第24話 王立シエルナ学園とエーヴェ先生

 学園に入学できるのは実は嬉しい。せっかく異世界に転生できたのだし、魔法を始めこの世界のことを色々知りたい。そして幅広い知識や感性を磨くことがより豊かな料理創造へとつながるのだ。


 前世の料理人時代、料理以外にも様々な体験をした。食材を扱っている以上、なるべく動物と触れ合うようなこと……例えば乗馬や動物園でのうさぎ触れ合いコーナーのようなのは避けていたが……。休日は暇さえあれば美術館に行ったり、クラシックや現代音楽のコンサートに行った。豊かな自然と触れ合い、雨の日も風の日もバーに通い続けた。


 僕にとって料理は五感で楽しむものである。目があり、耳があり、鼻があり、舌があり、肌に触れる感触がある。雨音を聞きながらバーのマスターが氷を砕く音、炭酸を入れる音、そしてお店のBGMなんかを聴く。ちょっと小腹にパスタを食べたりして、それらの音と香りの調和を楽しんだ。


 しかもそれらは常にアドリブなのだ。


 だから、だからこそこの世界をより知ることが豊かな料理創造へと、つながる。


 のだが、できれば平和に生きたい……。その願いは叶いそうにないのだが。



「それでは突然ですが新入生を紹介します。こちらは最近話題のジャンマリオ食堂のルナさん、そして同じく料理人のショーマ君です。あぁそれと、今日は正式に担任が決まる日ですが、担任は私が務めます。よろしくね」


 貼り付けたような笑顔で僕らの家庭教師だった、そしてこのクラスの担任であるらしいエーヴェ先生が紹介をする。


 なーんだ、エーヴェ先生、学校の先生なんじゃん、でもなんでみんな驚いてるんだろう?ジャンマリオ食堂が有名になったからか?


「エーヴェ先生、学園の先生だったんですね」


「えぇまぁ。専門の話をしたでしょう。人を教育し、導き、育てること、と」


 なんだ、あれはなんのひねりも無い話だったのか。


「エリーちゃん!」


 挨拶も途中なのにルナがエリーを見つけて手をぶんぶんふる。一応他の貴族もいるからか、エリーはいつもより砕けだ感じではないものの、静かに右手をふってそれに応える。その様子を見て回りがさらにざわつく。


 この学園においては身分差というのは関係ない。さすがに王族へは敬称を使うようだが、学園生はみな平等ということになっている。とは言え、いきなりどこぞの平民と分からん娘が領主の娘へ気軽に挨拶するようなことは、普通ありえないのだろう。


「まぁ、挨拶するようなこともないからね。空いてる席にでも着いてくれ」


 そうエーヴェ先生は促すと、僕はルナに手を引っ張られながらエリーの横へ連れて行かれる。そのエリーを挟んで向かい側には、白銀の神に黄金色のトパーズの目をした、耳が少し長い美しい女性が佇んでいた。



 王立シエルナ学園の第一学年、そのとあるクラスはシエルナ領主の娘エルシーリア・フォン・シエルナと、隣国ヘヴェリウス帝国の第六皇女殿下ゾフィリアーネ=イシュトヴァン・ルイトポルト・ド・ヘヴェリウス殿下が在籍されている。

 領主たっての願いで僕とルナはエルシーリアことエリーの『お友達』となっているわけだが、当然学園に通うなら同じクラスとなる。そのクラスは名だたる高貴な身分な方と、そこに連なる貴族がいる。


 そのエリーの横へ座っている女性こそがゾフィリアーネ殿下だ。事前に学んだ知識によると彼女は母親がエルフのハーフエルフらしく、類まれなる魔法の才能と剣技を兼ね揃えてるんだとかなんとか。精霊魔法とか使えんのかな?

 まったく痛みのないすらっと伸びた髪に細かい意匠が施されたバレッタが留められている。もしかしたら形見か王族に伝わる秘宝か、精霊が宿るアイテムかもしれない。厨二病心がくすぐられる。


「初めまして、ゾフィリアーネ=イシュトヴァン・ルイトポルト・ド・ヘヴェリウス殿下。僕はジャンマリオ食堂で料理人を務めております、ショーマと言います」


 この国と帝国の敬語は良くわからない。とりあえず王族に対する学園になどにおける略式の礼と言うのは事前にエーヴェ先生から教わっていたので、そのままそれを行う。


「あら、そんなに畏まらなくても大丈夫ですよ。私のことはゾフィーとお呼び下さいませ」


 立ち上がったゾフィリアーネ殿下はきれいなカーテシーを行う。ルナがぼけーっとしてるので思わず肘でつつく。


「ル、ルナです!お願いしましゅ!」


「ふふふ」


 あ、噛んだ。帝国の皇女殿下なんていうからもっと冷淡な人、みたいな勝手な想像をしていたが、そうではないらしい。高貴な身分でありながら誰にでも丁寧に接してくれる、そんなイメージだった。男子どもからとてつもない嫉妬の視線を感じる。



