第16話 ジャンマリオ通り
昨晩はこの世界に来て初めて湯船に使った。それなりに資産がある者は湯につかることもあるらしい。とは言え貴族であっても普段はシャワーだけの事が多いようだが。
朝食は昨晩と同じ
「先程お渡ししたポーションですが、あまり二日酔いの際に常用なさらないように。ポーションを常用してしまうとしばらくの間、効きが悪くなる可能性があります。薬草などで少しずつ体を整えるほうが良いでしょう。あくまでも特効薬です」
昨晩はジャンさん、ルナ、ウカルが二日酔いになっていた。女神って二日酔いになるんだな……。
(あくまでも人の体を再現して現れているだけですので)
様々なダメージを負っても即死するようなことがあっても元に戻ることはできるらしいのだが、ダメージそのものは負うらしい。
平民の一般家庭ではそうそうポーションを手にすることは無い。それ自体高価なもので、多くの怪我や病気は薬草などで作る薬を使う。
「二日酔いのために、わざわざすみません」
シエルナ伯爵はこれも良い経験なので、と気前よくポーションを分けてくれた。まぁこれも謝礼の一つみたいなものらしい。
「ところで学園への入学ですが、約1ヶ月後。6月を予定しています。授業はもう進んでいますし、ルナ嬢もショーマ殿も平民教育しか受けていないでしょう。いや、もしかしたらショーマ殿はこちらの世界の教育を受けておられないか」
伯爵の娘であるエリーは貴族としての教育を受けてシエルナ領都の学園に入っている。この学園は貴族としての教育を受けてきたものが入ることが大多数で、平民でも入れるがその場合は事前に貴族に近い教育を受けてくることが通例らしい。
「そこで1ヶ月ほど家庭教師をそちらに派遣しようと思います。なお学園に関する費用は一切こちらで負担しますので、気にしないでください。それから……」
シエルナ伯爵が片手を上げるとジーヤが盆に何かを載せてやってきた。
「これは当家の紋章が入ったメダルです。これ1枚につき大金貨1枚分までの信用があります。新しい料理を考案するにあたり、必要な道具や食材の仕入れなどにお使いください」
大金貨1枚分と言えばおおよそ100万円くらいだ。信用があるということはクレジットカードみたいなものだろうか?
「これでお支払いができるのですか?」
ジーヤからシエルナ伯爵家のメダルを受け取る。メダル自体は銅貨のようだが、一部に銀彩と金彩が施されている。
「いえ、厳密に言うとあなた方は支払う必要がなく、これを商人に見せれば当家にて精算致します。大金貨1枚分の予算を与えていると思っていただければ宜しい。不足したら報告をしていただければ、新たに予算を配分致しましょう」
なるほど、このメダルを見せれば累計で100万円相当まではシエルナ伯爵へツケ払いができるらしい。
「ご期待にそえるよう、努めます」
それからしばらくして、ワインやら焼き菓子やらお茶などお土産を頂き、帰りの馬車を走らせてもらった。そろそろジャンさんの食堂がある通りの手前に差し掛かるはずなのだが……。
「あれ、なんかちょっと道路が変わってないか?」
ジャンさんが馬車の窓を見て目を丸くする。
「あら、ここらへんの舗装が変わっているわね」
「なんか道広くなったね」
ジャンさんの食堂がある通りにつながる大通りなのだが、昨日と比べて整備されている。大通りということもあって元々整備されてはいたのだが、通りに向かって道が拡張されているというか……これはもしかすると。
「食堂に向かう通りも馬車が通れるくらいに整備されていますね……」
そして伯爵家から出してもらった馬車はそのまま食堂の前に停車した。
「実は昨晩のうちにこちらの道を整備させていただきました。これから何かと当家を含め馬車が行き来することもありましょう。また、エリー様も食堂に寄る機会が増えるようですので、このような形で十分な道に直しております」
御者台に並んで座っていたジーヤさんが馬車を降りるための足場を出しながら説明をしてくれる。
この世界の土木技術はすごいな。もしかしたら魔法でちゃちゃっと直せるのかもしれないが。しかし馬車を食堂の前に横付けできるようにするために道路を整備してしまうなんて。向かい側の家とかどうやって移動したのだろうか。あ、魔法か?
「少し休んでから、夜営業の支度でもするか」
緊張から解けたジャンさんが食堂の椅子にもたれかかる。昨日、伯爵家へ出かける前に今日は昼営業を休みにすると事前に張り紙に出していた。予定が見えないのと、帰宅しても緊張で気づかれしてるからというのが理由だ。
「シエルナ伯爵から借り受けているこのメダルですが、ジャンさんは何か調達したい器具はありますか?冷凍庫とか」
「冷凍庫?あぁ。それはショーマ君が伯爵様から借り受けたものだろう。うちのことは気にしないで自分のことに使いなさい。料理の研究をするのも君だしね」
ジャンさんの食堂を手伝うとは言え、結果的に間借りしてるわけなのだが、ジャンさんは気にしなくていいと言う。
「ショーマ君が気にすることはないよ。君のおかげで店が繁盛しそうだからね。ルナも学園に通わせられることになった。これは大変に名誉なことなんだ」
平民でも学園に入れるのは稀で、功績を認められた冒険者の子息か貴族御用達の商家の子息くらいだという。伯爵にとっては娘エリーの友達として、という理由以外にこの食堂に目をかけているということなのだろう。
道具、道具かぁ……。包丁なんかは今の所自分のものがあるけども。この世界の調理道具は色々不足してるからな。魔石や魔力柱があるから、それを電源のようにして前世と同じような道具が作れるかもしれない。明日にでも職人街へ出てみて相場を聞いてみよう。
ハンドミキサーのようなものとか、圧力鍋、蒸し器なんかあると便利だな。和風出汁も取りたい。鰹節を削るためのカンナも必要か。スチームコンベクションオーブンなんかはちょっと難しそうだな。そもそも全ての調理機器の仕組みを覚えてないしなぁ。
自室に引きこもって今後の方針について考える。料理を教えると言っても、何をどこまですればいいのだろうか。学園とはどんなところなのだろうか……。そんなことを考えていたらいつの間にか夜まで眠りこけてしまっていたらしい。
階下が騒がしい。
「おいおい、ジャンマリオ通りってどうしんたんだよ!」
「この食堂もそのうち改築するのか!?」
どうやら夜の営業を始めたらしいのだが、客たちがジャンさんを囲んで盛り上がっている。
「ジャンさん、どうしたんですか?」
「あぁ、いや、ショーマ君。今朝は気が付かなかったんだけど、うちの前の通り、名前がついたらしくてさ……」
「ジャンマリオ通りって名前になったらしいの!」
両手をぶんぶんふりながらルナが説明する。よほど嬉しいらしい。
「出世しちゃったわねぇ……」
キャロさんはひょいひょいと人をかき分け配膳を進める。かき分けていると言うか、何かの魔法でも使っているのだろうか。人垣がやや吹き飛ばされているようにも見える。
それにしても、ジャンマリオ通りか。これは思ってた以上にシエルナ伯爵に期待されてるようだな。
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