第25話 魔工学と都市設計
小1時間くらい雑談していただろうか。ふらっとエーヴェ先生が戻ってきて2限目を始めるので手洗いに行きたい人は先に済ませるように言う。
そうして僕とルナにとって王立シエルナ学園1日目の授業が本確定に始まった。
「さて、魔法に関して諸君はそれぞれ初等学園や家庭教師を雇って学んできたことと思う。あらためていくつかおさらいしていこう。ここにシエルナ領都の簡易模型がある」
先生が取り出した簡易模型は所々が分解できるようになっていて、地層などを含めた断面図が見えるようになっていた。でもなぜ先生はわざわざ模型を持ってきたのだろうか?先生くらい魔法技能をもっていればなんかこうぶぉっとホログラムのような空間投影ができそうだけども。
ふと、先生と目が合う。僕の疑問を察知したようだ。
「ショーマ君は私がなぜ簡易模型などを取り出してるか、気づいたようだね。まぁ理由はもう少し先で話すから、待ちなさい」
なぜ先生がそれをわざわざ皆の前で言うのか。おそらく、皆にも気づいてほしかったのではないだろうか。不思議そうな顔をしてる人もいれば、そういえば、と気づいたような人もいる。
「シエルナ領都、セントシエルナは他領に比べ比較的土地の開拓そのものが新しい。とは言っても、一度更地にした結果、いや、更地になった結果というのが正しいだろう。そこはまた別の歴史で学ぶとして……、現在の領都へするにあたり、初期からしっかりと都市設計がされていた」
先生は模型の手前側をずらす。すると領内に張り巡らされた
「さて、このように都市の下には一定間隔で魔力柱が埋められており、このように魔力供給の方向を指し示した上で先々の魔力柱へ魔力を送っている。正確に言うと魔力を送り合っており、例えば領都の城門あたりは魔力柱の終端にあたる」
ここで先生は一度説明を区切る。
生徒全員を見回した後、「ショーマ君」と短く声をかけてきた。これは……答えを求めているのだろうか。終端とは前世で
その言葉が指し示すものはいくつかあるが、いずれも終わらせるものを指す。
例えば生物学において終止コドンがその一例である。ものすごく簡略して言い表せば、核酸の塩基配列において、タンパク質を恒星するアミノ酸配列に対し、各アミノ酸に対応する3つの塩基配列をコドンと言う。終止コドンはそれら64種のコドンのうち、最終産物である蛋白質の生合成を停止するコドンである。
コンピュータ機器においては終端抵抗という電子部品があり、ケーブル末端などに取り付けることで高周波信号のエネルギーを消費させ、まぁこれもものすごく簡単に言えば、結果的に機器が安定する。
「この魔力柱の終端において何かしらの形で魔力を消費するか、貯めるか、または送り返すことにより魔力供給を安定させてているものと考えられます。先生の話においては魔力を送り合っている、ということなので、終端の魔力柱は折返し地点となり、魔力を戻してるということでしょうか」
なるほど、という反応や何の話をしてるんだ? という反応が生徒からでてくる。それから静かに先生は拍手をする。
「満点の解答だね。その通り。例えばこの街においては都市の城門や領都が管理する大型の建物、例えば領主館や学園、または領兵の詰め所などにて一時的に魔力を貯め、一定量をまた戻して循環させている」
先生は話しながらさらに模型を分けていき、領都の端にある山間をさす。
「基本的には都市内で魔力は消費しきることが多いが、魔力は貯めすぎることができない。約3ヶ月に1度程度は元々魔力を引っ張ってきている龍脈と呼ばれる場所、この大地において最も魔力の流れが大きい所へ戻している」
先生の説明には前世での色んな概念が含まれているような気がする。貯めて必要な時に必要な量を使い、そして多いときには放流する、まるでダムのような仕組みだ。
「さて、では質問を受けつけようか。おや、ショーマ君が最初のようだね」
この世界にきてどうしても気になっていることがあった。
