魔王さまのチョコレート

「くたばれバレンタインっ!!」


 二月某日、世界のどこかにある魔王城にて、城主の怒声が飛びました。


「どっ……どうしたんです、魔王さま……?」


 恐る恐る声をかけたのは、魔王軍 (魔王さまを含めて六人)の戦闘員A。長い金髪をポニーテールにしているお姉さんです。

 その横では黒髪ショートヘア、特技は足蹴な女の子・戦闘員Bがぷるぷると震えながら魔王さまを見ています。……決して怖いからではなく、面白くて笑いそうなのを堪えているだけだと言うことを、魔王さまは知らないのでしょう。


「何がバレンタインだ! リア充どもめ!!

 チョコを貰ったくらいで浮かれやがって……憎い……狡い……羨ましい!!」


 ……どうやら魔王さまはチョコが欲しいようです。玉座の肘掛けに頭を乗せ項垂れる彼女に、戦闘員たちはお互いに顔を見合せました。

 やがて堪えきれなくなったBが爆笑し、Aも苦笑いを浮かべながらBをたしなめ……二人して魔王さまに怒られました。


 +++


「……というか、魔王さま。チョコが欲しいなら魔女さまが作ってくださるはずですよ? 戦闘員たちもきっとくれますよ?」


 戦闘員たちを下がらせた魔王さまに、私は思わず声をかけました。

 魔王さまの玉座の背後にある壁にぷらぷらぶら下がるだけの私は、基本的にみんなのやり取りを眺めているだけなのですが。


「それはわかってるのだ……わかっているのだが……。

 なんかこう、もうちょっとこう……せっかくのバレンタインだし? リア充どもに恐怖を与えたいというか? 魔王らしく振る舞いたいというか?」


「……つまり、はしゃぎたいんですね」


 それは違うぞ、断じて違うぞマスコットぉ!!

 そう私に叫ぶ魔王さまの元に、別の配下がやってきました。


「まおーさま、廊下にまでお声聞こえてましたよぉ?」


「何を騒がれてらっしゃるのです? 近所迷惑ですよ」


 小さな悪魔の羽が生えた使い魔と、とんがり帽子を被り真っ黒なドレスに身を包んだ魔女さまです。

 魔女さまはこの魔王軍 (魔王さまを含めて六人)のサブリーダーでもあります。 ……ちなみに、魔王城は断崖絶壁の孤島に存在するので、ご近所さんはいません。


「おお、魔女に使い魔か。いや……何……バレンタインをな、少し刺激的なイベントに変えてやりたくて」


「リア充が羨ましいそうです」


 マスコットぉ!! と暴露した私を再び呼ぶ魔王さまに、くすくすと笑いながら魔女さまが声をかけました。


「そんなことなら、魔王さま。とっておきの作戦がありますよ」


「なにっ!? 本当か!!」


「ええ。では、戦闘員たちを呼びましょう。

 本作戦には彼女たちが必要不可欠ですから」


 キラキラした目で自身を見つめる魔王さまに、魔女さまはにっこり微笑んで頷きました。これは何か企んでますね……。

 魔女さまが魔王軍を牛耳るのも、そう遠い未来ではなさそうです……。


 +++


 さて、バレンタイン当日。

 カップル、独り身、友達同士。様々な人種が集まる街の上空で、戦闘員たちは待機していました。

 魔王さまと私、魔女さまと使い魔は、彼女たちが身に付けている小型カメラから送られてくる映像を玉座の前にぶら下がるスクリーンに写し出し、それを観ているという状況です。


「ねー、まおーさま! 何が始まるんですかー?」


「ふふふ……何、とっても楽しい恐怖のイベントだ。

 戦闘員ども! やっておしまいっ!!」


『イエッサー!』


 説明中、お使いに行っていて作戦を聞かされなかった使い魔が尋ねると、魔王さまはとても楽しげな笑みを浮かべました。……魔王に相応しい、すごく悪い顔ですが。

 スクリーン越しに出撃命令 (?)を出した魔王さまに、戦闘員たちが元気よく返事をし、手に持った袋を逆さまに振り回しました。

 すると中から四角やハート型など、様々な形の物体……もとい、キレイにラッピングされたチョコレートが地上へ向かって降っていきます。

 使い魔が材料を買いに行き、魔女さまと魔王さまが作り、私が試食したチョコレートが、今、戦闘員AとBの手によって地上へと。

 ……もちろん、変なものは入っていません。安心安全魔王印の美味しいチョコレートです。


「ふーはははっ!! 恐れ慄けリア充ども!! 恐怖のバレンタインの始まりだー!!」


 楽しげに高笑いをする魔王さまの声に合わせて、スクリーンの中では人間たちが逃げ惑っています。……だって、いくらチョコでも当たると痛いですからね。


 

 こうして人間たちに大量のチョコをばらまき、魔女さまをはじめとする部下たちから無事にチョコをもらえた魔王さま。

 しかし、一部の人間たち……恋人や友人などがいない人々からは「魔王陛下は非リアの味方だ!」ともてはやされ、結果的に魔女さまの思惑通り好感度が上がってしまったのは……まあ、悪の魔王を目指す彼女には、秘密にしておきましょう。


 魔女さま特製のビターチョコをかじりながら、私は幸せそうにフォンダンショコラを頬張る魔王さまを見て、そう決心したのでした。




 おしまい。

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