第17話 食物の神と雑談

 夜更けに近づくに連れ雨脚が強くなってきた。1人、また1人と帰っていき、深夜営業どころか早仕舞いとなってしまった。そういえばウカルもいつの間にかいなくなっていた。食物の神だし、仕事に戻ったのかもしれない。


 この世界でも傘はあるのだが、片手が塞がるのが嫌がられているのか、外套を羽織る者が多い。素材そのものを活かして何かしらの防水・撥水処理が施された物や、おそらくは魔法などで処理されたものまで色々あるようだ。

 大急ぎで帰宅していく客を見ながら、ふと前世のコンビニエンスストアみたいなことをしても面白そうだなと思った。持ち帰り用の弁当の他、雑貨類、雨具を置いても良さそうだ。そういう異世界転生物小説も多々あったしな。


「客はみんな帰っちまったけども、売上は上々だな」


 ジャンさんが硬貨を数えて売上を集計する。たった1日、2日で有名店になってしまったようだ。通りのにまで名前がついてしまったし、しばらくはこんな感じになるだろう。


「人を雇う必要がありそうね」


 キャロさんが物思いに耽る。さすがに僕とルナの手伝いだけでは間に合わなくなるだろうし、これから1ヶ月家庭教師が付いた後は学園の生活が始まる。学園は基本的に2年間通い、何かしらの研究を進めたいものは1年以上延長することができるそうだ。

 王城で働くものはほぼ3年以上は通うらしい。各領で官職に就く場合も3年以上が推奨される。2年間だけ、という者は領地でのんびりする貴族か平民くらいだ。


「だいぶ雨が強いな。今晩は雨戸をしっかりしめておくように。明日は臨時休業だな」


 みんなで店の片付けを終え、店舗に面してる窓や扉も全て雨戸をおろしておく。就寝する頃には雨音が静かになっていたが、これは嵐の前の静けさらしい。



 翌朝、豪雨と雷の音で目が覚める。ジャンさんが言っていたとおり、なかなかすごい嵐だ。まるで台風みたいだな。街の工房を見て回ろうと思っていたが、今日はやめておこう。


 階下のキッチンへ入ると先客がいた。ウカルだ。窓の外を眺めながらつまらなさそうにしている。


「やぁおはよう女神様」


 食物の神だからと言って普段は敬語を使わない僕だけども、少しからかい気味に声をかけてみた。


「ん?あぁ、おはよ」


 こうやって見ると同じ年頃の女の子にも見えるけど、中身は何歳くらいなんだろうな。1000年とか生きてるのかな。


「女の子に年齢聞くのは失礼だよ」


「あぁ、すまないすまない。そう言えば普通にこの家いるけども、ジャンさんはお前のことなんだと思ってるんだ?」


 領主家の晩餐会に招待されたりと慌ただしくてすっかり気にしていなかったが、一応南の方からきた旅の商人ということになっている食物の神『ウカー』ことウカルがこの家に住み着いており、よくよく考えたらおかしなことだなと気がついた。


「キャロさんが親戚の子の知人の家の隣の裏に住んでた人の親戚と紹介したからね」


 それっともはや他人ではないのだろうか。


「キャロさんはお前の正体に気づいてるんじゃないかな?」


「そうねぇ、私が食物の神であるとこまで気づいてそうかな。あとは領主家の執事とあの老人は、だいたい何か気づいてそうだね。領主であるシエルナ伯爵に関してはおそらく2人から聞いてるんじゃないかな」


 なるほど、アーシュさんとジーヤさんはうっすら人ならざる上位の者であると気づいてるらしい。


「そっかぁ。そう言えばさ、そうやって姿を現世に出せるなら直接皆から拝んでもらえば信仰心?信仰ポイント?みたいなのが入るんじゃないのか」


 家に祭壇を置けだ貢物を用意しろだ街に像を置くんだとか言われてたけど、直接やればいいんじゃないのか。


「神様っちゅうのも色んなルールがあるのだよ。まぁ正体を明かす程度なら禁忌にふれるようなことではないんだけどね。この姿に対して直接拝められたり何か貢物をされても信仰心のポイントは入らないんだ。あくまでも像やら祭壇と日々の感謝の念が大切ということさ」


 神様やんのも大変だなぁ。もし薦められてもやりたくないな。


「昨晩は見かけなかったけど、どっか行ってたのか?」


「まだまだ信仰心のポイントが足りなくてね。一度神界に戻ってたんだ。この世界に出てくるのも力を使うんだよ」


 ギリギリまで力を使ってでも美味しい料理が食べたかったらしい。



 ウカルと雑談をしていたらジャンさんとキャロさんが降りてきた。ルナは寝坊らしい。二人とも昨晩からぐったりのようなので代わりに朝食の準備をする。


「おや、こりゃまた随分薄いトーストだね」


「えぇ。これはメルバトーストと呼ばれるものです」


「そっちの卵と……魚は料理に使わないのかい?」


「卵は朝食の後で使うので、今は常温に戻してるだけです。この魚も出汁だけとって、冷ましてから使います」


 今準備しているのはメルバトーストだ。通常のトーストを焼いた後に薄くスライスし、さらに焼いていく。こうすることで薄く、なおかつ全体がカリカリとしたトーストが出来上がる。この上にチーズなどを載せる。

 手早くサラダと前日の残りを使ってチキンコンソメスープを準備する。


 卵ととある魚は朝食で使わない。実はとっておきの調味料をシエルナ伯爵に譲ってもらえたので、後ほどそれを使って仕込みをするのだ。


 匂いにつられたのか寝癖そのままにルナがキッチンへやってきた。いつもどおり食物の神に感謝をし、朝食をとった。


(この挨拶が流行ると信仰心のポイントがたくさん入るようになるから助かります)


 いまいち口調が定まらない目の前の女神から念話が届く。ウカルは信仰心のポイントが貯まると階位が上の神になれるらしく、その恩恵は祝福を受けてる僕にもくるらしい。領主であるシエルナ伯爵あたりが広めてくれたらなぁ。



 今日は大雨・雷雨の嵐。家に引きこもって料理の実験を進めることにした。領主家の晩餐会からの帰り、シエルナ伯爵からたくさんの食材を提供してもらえたのだ。領主はこの街に流通する多くの品物を献上されるらしい。


「醤油、みりん、おそらく日本酒のようなもの、それからこれは……ふむ、やっぱり焼あごだったな」


 ちらっとウカルの方を見ると首を横にふる。どうやら彼女の能力で持ち込まれたものではないらしく、たまたま流通していたようだ。


(おそらく運命の神が気まぐれに遊んだんじゃないかなぁ)


 焼あごは助かった。焼あごは生のトビウオを炭火などで炙った後、天日干しにして作る。生のままだったら下準備が面倒だったからだ。

 できれば鰹節が欲しかったのだが今回のお土産には無かった。


 朝食の準備をしてる際に焼あごで出汁をとっていた。これに醤油、みりん、日本酒のようなものを合わせ、ひと煮立ちさせ漬けダレを作っていた。これらを朝食を食べてる間に冷ましていたのだ。

 準備は整っている。早速常温に戻していた卵を沸騰した鍋に入れ、待つこと6分。手早く冷水へ移し、殻を向いていく。ルナも殻剥きを手伝う。


「なんだいこれは?」


 殻をむいた卵を瓶詰め容器に入れ、漬けダレを全体が浸るまで注ぐ。


「味玉といいまして、半日から3日程度漬けておくと美味しい食べ物ができあがるんですよ」


 本当はラーメンがほしいところだが、とりあえずおつまみメニューと言ったところだろうか。完成が待ち遠しい。

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