第29話

 ニントモたちの熱意に気圧され、バクヒロとキネコは静かにその場を去った。


「すごいね」


 バクヒロのひねりのない感想に、キネコは頷く。


「よかったです。ニンくんはちょっと難しい子だったから」

「そっか。昔から知ってるんだっけ」

「見た目が特徴的だから、その……他の子たちから疎外されるような」

「いじめられてた?」

「はい。それでも仲良くなろうと頑張ってたみたいなんですけど、やっぱり難しいんですよね。そういうのって」


 バクヒロが知ってるニントモの空気を読まない言動は、そういった経緯と無関係ではないだろう。

 ひょっとしたら、他人とのコミュニケーションが未発達な状態で成長してしまってもがいているのかも知れない。


 コミュニケーションに慣れていない人間が人と打ち解けようとする時、このチャンスを最大限に活かさなければといつもより大袈裟なキャラクターになってしまうことは、バクヒロにも思い当たる部分がある。

 相手のことを考える余裕なんて持てなくて、できる限り情報量を詰め込みたくて早口にまくし立ててしまう。

 結果、それで相手から引かれるなんてのは、今だってうっかりすると犯してしまう過ちだ。


 ニントモとバクヒロは、たまたま話題がヒーローのことで意気投合した。

 お互いに似た者同士だったから、その普通なら引かれるほどの盛り上がり具合が気にならなかっただけだろう。


「ニンくんにとってバクくんは、ヒーローみたいだったんでしょうね」


 キネコがそう言った。

 そんないいもんじゃない。

 二人とも他に友達がいなくて、傷を舐めあってたようなものだ。


 でも、傷をなめ合う相手がいるのといないのとでは大違いだ。


 いつも隣りにいたニントモがいないのは変な気がする。


 妙な感傷がバクヒロに襲いかかってきたので、振り払うようにキネコに話しかける。


「マミヤは、キネコさんのことを認めてるんだね」

「認めてはいないと思います」

「あのマミヤがあんな風に言う人が他にどれほどいると思う?」


 そんな会話をして二人で学校を出る。

 そこで大きな声をかけられ、見知らぬ婦人がキネコの腕を掴んだ。


「キーちゃん」

「……お母さん!?」


 目を見開いてキネコが驚いている。

 どうやら母親らしい。


「どうも、はじめまして」


 バクヒロが頭を下げると、キネコの母親は瞬間的にバクヒロを見てすぐに無視をした。


 化粧っけがないからか、バクヒロの母よりもかなり年上でどこか疲れた印象を受ける。


「最近帰りが遅いし、変な噂を聞いて心配してたの。さぁ、帰りましょ」


 そう言ってぐいっと引っ張る手をキネコは抵抗する。


「お母さん、私……」

「わかってる。キーちゃんは、いい子だものね」

「違うの、お母さん」

「大丈夫よね。キーちゃんはお母さんに心配かけたりしないものね」


 キネコの母はキネコの言うことが耳に入らないのか、表情をこわばらせたまま力いっぱい腕を引く。


「私、戦わなくちゃいけないの」

「戦う? 何を言ってるの?」

「人を助けるために戦うの」

「そんなのキーちゃんのすることじゃないわ」

「私がすべきことじゃないかもしれないけど、私がしたいことなの」

「そんな、だって危ないじゃない。そんなことキーちゃんは言わないわ。心配かけるはずないもの」


 キネコの母の声はどんどん甲高くなり、まるで超音波のような叫び声に変わった。


 キネコは固く目を閉じ、苦しそうに身を縮める。

 そして顔を上げると毅然とした表情で言った。


「ごめんなさい。でも、私がそうすることを選んだの。私の人生だから」

「キーちゃん」

「ごめんなさい」


 キネコは母親の手を振り払い走っていった。


 バクヒロは追いかけるしかなかった。


 振り返った時、道にへたりこんだキネコの母親の様子が胸に突き刺さった。

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