第11話 シエルナ領都セントシエルナの馬車道

 この国はトスカレア国王の元に封建制であり、ジャンさん一家が住んでいる街はシエルナ伯爵が治めるシエルナ領の領都、セントシエルナだ。周辺諸国との関係は良好でここ100年ほどは国家単位での戦争は起きていないという。

ただ諸国も自国も野心的または反王政派の諸侯がいるようで、多少の小競り合いはあるという。


 そんな話をシエルナ伯爵家が迎えに寄越した場所の中で聞いた。ルナの教育は平民向けなので王家、公爵家と主要な諸侯、自領のことくらいしか学ばない。ジャンさんも同じくらいの知識だという。

 キャロさんはもう少し詳しく知っているらしいが、必要な時が来たら家庭教師をしてあげましょう、とはぐらかされてしまった。


「しかし、馬車なんてものに乗ったのはいつぶりだろうか……。それも貴族の馬車なんて始めてだ」


 ジャンさんが落ち着き無く馬車の内装を見渡したり、外の様子をみたりしている。


「本当でしたらご自宅の前まで馬車を寄せるものなのですが、どうもあの道は当家の馬車が入るには難しいようで、ご不便をおかけして申し訳ございません」


 シエルナ伯爵家の爺やが謝る。ジャンさんの食堂がある通りは決して狭くはないのだが、これくらい立派な馬車が通るほどに道の幅や舗装が整備されていない。


「いえいえ、気になさらないでください。それに、そう何度もあそこに馬車を通すようなことはないでしょう?」


 キャロさんが言葉を返す。


「はは、どうですかな、それは」


 ルナはガチガチに緊張してるのか、それともコルセットがきつすぎるのか、真顔で硬直している。ウカルは目を瞑ったまま微動だにしない。女神だからもしかしたら瞑想しているのか、意識だけ新界にでも言っているのだろう。


「zzz……」


 寝てるだけのようだ。



 馬車という乗り物はけっして早くない。通常走らせる程度だと人と同じくらい、早くても時速12 km程度だ。自転車を軽く漕いだ速度が時速20 km程度なので、多くの人が思う以上にゆっくりではある。


 シエルナ領主家が客人に用意した馬車は2馬立て4輪で緩衝装置としてサスペンションが取り付けられている。キャリッジと呼ばれるタイプである。

 サスペンションが無いものは主にワゴンと呼ばれ、荷物用、または社会的地位が低かったり手持ちの金が無いものが乗る。


「馬車に興味がお有りかな?」


 表の通りに寄せられた馬車と、乗ってからも色々観察していたせいか爺やに声をかけられる。


「この人数とこれだけの大きさで2馬とはすごいですね。それに領主館まではけっこう距離がありそうですが」


 大人3名、子ども(ウカルも一応今は子どもサイズだろう)3名、御者に大人1名を乗せているのだ。なかなか力強い馬だ。


「当家の馬車に使ってる馬はなかなか強いもの達でしてな。1馬あたりの定員が多いのです。それからもうすぐ先の大通りに差し掛かると馬車鉄道が整備されております。今の2倍以上の速さで走ります故、あなたが思っているよりも早めにつくかと思いますよ」


 なるほど、この街は 魔力柱まりょくちゅうを始め上下水道、商業区域や居住区域と道の作りなどで良く整備されている方だと思っていたが、馬車道や馬車鉄道もしっかり整備されているらしい。


「馬車鉄道が整備されている中央通りは街の大きなイベントがある際のパレードに使用されたり、騎士団の凱旋をする道でもあります。また上位貴族の方々や王家の方々が凱旋されても失礼なく見劣りしないよう整備してきました」


 いつの間にかウカルが目を覚ましており、爺やの話を聴き込んでいる。


「これは……ここだけのお話として耳に通していただきたいのですが、当家はそう遠くない将来、侯爵位を叙爵されると当主は見ております。ただ、それなりに何か大きな成果が出ればの話ではありますが」


 爺やが言うにはシエルナ伯爵家というのはその能力や領地経営、貴族としての器において侯爵の位にあってもおかしくないのだそうだ。ただ当代の貴族たちの力関係を配慮すると、では侯爵どうぞ、という感じにはできないそうで、機を伺っているらしい。


