第22話 鑑定魔法と魔道具
「なんで身体の構造に詳しいんだい?」
エーヴェ先生が家庭教師として派遣されてから2週間目、不意にそんなことを聞かれた。ちなみにルナは居眠り中だ。
「僕がいた世界には魔法はありませんが、医学が発展していました」
「あぁ、なるほどね。やっぱ人バラしたりしてた?」
いきなり物騒なこと言うなぁ。
「んー、かつては罪人を解剖したり、口に出すのもはばかられる内容ではありますが、その、人体実験のようなこともあったと聞いています。僕がいた時代においては献体と言って死後に遺体を解剖学実習のために使ってもらう制度がありました。こちらではそういうのは無いのですか?」
「献体、なるほど。無いねぇ。体の構造や仕組みを学ぶために犯罪奴隷や敵国で返還されなかった捕虜を実験に使ったりしたこともあったね。今では……この国ではまず無いだろうけど。あとまぁ、そうだね、回復魔法なんかでどうにかしてることが多いからね。錬金術師が作るポーションなんかもあるし」
「薬草の効能はどうやって調べたんですか?」
「人体実験」
体の基本的な仕組みは知る必要があるけど、多くの病気や怪我はポーションなり回復魔法で治せるし、それ以外は薬草次第、というのがこの世界の基本らしい。
この様子だと外科手術もあまり発展してなさそうだ。
「ところでショーマ君の魔法適性や特技を見て思ったんだけどね、鑑定魔法なんか身につけるといいよ」
「鑑定魔法ですか?」
居眠りしているルナを起こしながら先生は話を続ける。
「そう。例えば剣や盾の鑑定、その性能や呪い、毒の有無を調べることができる。罠察知の魔法を覚える前段階に必要なんだけどね。この鑑定魔法は動植物の毒も鑑定できる。いくら前世で見かけた食材に似ているからと言って毒があるかどうかは、触れるか食するかまでは分からないでしょ?」
「あぁ、確かにそうですね。すぐに習得できるものでしょうか?」
「んー、たぶん君はゆっくり成長するタイプだからね。学園入って魔法の授業を受けて、早くて1年くらいかかっちゃうんじゃないかな。そこでだよ、これを」
エーヴェ先生は何も無い空間、おそらく空間収納魔法を使って異空間へ手を突っ込むと体温計や料理用の温度計のような
「これは『ゴドクショーグンの針』と言われる魔道具アイテムでね。まぁ単純に『鑑定針』と呼ばれてるんだけども、この針先を物体に触れさせると人に対して有毒か無毒か判定できる。無毒なら青く光る。有毒のうち状態異常は起こされるものの、低級ポーションで治せるものは黄色、中級ポーションで治せるものがオレンジ、上級ポーションで治せるか微妙なものは赤く光る」
ゴドクショーグン……このアイテムを作り出した魔道具師はおそらく僕と同じ世界から来た人じゃないだろうか。
人々に疫病をもたらす5柱の神であり、それぞれにサソリなど人に毒をもたらす生物も意味しているらしい。
「当てないと鑑定できないということは、短距離で毒素的なものを浴びてしまうものは測定できないんですね。致死性の場合はどうなりますか?」
エーヴェ先生は再び異空間から毒々しい液体の入った瓶を取り出し、瓶内に針を入れる。
「このように黒く光りますね。あぁ、安心してください。この針には毒や呪いは移りません」
「ん?呪いもですか。いくつか質問があるのですが」
「どうぞ。あぁ、大切な話なのでルナさんもノートを取るように」
再び鼻提灯を作り始めたルナを先生が起こす。
「まず、呪いは移らないと言いましたが、判定の仕方は毒と同じですか?」
「……現在、分かっている範囲、では、ですね」
「分かってる範囲では、か。それから治せる基準がポーションでしたが、薬草または呪いの場合、呪術師による解術はどのような基準になりますか?」
「それも判定の仕方と同じですね。低級ポーションで治せる判定が出ている場合は、同等の薬草、解術で対応できます。これも、現在分かっている範囲では」
まぁおそらくは人の作りしものだし、例え優秀なアイテムであっても絶対は無いだろう。よくあることだが、より上位の効果を持つもの、このアイテムでは判定しきれない物がある可能性も有り得る。
「どのように、とは説明できませんが、このアイテムは不定期に判定基準を変更しています。判定できない場合はこの水晶にただモヤが出るだけなのですが、そういったものは実際に……使用し、結果を元となる水晶へ魔法によって記憶させます。そこからまぁ、冒険者ギルドや魔道具屋などを通して個々人が持っている鑑定針にも反映させるのです」
実際に使用する、つまりどこかで人体実験のようなことが行われているのだろう。しかし、まぁそれは今触れるようなことでもないか。
「何となく理解しました。魔道具屋に行けば買えるのでしょうか?」
「まぁそうですね。ただショーマ君が行く必要はありませんよ。君の料理も中々面白かったし、これは学園への入学祝いとしてプレゼントします。あぁ、ルナさん。あなたにもね。誰しもが身の危険にさらされることがあります。または不意に野宿をしなければならないこともあるでしょう。そういう時にこれをお使いなさい」
先生の整理をすると、この鑑定針を使用すれば有毒か無毒か、または呪いの有無が分かり、危険度も測ることができる。万能では無いものの、その情報は常に更新されている。
また先生曰くその物体に関する簡単な説明が浮かび上がることもあるという。この辺りは図鑑っぽいな。
ただ、鑑定魔法よりはその性能が劣るので、あくまでも簡易的なアイテムであるという。鑑定魔法と同等規模のアイテムとなると、一室に据え置く2 m以上のアイテムを作ることになるだろう、とのことだった。
「そう言えばエーヴェ先生は何の専門なんですか?」
「ん?私ですか。んー、まぁ大体何でも万能ですね。あえて専門と言うのならば、人を教育し、導き、育てることですね」
「???」
ルナが良くわからないという顔をしている。
僕も分かるような、分からないような。
「なかなかすごい魔法とか使えそうですが。この街吹き飛ばせるんじゃないんですか?」
「……ははっ。君は面白いこと言うねぇ。うん、いいよいいよ。まぁこれは他言無用だけどね、やろうと思えばできるよ」
初めてエーヴェ先生が食堂へやってきた時、彼は全く雨に濡れていなかった。雨を除ける魔法を使っていたと思うのだが、そのような魔法を使ってる人をこの街では見かけていない。傘を差すか、アイテムを使うかだ。
他にやってる人がいないということは、その魔法はおそらくそれなりに高度か、またはこの地域に住んでる程度の人ではできないということだ。
だからと言って街を吹き飛ばせるほどかというと分からないのだが、これだけ幅広い知識も持っているし、少し大げさに聞いてみた。
その日はそれからしばらく毒、呪いの対処や関連するアイテムの話などが講義され、解散となった。
エーヴェ先生は帰り際にこんなことを言っていた。
「思ったよりもね、学園への入学は早くできるかもね。あ、教科書は渡した分読んでおいてね、二人とも」
思ったよりも、か。想定してたより学習の進みが良いのだろうか。そんなことをモヤモヤ思いながらジャガイモの芽に鑑定針を当ててみた。
水晶の色は――青だった。
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