第17話


 居心地の悪い空気を入れ替えるように、マミヤとキネコとの作戦会議が始まった。


 父が置いていったダンボールの中には、スーパーヒーローショー製作委員会のマニュアルや各種道具などが入っていた。

 これを見るに父もこうやって母をサポートしていたようだ。


「まずフローラルキティンの特徴からきちんと頭に叩きこもう。それと専用の武器を発注しなきゃいけない」

「うぇ~。結構面倒臭いわね。要するに勝てばいいわけでしょ?」


 マミヤが顔を歪めて言う。


「あ、うん。それはそうなんだけど……」


 バクヒロが言葉を濁すとキネコが身を乗り出してきた。


「違います。スーパーヒロインはただ勝てばいいわけではありません。その考えでは暴力の使徒になってしまいます。例え負けても、見ているものに希望を与える。それこそがヒーローの戦いです」


 その言葉を受けてマミヤも身を乗り出す。


「どうせ希望を与えるなら勝った方がいいじゃない。はじめから敗けることを考えて戦うなんて頭おかしいんじゃないの?」

「だから勝ち負けよりも大切なことがあると言ってるのです」

「そういう言葉は、必死に勝つためにかじりついた人が言ってこそ説得力があるのよ。負けてもしょうがないなんて人が言うんじゃ言い訳にしか聞こえないの」


 猫がフー! フシャー! と威嚇のために牙をむくように、二人は闘気を挙げて睨み合う。


「バクヒロはどう思ってんの!?」

「そうです。バクくんの意見を聞きたいです」

「あの。ボクは……」


 バクヒロは言葉に詰まった。

 彼女たちの四つの瞳がじっとこっちを見つめる。


 かつてこれほど女子から興味を持たれたことがあっただろうか。


 スーパーヒーローが好きなんていう時代遅れで子供じみた情熱は、いつだって周りの人間から距離を置かれていた。


 しかし今は違う。

 たとえ仲の悪いいがみ合う二人でも、バクヒロと同じ方向を向いてくれる人がいる。

 それだけで胸の奥から力が沸き上がってくる。


 バクヒロは二人の顔を見ながら言った。


「スーパーヒーローに必要なのは強さ――」


 マミヤの顔が嬉しそうにほころぶ。


「――そして、格好良さ――」


 キネコが俯いていた顔を上げた。


「――だってそうだろ、強いだけでいいなら最強の一人がいればいい。でもそうじゃない。スーパーヒーローは世代を替えてたくさん現れる。ボクたちはその中で、好きなヒーロー、憧れるヒーローを選んで熱狂できる。スーパーヒーローにとって一番大事なのは、その人らしいってことだと思うよ」

「そうね。アタシはね、強いってことがアタシらしいことなのよ」


 マミヤは口の端を持ち上げて自慢気な表情で言う。


「うん。いいよ。そして品があるってことが、自分らしいスーパーヒロインだっていいと思う」

「わかりました」


 キネコは若干優しい表情で頷いた。


「二人はすごいよ。突然戦えって言われて、ちゃんと向かっていけるんだから。勇気がある。ボクなら躊躇しちゃってたな」

「勇気は技術よ。勇気を出す練習もしてない人間が、いきなり出せるわけないじゃない」


 マミヤは当たり前のようにそう答えた。

 バクヒロはその言葉に関心ながら続けた。


「うん。だから二人の個性を磨いた、オリジナルの武器を考えなきゃ。そしてなによりも二人の連携が必要になる」


 バクヒロがそう力強く語ると、キネコは急に冷めたように険しい顔で言った。


「それはおかしくないですか? そもそも二人で協力するというのが。ゆくゆくはどちらか一人が選ばれるわけですよね?」

「え、あ。そうですね」


 キネコに気の強い目つきで指摘されると、思わず気圧されてしまう。


 ちょっといい感じになりかけていたというのに。

 かと言っていまさら一人に決めるというのも正直できる気がしない。


「そうなんだけど、どうせだったら協力した方がいいと、ボクは思うな……個人的にだけど」


 完全に弱気になったバクヒロの言葉は語尾が消えるように小さくなった。


 マミヤは小さく尖った顎を上げ、余裕を見せて答える。


「アタシは役割分担なんてしなくても、一人でも勝てるわ」

「足を引っ張らなければ構わないんですけど」

「どっちが? アタシが戦うから、あなたは応援してればいいから。応援用のラッパでも武器にすれば?」

「いいえ。私が仕留めます。戦いはただ勝てばいいというわけではないのです。美しく、見ているものが感動する形で勝たなければ」

「あのね、アタシは適性を考えて言っているの。あなた、いままでスポーツとかは?」

「私は特定のスポーツではなく、スーパーヒロインとしての修業をしてきました。体力に物を言わせた間に合わせの戦い方じゃないんです」

「バレエは身体能力の最高峰をつきつめるものなの。身体の神経なら指の先まで完璧につながってるわけ」


 マミヤはしなやかな動きで足を頭より高く上げて回転した。


「あなた、こんな動きできる?」

「できません。スカートの中が見えますから。そんなはしたないことよくできますね?」

「上等じゃない! 戦って決めてもいいのよ」


 全然仲良くできない。

 放っておくとこのまま二人で変身してでも戦いを始めそうだ。


 正義の味方の敵が正義の味方じゃ、誰を応援すればいいかわからない。


 敵と戦う以前の問題で味方と戦わないようにすることから考えてかなければならない。


「わかった。ここは客観的にボクが決めよう。文句があったらボクに言ってくれ」

「あるわよ!」

「納得出来ません!」


 バクヒロがまだ何も言う前から意見は抹殺された。

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