「さて、ショーマ君は君たちと同じ年齢ながらかなり高位と思われるスキルを得ており、シエルナ伯爵家の料理も指導している。またその身はシエルナ伯爵殿によって保証されている。平民だからと言って変な気を起こさないように。無論、ルナさんに関しても同様だ」


 エーヴェ先生は僕らがぽっと出の平民ということで気を使ってくれたらしい。この料理技術は生前の知識が元だが、分かりやすくスキルとして話をしたのだろう。それにしても シエルナ伯爵殿・・・・・・・か。


「なぁエリー。エーヴェ先生ってけっこう偉い人なのか?」


「え、ショーマ。知らないのですか?この学園に来る前に貴族名鑑を読んでるはずでは」


「貴族名鑑?エーヴェ先生なんて載ってなかったぞ」


「え??それは変ですね……、いや、私のを見て下さい。ほら、ここに」


 そう言ってエリーは何も無い空間から僕が持ってるのと同じ表紙、厚さの貴族名鑑を取り出す。というかエリーも異空間収納魔法が使えるのか。すごいな。


「ん?公爵の次に見慣れない名前が載ってるな」


「エーヴェ先生はですね、この国の公爵様に次ぐ侯爵序列第一位の侯爵家、その当主であるエヴァレット・フォン・ミレイズ閣下ですよ」


「「ほへ?」」


 ルナと一緒に変な声が出た。あ、エーヴェ先生こっち見て笑ってる。さては認識阻害魔法かなんかで隠して今まで黙ってたな。ジャンさんとキャロさんは王都や貴族のことは詳しくないから、顔を見ても気がつかなかったんだな。


「そんな偉い人なのか?」


「エーヴェ先生はこの国で教育文化大臣をされてるのよ。魔法と各種武力技能の教育、向上と文化の発展ね。あと王国で一番の美食家だわ。『エヴァレット星付きレストランガイド』『エヴァレット 一盞いっさんの酒を語る』『エヴァレット流 美味礼讃びみらいさん』『エヴァレットと愉快な仲間たち』『エヴァレット 毒草体当たり図鑑』、エヴァレッ……」


「わかった、わかった。エリーちょっと落ち着いてくれ。というか愉快な仲間たちとか毒草体当たり図鑑とかなんだ」


「先生はね、美食家であり著述家で多数の本も書かれているの。最近は新しいものがないけど。エヴァレットと愉快な仲間たちは一応フィクションなんだけど先生の実体験が元と噂される冒険譚でね。最後に先生が指輪を火山の火口へ入れると……」


「落ち着け、エリー。君が先生の本が大好きなのは分かった」


 てかなんだエヴァレットと愉快な仲間たち。物語のオチが何とか指輪物語じゃないか。


「エヴァレットと愉快な仲間たちは私も大ファンで、特に話の冒頭で先生が乗り合い馬車の駅で柱に向かって突っ込むシーンや認識阻害が施された城へ……」


 まさかゾフィーさんまで先生のファンだなんて。なんとかオブ・ザ・リングみたいな話かと思ったら、ハリーなんとかとなんとかのなんとかみたいな話も混じってるんだな。もしかして転生者か!?



 エーヴェ先生は特にすることもないのでしばらく歓談でもしてなさいと言って教室を出ていった。しばらくエリーとゾフィーさんから先生の本の素晴らしさを説かれ、一通り話しきってルナが寝息を立て始めた。


「そうそう、学園外で先生にお会いする時はきちんとミレイズ殿下とお呼びしなければ駄目よ」


 確かにそうだな。公爵家はほぼ王族みたいなものだから、先生は貴族家のトップであり、大臣でもある。


「しかしエーヴェ先生が担任と言うことは、授業はほとんど先生が受け持ちね」


「「え?」」


 うたた寝から目覚めたルナと僕の声が重なる。


「先生はね、もうそれこそ何でも屋なのよ。歴史やマナー、魔法に武術……。たぶん違う人が受け持つとしたら、魔法と武術系の授業が分かれる時くらいね……」




 地獄のような家庭教師授業を受けてきた僕とルナ、特にルナは顔を真っ青にしていた。

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