第34話
バクヒロの家でささやかな祝勝会が開かれた。
キネコは口を一文字に結び、気に食わない表情だ。
「今日の戦いは通過点に過ぎません。いちいちこのようなことで馬鹿騒ぎをしていては、身が持ちません」
飲み物の用意をしながら彼女はそうつぶやいた。
「わかってないわね! 継続して戦い続けるのに打ち上げは必要なの。これで一旦気持ちを休めて、新たな決意で次の戦いに向かうわけ。どこかでリセットしないと人間は狂っちゃうわ。メリハリが必要なの」
「私はメリのみでも十分に楽しいですけど」
「私だってメリは楽しいわよ! でもハリを楽しむ余裕を持ってないとダメなの」
「ではマミヤさんはハリを楽しんでいれば良いんじゃないですか。私はメリをやりますから任せてください」
「そういうことじゃないの! メリを最大限に楽しむにはハリがあったほうがいいに決まってるじゃない」
戦っている時はあれだけ意気投合していたように見えたのに、全然仲良くない。
でもそういうものなのかもしれない。
戦いの中に身をおいてないバクヒロにとって、その少し変わった友情の形は理解できないけれど少しだけ憧れる。
そうは言っても、おめでたい祝勝会を険悪なムードではじめるわけにはいかない。
バクヒロは二人にグラスを渡す。
「盛り上がってるところ悪いんだけど、今日はとりあえずハリの方でお願い。そもそもハリってなに? 専門用語?」
そう言いながらバクヒロは二人のグラスにペットボトルのお茶を注ぐ。
「知らないわよ! キネコさんが言い出したんでしょ」
「最初にメリハリメリハリを言い出したのはマミヤさんでは?」
「あ。ボク、ジンジャエールがいいな」
お茶を注ごうとするキネコにバクヒロは言った。
「食事の時に甘いもの飲むって変じゃない? だいたいなんでピルクルがあるの? 飲まないでしょ、食事の時に」
マミヤはそう言いながらテーブルの上にあったピルクルを冷蔵庫に入れに行った。
マミヤが戻ってきてグラスを持って立ちすくむ。
キネコもバクヒロを見て待っていた。
乾杯の音頭をとるなんていうものはバクヒロの人生に一度もなかった。
そもそもバクヒロが戦ったわけではなく、この祝勝会の主役はバクヒロ以外の二人だ。
実際にバクヒロがあの戦いでやったことはなにもない。
思い返せば反省点ばかりだった。
観客をうまく誘導できれば、二人はもっと戦いに集中できただろう。
人気のあるスーパーヒーローの時はスタッフもたくさんいるらしいが、地方都市での新人スーパーヒーローのフローラルキティンに関しては自分たちでやるしかないのが現状だ。
二人は戦いに集中すべきであり、その仕事はバクヒロがやるべきなのだ。
しかしなにもできなかった。
大人たちに向かって指示を出したところで聞いてもらえるかもわからない。
せっかくの祝勝ムードに泥を塗ってるのはバクヒロの役立たずっぷりだ。
そう考えると暗い気持ちになってきた。
「早く。なにか言って」
バクヒロの胸中なんて知るはずもないマミヤがそう急かす。
「あ、うん。乾杯」
それらしい意気を上げる演説なんてできるわけもなく、バクヒロはただそうつぶやいた。
「はーい! カンパーイ! おめでとー!」
マミヤがバクヒロの勢いのなさを煽るように大きな声で盛り上げた。
そういった一つ一つのなんでもない行動に、改めて自分とは違う資質を感じてしまう。
それがヒーローの適正というやつなのかも知れない。
テーブルに乗ってるのは、あまりバクヒロには馴染みのない食べ物だった。
なんらかの野菜を切ったやつや、焼いたやつ。
主に葉っぱで包んだなにか。
そしておそらく甘いなにか。
バクヒロが想像できるフライドチキンやピザと言った、定番のパーティメニューはなにもない。
キネコとマミヤは、その料理をスマホで写真に撮りまくっている。
バクヒロの人生にはなかった文化がものすごい勢いで侵食してきている。
しかしこの雰囲気はやっぱり楽しかった。
好きなこと、楽しいことを集まって共有しようという空気感。
それはきっとバクヒロが憧れていたものだ。
憧れ方もわからないまま漠然と焦がれていた空間。
それが今目の前にある。
そのことを思うと、自然と目に涙が溢れてきそうになった。
そしてなによりも、そんな場所にニントモがいない。
それはバクヒロの心に息苦しい靄のように覆っていた。
自分がヒーローとしてたどり着いた場所ではなかった。
言ってみれば流されるままに連れてきてもらった場所だ。
しかしヒーローではないバクヒロにとって、人生とはそういうものなんじゃないかと思い始めていた。
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