第14話 領主の晩餐会 メインディッシュとお願い
「貴族というのは皆が思う以上に孤独でしてね」
シエルナ伯爵はそんなことをぼやく。
「王都に入れば貴族同士で顔を合わせることも多々あるのですが、自領にいる時はそういうことも無い。各領距離もあるし、気軽に会うことはできんわけですよ」
メインディッシュはマグロと鹿肉のステーキだった。ニンニクを焦がして香りをつけ、塩胡椒で味を整えているのだが、面白い調理をしていた。
「そういうわけで幼い頃から平民の話し相手をつけるものなんですが、エリーにはなかなかそういう者がいなくてね。同じ年頃の、ずっとそばにいたメイドくらいです。まぁ、つまりショーマ殿とルナお嬢さんに話し相手になってもらいたいわけです」
お願い事というのはいくつかあったようで、シエルナ伯爵は先に1件、話を明かしてきた。
「分かりました」
細かく何か言う必要もないだろう。簡潔に返事をする。伯爵夫人は安心したような表情をした。エリーも嬉しそうである。お貴族様とお友達、なんてちょっと倒れてしまいそうな話だが、ルナは気にしていないようで、「友達!」と喜んでいた。
ジャンさんはもう苦笑いだ。そう考えると終始にこにこしているキャロさんは余裕がありすぎる。やはり元貴族かなにかではないだろうか。
「ところで、この肉に塗られて少し焦げ目がついているのは
日本人である自分にとって味噌はとても求めているものだ。醤油と一緒に食物の神『ウカー』にお願いしようと思っていたのだが、既に流通しているようだった。
その女神が人の姿をしているのがウカルなのだが、中々フォークとナイフの扱いが様になっている。
「おお、本当にショーマ殿は詳しいですね。左様です。こちらは最近領内に流通し始めたミソと呼ばれるペースト状の食材です。味見をしてみたらかなり塩気が強く、うちの料理人が試行錯誤した結果、このように肉へ塗って焼く調理法に行き着きました」
生前、地球では『エゾシカの味噌漬け焼き』というものを食べたことがある。鹿肉に限らず、味噌漬けにした肉を焼いて食べると旨味が引き立つ。ただ味噌が焦げやすいので調理にコツがいる。
「焼く前の肉を味噌で漬け込んでおくともっと旨味が出ますよ。蜂蜜や砂糖を少し入れても良いですね」
マグロも味噌漬けにすると旨い。
「魚に関してはレホールなどを入れてもよいでしょう。魚の生臭さを抑えることはできます」
この辺りではワサビや生姜は見当たらなかったが、
給仕をする使用人に混じって必死にメモを取り続けているものがいる。おそらくはこの屋敷の料理人か、その下働きの者だろう。
「ふむ……実は他のお願いというのはですね、我が屋敷の料理人に料理を教えてほしいのです」
お酒は赤ワインに移っていた。なかなかに旨い。シエルナ伯爵はワイングラスを持ち上げ、中の液体を見つめながら話を続ける。
「とは言え屋敷で毎日働いてくれ、という訳ではありません。月に1回程度来ていただければ結構です。もしかしたら料理人たちの依頼でもう少し多く来ていただく機会があるかもしれませんが」
赤ワインを飲み始めたルナは顔が火照ってきている。おそらく酒に強くはないのだろう。ジャンさんも大酒飲みというわけではないのだが、だから控えているというよりは普段飲めない上等なワイン過ぎて怖じ気づいているようだ。
キャロさんは飲む姿がとても様になっている。ウカルは使用人に耳打ちしているようだ。あ、持ち帰る気だな。
(お前さんたちの分もあるから安心しなさい)
念話で在庫確保の報告が届いた。
「そうですね、それくらいのペースであれば構いませんが、そんなに少なくていいんですか?」
「えぇ。うちの者たちがたまにジャン殿の食堂に客として伺うと思いますので」
話としては屋敷内の料理を改善したいというのもあるが、ある程度レシピを作って領民に広めたい、ということらしい。そして普段はジャンさんの食堂で料理を味わい、月1,2回直接僕に指導してもらう、ということのようだ。
「かしこまりました」
「報酬は金貨1枚でどうでしょう」
月1,2回顔を出す程度で金貨1枚とは破格だ。どうしたものかとキャロさんのほうを見る。なんとなくジャンさんより詳しそうだ。
キャロさんは頷く。
「ありがとうございます。金貨1枚で宜しくお願いします」
メインディッシュの後は薄いパンの上にチーズを載せて焼いた物が出てきた。コース料理で言うところのフロマージュにあたるのだろう。まぁ要はチーズの盛り合わせだ。
それとこのパンの役割。パンとチーズの組み合わせをした料理、というよりもチーズが溶けやすいのでパンの上に載せて焼くことにしたのだろう。これはおそらく皿代わりでもある。
かつて中世ヨーロッパでは固いパンが皿代わりだった。フランス語でトランショワールと言い、英語ではトレンチャーと言った。これが提供物を載せるトレンチ、トレイの語源であると言われている。
独特の匂いを醸してるのもあり、ジャンさん達はやや手こずっているようだ。
「チーズを焼くことにしたんですね」
なんでも焼けばいいとは思わないが、これはこれで旨い。カマンベールをおかわりする。
「チィズなるものを持ち込まれた時は困っていたんですけどね。エリーへお土産として焼いた
リゾットには合わないチーズもあっただろうに、とりあえず無難にこの形になったわけだな。
「トマトソースですね。それからパセリ。いくつかのハーブもかけるか、トマトソースを作る際に一緒に煮込むか。オリーブオイルも入れて。それでパンに塗ってチーズを載せて焼きましょう」
ピザもどきみたいなもんだ。今日の晩餐会で分かったことがある。シエルナ伯爵は自分たちの料理人が作った料理を僕に食べさせ、アドバイスを求めているのだ。
「ありがとうございます」
僕がシエルナ伯爵の意図を汲み取ったことを悟った伯爵が礼を言う。
「あとはデザートがありますわ」
伯爵夫人が声をかけてくる。
「我が家ではデザートの番人はリーズなんですよ」
デザートの番人か。
「うちもです」
キャロさんが返す。
「さて、最後にもう1つお願いがあります。ショーマ殿、そしてルナお嬢さんの2人に我が領都の学園に通ってもらいたい。エリーはこの春入学した1年生だ。そのエリーと一緒に学園へ通っていただきたいのだ。いかがかな、ジャン殿?」
先程までは緊張で固まりまくっていたジャンさんだが、ようやく緊張が溶けかけていた矢先に爆弾が飛んできた。
「え、え? あ、はい、領主様。その……」
「無論、学費は不要だ。それからショーマ殿の身元を保証してくれた上、不自由の無い生活を過ごさせ、このように食の文化を発展させることができた。礼を言う」
赤ワインを口に含み、一息つきながら話を続ける。一貴族が平民に礼を言うなど大変なことである。
「謝礼としてジャン殿と家族、それから今度孫の代までは人頭税は無税とする。商売の利益における税額も調整しよう。先月既に収めている分があると思うが、後ほど計算してそちらは返す」
一同が手を止め、シエルナ伯爵に注目する。アーシュさんの横に控えている執事が手元でペンを走らせている。
「それからショーマ殿の身元保証だが、本日からデルフィリオ・フォン・シエルナ伯爵の名を持って引き受けよう」
何事かと思い、キャロさんの方を見る。
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