「先程、龍脈と呼ばれる場所から魔力を引っ張ってきていると言っていましたが、その魔力量が枯渇することは無いのですか?または相当数の魔物討伐を行って魔石を投入したりしているのでしょうか?」
生徒たちが一体何を言い出すんだと見てくる。ルナは鼻提灯を作っているようで、エリーやゾフィーさんはぶつぶつ言いながら紙に何かをまとめ始めた。
魔力柱のインフラ構想は水道や電気などに近い。しかし資源は有限だし、電気に関しては発電所が無ければ用意できない。
人が魔法を使う仕組みはよくわからないが、それだっておそらく自然か何かから取り出しているだろうし、もしかして奴隷が毎日魔力を集めてるなんてことは……この国では無いとは思うのだが。
「ふむ、やはり君は面白いね。授業の始めに触れた件について話を戻そう。全ての人々、種族がそうだとは言わないが、例えば僕や学園教員、訓練された兵の多くは余計に魔力を使わないように気をつけている。空間投影の魔力はそれなりに高度だからこのような模型があるというのもそうだけど、僕自身空間投影は苦ではないが、模型という道具があるならそれを使って節約する」
そう言いながら先生は魔力柱の設計図や都市の設計図を目の前に投影した。
所々読めないように塗りつぶされている。おそらく機密情報が含まれているのだろう。
「この都市を設計した魔術師は偉大だった。君のような視点を持っていたのだよ。魔力という物は大地に、世界に豊富にあると思っている人々がほとんどだった。厳密に言うと今もそうだ。しかし件の魔術師はいずれ限界がくるかもしれないとも見ていた。世界の理について人はさほど解明できていないからね。だから、この都市ではなるべく余計に使わず、そしてできる限り魔力を貯蔵できるように努めている」
(魔法と魔術って違うの?)
こっそりエリーに聞いてみる
(魔法は魔力に関する法則で、それを扱うことを魔術と言い、それを専門にする人が魔術師よ)
んー、なんかふわっとした感じだな。
「なお、龍脈からの魔力供給以外には、先程話した終端装置や貯蔵施設がある領都で管理してる施設、その一区画を魔力集積所と呼ぶのだが、そこへは魔石炉と呼ばれるものがある。まさにそこへは各鉱山や魔物から採取した魔石を投入し、魔力に変換している」
燃料発電所みたいなのがあるんだな。
「どれくらい、それらの技術に関する研究が進んでるんでしょうか」
「あぁ、ゾフィリアーネさん。そうだね。最初に魔術師が設計したものからほぼ、発展はしてないのだよ。技術継承とメンテナンスはできている。しかし、発展はしていない。この設計図は当初のものとほぼ変わらないよ。変わったとすれば、魔力の伝送経路や魔力集積所が増えたくらいだ」
先生は話を続けながら黒板にいくつかの文字を書いていく。
「さて、今話したような内容に関しては魔工学と呼ばれる分野だ。興味を持ったものは半年後からの研究課題にでもするといい。特に今この分野は停滞を続けている。既存の技術・知識を理解しうるだけの能力と、現状を打破する発想力が求められている」
「私のお父さんも元々は魔工学が専門だったのよ。今は領主をやってるけど。うちの家系は代々魔工学を専門に学ぶの。私は魔術師寄りだけど、兄も魔工学が専門ね」
エリーが耳打ちをする。
「ゾフィーさんの国では魔工学は進んでるのか?」
「いいえショーマさん。おそらく、この都市ほどではありません。あと、もっと楽に話して下さい」
帝国はかなりの国家規模だと聞いていたが、このような分野においてはそれほどでもないのか。
「分かったよ、ゾフィー。あと僕のことも呼び捨てでお願いするよ」
皇女様にこんな言葉遣いで良いのだろうかと違和感がすごいが、これでいいらしい。
その後、魔工学に関する授業が丸1日行われ、鼻提灯を作っていたルナだけが大量の宿題を持ち帰ることとなった。
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