夢見る僕ら。

「リオンの夢はなんですか?」


 突然の言葉に、僕は少し固まってしまった。


「え……なに、唐突だねメルちゃん」


「あ、すみません。その、今日は流星群が見えると聞いたので……」


 流れ星に願い事をすると、叶うんだそうですよ?

 なんて、上品に笑うメルちゃん。金色の髪が、ふわふわと揺れている。


「それで、願い事じゃなくて夢を聞いてきたのは?」


「どうせならば、夢……つまり目標を聞いてみたいと思ったので!」


 うーん、やっぱりこのお嬢様、どこかズレてる。

 何でもクラスメイト全員(僕とメルちゃんを入れて四人だけだけれど)に聞いて回っているそうだ。


「夢……流星群、ねえ……。あ」


「どうしました?」


 ふと思いついた発想に、机の引き出しを開けて中を漁る。

 そうして見つけた色紙を縦長に切って、不思議そうな顔をしたメルちゃんへと手渡した。


「僕の故郷に伝わる“七夕”ってお祭りでね。願い事をこの短冊に書いて飾ると願いが叶うとか、叶わないとか。

 せっかくだし、みんなの願い事……夢? もこれに書こうよ」


「っわあ……! ロマンチックです、素敵です!!」


 きらきらとした瞳で彼女はそれを受け取り、さっそくサラサラと文字を綴っていく。

 最近やっと見慣れてきた異世界の文字で書かれたその内容は。


「世界平和……?」


「はい! やはりみな幸福に、平穏無事に生きるべきだと思うので!」


 何とも緩くて現実味のない言葉だけれど、彼女らしくてそれも悪くないかな、なんて。

 そう思う自分は、ずいぶんとこのお嬢様に絆されているのだろう。


「リオンは何を書くのですか?」


「えー……考えてる途中」


 願いとか夢とか、改めて聞かれると思いつかないものだ。

 残りの男子二人にも渡してくる、と部屋を出ていった彼女を見送って、僕は自分の短冊とにらめっこをする。


「元の世界に帰りたい……いや別に、めちゃくちゃ帰りたいわけじゃないし……。

 強くなりたい? それも違うな……女子高校生として、普通が一番だよ……」


 一人でぶつぶつ呟く僕は、傍目から見れば不審者そのものだろう。

 まあここには僕しかいないわけだし……――


「リオン、書けましたか?」


「っわあ!? びっくりした……」


 背後から聞こえた声に、肩が跳ねる。振り向けば、きょとんとした顔のメルちゃんがいた。

 その手に持っていた短冊は、消えている。


「あれ? もう渡してきたの?」


「ええ。……ノックしてもお返事がなかったので心配しましたが……大丈夫です?」


 傍らの時計を見やると、いつの間にか三十分ほど時間が過ぎていたようだ。

 心配そうなメルちゃんに大丈夫だよ、と返して、僕は短冊に文字を書き込む。


「……あっずるいですよリオン、元の世界の文字で書くなんて!」


「だってこの世界の文字、読めても書けないんだもん」


 話す言葉もわかるし書いてある文字も読めるけれど、なぜか書けない異世界文字。

 それはもう仕方がないので、僕は日本語で願い事をしたためる事にしたのだ。


「むう……仕方がないですね……。それではササに飾りに行きましょう!」


 あとで内容を教えてくださいね! と言いながら、彼女はドアを開ける。


「……ササ……笹? 僕、笹に飾るなんて教えたっけ」


「深雪先生が教えてくれました!」


 自分と同郷で、いつも笑顔で何を考えているかわからないアルビノの教師を思い出し、これは他の教師たちも巻き込まれるな……と遠い目をする。

 自分の思いつきが、クラスメイトを、教師たちをも巻き込むなんて……ちょっと、面白いかもしれない。


『こんな日がいつまでも続きますように』


 短冊に書いた願い事が叶うように、自分にできる精一杯をがんばること。

 それが僕の夢だよ、メルちゃん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る