第7話
普段なら夕食が済めば部屋に戻るところを、バクヒロはわざとらしく団欒に参加すした。
父は全員が食べ終わるとすぐにキッチンに洗い物にいき、母は椅子の背もたれに身体を預けながらキッチンの父に話しかけている。
今までは母と晩御飯を一緒に食べられない日も多かったが、これからはこういう時間も増えるのだろう。
母が父との会話を打ち切って、いつまでも部屋に戻らないバクヒロを不思議そうに見た。
「どうしたの?」
「あの、会って欲しい人がいるんだけど……」
「だぁれ? ママのファンの子? もう、やぁだ。いくらママの正体を知ったからってあんまり人に言っちゃダメなんだからねー」
「いや、そうじゃなくて。ボクと結婚してくれる女の子なんだけど」
強烈な音を立てて母は椅子ごと後ろにひっくり返った。
音にびっくりして父が手に泡をつけたままキッチンからのぞきこむ。
「ちょっと、どういうこと?」
母は食いつくように椅子を立てなおして問いただしてきた。
「だから母さんが言っていた結婚してフローラルキティンを継ぐって話の」
「あんた、そんな子いたの?」
「いなかったから探したんだよ」
「ちょっと、わかっってるの? 結婚するのよ?」
「そうだよ。OKしてくれたんだ」
さっきと同じ勢いのまま、母は再び椅子ごと後ろにひっくり返った。
父が再び手に泡をつけたまま半身をのぞかせる。
「まさか、本当に見つけてくるなんて……」
「母さんが言ったんじゃん」
「だって、思わないでしょ、あんたみたいなボーっとした子が、いきなり結婚相手連れてくるなんて」
「そんな言い方ないだろ。ボクだって信じられないけど、実際にできちゃったんだから」
母の反応は想像していたものとは正反対で、顔色も青ざめている。
バクヒロは、自分の成果を褒めてもらえると思いこんでいたので、かなり不愉快になった。
「どうしましょ。こんなはずじゃなかったのに」
「無責任なこと言うなよ」
「無責任じゃないわよ。ちゃんとこっちは責任をもって考えていたの! どうせあんたは結婚相手なんて見つけられないだろうから、そこはちゃーんとママが相手を用意しておいてあげたのに」
「え? どういうこと?」
「だから、ちゃんとあなたの結婚相手、そして次のフローラルキティンになる子は決めてあったの」
母はまるでフローラルキティンが決めポーズをする時のように毅然と言い放った。
バクヒロはその自信あふれる姿に思わず気圧されてしまう。
「なんだよそれ。じゃ、なんであんな事言ったの」
「だってしょうがないでしょ。急にこの子と結婚しなさいなんて言ったって、バクちゃん文句言うに決まってるんだもん」
「そりゃ、言うだろうけどさ」
「だったら、一度本人にやらせてみて、ダメだった時に提案すれば、本人もすっきりするし、ママの株も上がるし、二兎を追うもの一石二鳥だってパパが……」
母が視線をキッチンに向けると、顔を半分のぞかせて様子をうかがっていた父が照れながらピースサインを送った。
確かにその読みは間違っているとは言い切れない。
恐らくバクヒロ自身ですら、事が起こる前ならばそのアイデアはよくできていたと納得しただろう。
しかしマミヤはバクヒロの申し出を受け入れてしまったのだ。
それを思いも寄らないアクシデントと言われればそうかも知れない。
ただ父も母もバクヒロに対してまったく期待をしてなかったという事実がむかつく。
自分でもしてなかったからしかたないのだけど、わかっていても怒りがこみ上げてくる。
「じゃ、どうすりゃいいの。だってもう、いまさらなしにしてなんて言えないよ」
「そんなこと、ママに怒ってもしょうがないでしょ」
「消しゴム借りる約束じゃないんだよ。結婚の約束だよ? マミヤだって、考えて返事してくれたんだよ。わかるでしょ?」
「へぇ~。マミヤちゃんって言うんだ。コノコノ!」
母がテーブル越しに指でつつこうとする。
バクヒロはそれを雑に振り払って言った。
「コノコノ! じゃないよ。どうすんのさ」
「そうよね。女の子にとって、プロポーズなんて大事件だもの。ドッキリでした、ってわけにもいかないものね。ママだったら相手のこと殺してしまうわ」
「じゃ、殺されないようにそっちの子を断ってよ」
「無理よぉ。こっちだってフローラルキティンになるために今まで頑張って鍛えてきたのよ」
「ボクは会ったことないじゃん」
「そうなんだけど、でも満更じゃない感じよ? どう? そう言われると惜しいでしょ」
「なっ! 何言ってんだよ」
バクヒロが背負っている焦りに比べて、母はどうも軽そうに見える。
そもそもそういう性格ではあるのだけど、他人事のように感じる。
自分がスーパーヒーローになるつもりだったのに、何一つとして上手く事が進まない。
「元はといえばバクちゃんがモテなそうなのがいけないんだから。ママがせっかく気を使ってあげたのに、モテるんだったら最初からモテるって言いなさいよね」
「ボクだって自分がモテるなんて知らなかったんだよ!」
「だったら自分でちゃんと言いなさい。いまから呼ぶから。ちゃんと相手に向かって『ごめんなさい』って言いなさい」
「なんでボクが……」
「女の子を二股かけたんだから当たり前でしょ! ちゃんと誠意みせなさいよ」
なんでバクヒロが二股かけたことになってるのか、全然理解できなかった。
なんだか異星人と話しているような通じなさに絶望する。
母はそのまま部屋を飛び出して行った。
ことのなりゆきをこっそり覗きながら見守っていた父にすがるような視線を送る。
「ボク悪くないよね?」
父はゆっくりと首を横に振った。
「女っていうのはな、わけわからない生き物なんだ。それをわかろうとしたバクが悪い」
「なにそれ……」
「男が女にできることなんてのはな、うやむやにして受け流すことだけだ」
父は父で考え方が古い。
今の時代に女だから、男だからという決めつけなんて意味がない。
強いて言うなら、あの母だからああなのだ。
そう思ったところで、なんの解決にもならないけれど。
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