「これは、なかなか良い通りね」


 ウカルが馬車鉄道が走る大通りを眺めている。


「そのうち凱旋門を作るといいわ。左右の柱には、そうねぇ。商業の神と食物の神を彫り込むといいでしょう」


 なんだこの女神、自分を売り込み始めたぞ。


「ほう、ウカル様がそうおっしゃいますなら、我が主に伝えておきましょう」


(お前、なんかせこくないか)


 この世界で念話とはどう行うものなのか知らないが、なんとなくウカルに向けて心の声を流してみる。


(いいのよ、こういうのは早いものがちよ。それに商業の神も祀ってもらうし私だけズルしてるわけじゃないわ。あとあの子が祀られたらきっとこの街はもっと発展するわよ)


 どうも自分がズルしてる自覚はあるらしい。冷静に考えて、だ。こんなことがまかり通ってしまうのであれば、各々の神が人の姿になってあちこちで同じことを吹き込んでいけばいいのだ。

 そのうち天罰でも喰らうんじゃないか? 神だから喰らわないのか。


(大丈夫よ。ギリギリのラインをわきまえてるわ)


 神々のいざこざの巻き添えを喰らいたくないし、食物の神から加護をもらってる身としては自分の保身的にもヤバそうだと思ったら止めておこう。



 全体で20分ほど馬車に揺られていただろうか。爺やが言う通り馬車鉄道に入ってからは中々早かった。あまり他の馬車を見かけることが無かったのだが、晩餐会への招待があるために交通規制を敷いていたらしい。

 そこまでするのか。


「かつて馬車が普及しはじめた時代から領民が馬車の事故に巻き込まれるということはありました。馬車道を整備してから数は減ったものの、馬車鉄道の普及とともにやはりまた事故が増えたのです。馬車同士の衝突も出てきたことから、ある一定の通行頻度がある者たちには事前に通行申請を課しております」


「なるほど。この街は道や魔力柱、水道の整備もそうですが行政面でもしっかりと組まれているのですね」


「えぇ。そんなわけである程度の交通量が見込まれる時は時間帯通行制限や、本日のように当家において大切なお客様をお迎えする際は大幅な交通規制をかけております」


 まるで前世の地球のようだ。もしかしたら信号機のようなものや速度制限的なものを取り込んだらもっと効率が良くなるのではないだろうか。あれだ、異世界転生ものにおける内政チートとかいうやつだ。


(手が開いた時にでも助言してあげてくれ。人々の文化発展につながるからに)


 女神からお願いされてしまった。


「少し時間が早いようですな。玄関の迎えにはエリーお嬢様が出られると思いますが、しばらく応接間にて休憩していただきたい」


 城の外壁のような囲いを通った先に緑の生け垣の囲いを通過する。あぁ、これが庭か。昔ヨーロッパへ修行した際に見かけた風景に少し似ている。そして玄関前に馬車を寄せた。ざっと見て500mくらいはあったのではないだろうか。


 想像していた領主館というのは城のようなものだったが、その見た目はカントリーハウス、ごくごく普通の大きなお屋敷に一部城のようなものが付いてる雰囲気であった。


「ショーマ様はなかなか、良い観察眼をもっていらっしゃいますな。かつて諸侯の領都にある館は城で、王都の屋敷はこのようなカントリーハウスが主流でした。しかし争い事が減ってからは堅牢な造りにする必要は無いだろうと、当家くらいの歴史の場合はこのようなお屋敷となっているのでございます」


 この辺りもヨーロッパにおける城や貴族の館の歴史に似ているなぁ。


「ようこそ当家へおいでくださいました。あらためまして、私シエルナ家当主デルフィリオ・フォン・シエルナの娘、エルシーリア・フォン・シエルナと申します」


 おぉ、素晴らしいカーテシーだ。そして目の前に西洋人形がいる。ルナよりもやや濃い色の金髪にエメラルド色の瞳。


「あら、あらあら」


 キャロさんも楽しそうだ。


 エリー、変装名人だったんだな。

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