第15話 領主の晩餐会 デザートと領主の謝礼
(普通の人が身元保証人になるのと全く違うわ。つまり誰かに何かを言われても伯爵様が後ろ盾にいるということで、また信用も格段に上がる。あとはきっと……そうね。多少お茶目なことをしても伯爵様がいるから安心して良い意味で暴れなさいということね)
キャロさんがこちらを見つめながらいきなり念話を飛ばしてきた。伯爵の話よりもこの事実の方が驚きだ。
あ、ウインクしてる。
「ふむ、皿もみんな下がっている。丁度良い」
先程まで何かペンを走らせていた執事が盆に紙をのせ、伯爵の元へ運んできた。伯爵はそれをとって何やらペンを走らせる。それを改めて執事に返す。
「ジャン殿、ショーマ殿。今日話したことは全てこの紙に書かれている。そして私のサインも入っている。各々、問題なければサインしていただけるかな?これは契約の魔法が働いている。嘘偽り無く約束を守ることが神の名の元に保証されている」
(神が裏切らなければね)
ウカルが目配せして念話を飛ばしてきた。食物の神曰く契約の魔法とやらも神が裏切ったら効果は無いらしい。とても人に言えない内容だ。この話は誰にも言わずに墓場まで持っていこう。
元より貴族のお願いというのをただの平民が断れるわけがない。ジャンさんも僕も大人しく紙にペンを走らせた。
んー、サインか。異世界転生特典なのか、この世界に来て字の読み書きには困っていない。もしかしたら自分が今住んでいる地域外で使われてる言葉や言語は分からないかもしれないが。
この地域で使われてる文字は前世のアルファベットに近い。なのでショウマという音を当てるのも難しくないのだが、契約というからには元の字である
(この世界の言葉ならたぶんほぼ君は理解できるよ。それから、契約の魔法には特に影響はないから、どっちでもいいよ)
ウカルが念話で悩みに答える。あまり自分が異なる世界から来ている者だということを明かさないことが良いこともあるだろう。ここはアルファベットに似た字に音をあてたほうでサインしよう。
契約書にサインを終えると、すぐに給仕がデザートを配り始めた。
「こちらは『ペコリーノ・チーズのパイづつみ』でございます」
ふむ、これはあれだな。
「『
出てきたそれは直径約8 cmほどの大きさで、小麦を荒く製粉したものでパイ生地をつくってるようだった。表面はおそらくオリーブオイルなどを塗って焼き上げたのだろう。上から少量の粗い砂糖と蜂蜜がかかっている。
中にペコリーノ・チーズが入っており、どうやらカマンベール・チーズとオレンジの皮も少量入れているようだ。
「ほう、その『セアダス』とはどういうものなのでしょうか?」
セアダスというのはヨーロッパ最古のデザートと呼ばれ、イタリアはサルデーニャ島に古くから伝わる伝統菓子である。紀元前3000年頃発祥と言われており、西暦2000年代を基準に見ると約4,000〜5,000年も前だ。
「このデザートはパイ生地ですが、セアダスではダンプリングと言って小麦粉を練った団子状のもので造ります。卵や牛乳で練るか、茹でたりして作ります。そこにペコリーノ・サルドという、そうですね、とある地域で作らる羊のチーズを入れるのです」
この世界にサルデーニャ島は無い。なのでペコリーノ・サルドというチーズは無い。まぁそう言ってしまったらなぜペコリーノというイタリア語で羊をさす言葉があるのかと思うが、いちいちその世界独自の言葉を考えるのは、神々も面倒であるということだろう。
(うむ)
食物の神『ウカー』であるウカルも同意してる。神がそう言うなら、そういうものなのだ。
「それからこれはパイ生地の表面にオリーブオイルを塗っていますが、セアダスの場合はオリーブオイルや豚肉の脂などで揚げて作ります」
「あぁ、なるほど。揚げるのか」
シエルナ伯爵は近くにいたメモを取っている料理人を呼び、耳打ちする。
こちらの世界で『揚げる』という調理法が広まっていないのではないかと思っていた。街中でもあまり見かけないからだ。しかしシエルナ伯爵の反応を見る限り、その調理法自体はあるようだ。
前世の地球では古代ローマのレシピ本『
ラムのシチューなども書かれている。
古代インドの医学書『
「こちらの地域では食材を揚げる、という調理法はあまりしないのですか?」
調理法は知られているのにやらないということは、何か理由があるはずだ。
「たくさんの油を使うでしょう。もったいないなと思いましてな」
シエルナ伯爵曰くオリーブオイルが不足する、というほどではないのだが揚げ物のために大量に使う、という考えには至らなかったようだ。それから聞く所によると揚げ物は胃もたれがひどいと。どうやら『油を切る』という工程が無いようだ。
揚げ物談義をした所でもう1品、デザートが出てきた。一緒に果物の盛り合わせもテーブルに置かれ始めたので、これが最後らしい。
「こちらは『ビスケットとマスカルポーネ・チーズのデザート・ドリンク』でございます」
想像以上にこの世界ではお菓子の調理技術は存在しているようだ。出てきたそのドリンクは、どちらかというとパフェみたいな感じであった。
軽く砕かれたビスケットの層に卵黄とブランデーとマスカルポーネ・チーズを溶いたクリーム状のソースがかかっており、その上にシナモン、砂糖、ココアパウダーとおそらくコーヒー豆を砕いたものがかかっていた。
「苦いような甘いような……」
ルナが複雑な表情で感想を漏らす。お子ちゃまにはまだ早いのかもしれない。
「そうですね。少しお酒の味と苦味があるデザートです。お好みでこちらのワインをおかけください」
給仕の人がワインの入った器をテーブルに置く。少し香りを嗅いでみるとどうやらマルサラワインのようなものだった。いわゆるアルコールを添加させた酒精強化ワインだ。シェリーやマデイラワイン、ポートワインなどがそうである。
「このワインの熟成は4ヶ月から半年くらいですかね」
マルサラワインの場合、熟成度合いによって3つのタイプに分かれ、味も熟成が進むと甘口から辛口になる。これくらいの甘さだと2年以上かどうか微妙な所だし、なんとなくだが長期熟成をする、という概念が無さそうだった。
給仕やメモを取っていた料理人が驚いた顔をする。
「正解、ということみたいですね。ショーマ殿はお酒にも詳しいようだ」
シエルナ伯爵は感心したように小さく拍手する。伯爵が拍手を終えるとリーズ伯爵夫人がこちらを見据えてきた。
「ところでこのデザートはショーマ殿が知る物の中では、なんという物に近いのでしょうか?」
「『ティラミス』というものに近いですね。もう少し色々と手を加え、手間もかかりますが」
伯爵夫人の問いに答えながら、ティラミスの作り方を説明しはじめる。
最初はあんなに苦いだなんだ言っていたルナが酒精強化ワインを飲み始めていた。酔いが回って気にしてないらしい。ついでにウカルとキャロさんも酒精強化ワインを嗜んでいる。食後酒としても飲まれていたので、あながち間違えではないだろう。
伯爵夫妻と料理の話をしつつ、夜も遅くお酒もだいぶ入っているので、領主館に泊まっていくこととなった。
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