第28話
学校でバクヒロはニントモとばったり出会った。
同じ学校に通っているのだから会わないほうが不自然ではある。
最近はわざわざ会いに行くのも気まずいので、いつもの秘密基地には足を向けなかったし、放課後は新生フローラルキティンのためにすぐに家に帰っていた。
バクヒロの横で並んで歩いていたマミヤを見て、ニントモは赤毛の眉を下げると、唇を歪ませ、怒りとも悲しみともとれる顔をして走って逃げた。
「待ってて。アタシが追うから」
そう言ってマミヤは髪をなびかせ、アスリートの走り方で追いかけていった。
待っててと言われたところで、ここでぼーっと待っているわけにもいかない。
ニントモのことが気にしてるのはマミヤよりもバクヒロなのだ。
早足で二人を追いかけ体育館裏に来た所で見失い途方に暮れた。
仕方ないので帰ろうとすると、袖を引っ張っられて強引に茂みに引きずりこまれた。
茂みの中には、キネコのまつげの長い鋭い目があった。
キネコが唇に指を当ててそのまま指し示した方向には、ニントモとマミヤがいた。
思ったより距離が近い。
「言いたいことがあるなら言いなさいよ」
マミヤのきつい言い方に、ニントモは鼻水をすすりながら震えた声で答えた。
「弟者が無事でよかったぞぃ……」
思いもよらない言葉にバクヒロは胸が締め付けられた。
「弟者に、いけない言葉言っちゃったかんな。そしたら、弟者が戦いでやられてた。ニンのせいだぞぃ。ニンが悪いこと言ったから」
「そんなの関係ないでしょ」
「でも、弟者が死んじゃったら。最後に話したのがあんな言葉になっちゃうかんな」
ニントモは感情を抑えず天を仰いで泣き出した。
涙と一緒に鼻水とよだれが盛大に流れ落ちる。
「バカね。死ぬわけないじゃない。あんたが鍛えたんでしょ」
「でも、弟者はバスに酔ってゲロ吐くし、デパートのパンツ売り場で鼻血出すし、あとテレビで心霊大特集見た後熱出して寝込むし、炭酸飲むと咳き込むし、あと、あと……」
どさくさに紛れて人の恥を開陳し続けるニントモに、バクヒロは無言で拳を握りしめる。
横にいるキネコを気にすると、彼女は睫毛に涙のしずくをのせていた。
マミヤがニントモを抱きしめるように手を伸ばすと、ニントモはエビのように後方に逃げた。
「ニンは毒手拳の使い手ぞぃ」
涙声で絞り出したその言葉に、マミヤは呆れつつもちょっと笑いをこぼした。
しばらく様子を見守っていたけど、黙って覗き見しているのも気が引ける。
しかし立ち去ろうにも、キネコが袖を掴んでいるので動けない。
ニントモのしゃくりあげが収まりかけた時、マミヤが声を上げた。
「ニントモ、アタシを鍛えてよ」
「なんぞぃ?」
「アタシ、ちゃんとしたスーパーヒロインになりたいの」
「そんなこと言ったって、もうフローラルキティンぞぃ」
「ううん、足りない。この間の戦いでそう思ったの。アタシね、助けられなかった。ひどいことを言う人たちを。本当言えば痛い目見ればいいくらいに思ってた。なのに、キネコは助けたのよ。あんなこと言われたのに! 悔しかった。負けたって思った」
「負けたぞぃ?」
「怪人に負けた以上に悔しかったの。自分ではスーパーヒロインになってるつもりだったのに、全然なれてなかった。だいたい最初っから気に入らなかったのよ。なによ、あのパッツン前髪は。あれ、アタシがやりたかったのに! でもアタシ、顔が派手だからああいうの似合わないの。見るたびに腹が立つわ。年上だからってなんか余裕だしてるし、ああいう態度とられると、アタシが必死になってバクヒロの気を引こうとしてるみたいに見えるじゃない。それに、バクヒロのお母さんとも仲がいいみたいだし、アタシなんか全然話したこともないし、この間お見舞いに行った時だって、なんか気を使われてはしゃいでたみたいな空気だったし、もうなにもかも嫌なの! だから、アタシを鍛えて」
「そんなの弟者に言えばいいと思うぞぃ」
「それじゃダメ。だって、秘密の特訓だもの」
ニントモは目の前で手榴弾が爆発したかのようにによろめいた。
「い、いま、なんて?」
「秘密の特訓なの!」
「秘密の特訓……。人生でやってみたい儀式ナンバーワンぞぃ」
「お願い! 師匠!」
「むむむ、できればマスターの方が好みなんぞぃ」
「マスター!」
ニントモは両手の小指を両耳に差し込みグリグリと回転させると言った。
「もう一回言って」
「お願いします。アタシを鍛えてください。マスター!」
「ニンの修業は厳しいぞぃ?」
「望むところよ、マスター」
マミヤがニントモに手を差し出す。
一瞬、バックステップで避けたその手を、ニントモはおずおずと指先で摘んだ。
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