。ボクはダメだったよ。辛くて苦しくて、いっそ人のせいにしてしまえば。そう思った時にやめたんだ。ヒーローに憧れるのを」
キネコは俯いたまま、拳を握り締める。
「やめれたんですか?」
「うん。やめられた。圧倒的にヒーロー像を体現する人たちが目の前に現れたから。様々な思いを抱えていても、ただ純粋にヒーローが好きだという気持ちを優先できる人」
「私、本当にフローラルキティンが好き。だからこそ、結果を出さなくてはなりませんの」
「わかってる。ボクからしたらキネコさんは天才だよ」
「それは違います。天才はマミヤさんの方」
「マミヤは確かにすごい。運動神経も闘争心も。でもボクの考える天才っていうのはさ、本人が自分のために夢中になってるだけで、外部の人間にどんどん影響を与えてしまう人って感じかな。キネコさんの姿は、はっきり言ってしびれるくらいに衝撃的だよ」
「私が?」
キネコはまだピンとこない表情でつぶやいた。
「キネコさんはそのままでいてくれていい。それが最高のヒーロー像だ。これ、改良してみたんだど、使ってくれるかな?」
鞄の中から、届いたばかりのフローラルキティン・ブラン用の武器『ジェット・ガジェット・ラケット改』を出す。
キネコはそれを受け取ると、グリップを伸ばし構えた。
「ボールには超強化伸縮ロープがついてて、いつでも手元に戻ってくるんだ。昔、そんな玩具があったんだってさ。バンバンボールっていうのかな」
「一人用ですね。私にピッタリですわ」
そう言ってキネコはマスク越しに笑った。
「打ちこむ相手は他のだれでもない、自分自身。自分と向き合うための、そして打ち勝つための武器だよ」
「ありがとう。試してみていいですか?」
バクヒロは頷いて言った。
「わかった。すぐにここをどく……」
そう言い終わらないうちに、顔から15センチも離れていないカカシが破裂した。
衝撃が頬に伝わり、バクヒロの身体がよろけた。
跳ね返ったボールをラケットで華麗に受け止めるながらフローラルキティン・ブランが言った。
「これ、最高ですwa」
バクヒロは精一杯の笑顔を作って親指を上げる。
かすかに震えるその親指を見てキネコは嬉しそうに笑う。
切れ長の目が細くなり、薄い唇の口角が上がった
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