第12話 領主の館

「エリー!」


「きゃっ」


 明らかに昨日会ったのと姿が違うと思うのだが、ルナは何も気にせずにシエルナ家当主デルフィリオ・フォン・シエルナの娘であるエルシーリア・フォン・シエルナことエリーに飛びつく。

 体幹を鍛えているのだろうか、意外にエリーは押し倒されることなくルナを抱きとめる。


「ルナ様、エリーお嬢様が慌てております」


 爺やがすかさず助けに入る。


 そういえば、どうやって髪や瞳の色を変えたのだろうか。ウィッグや染料、カラーコンタクトレンズなどがこの世界に存在するのか。よく見ると目のつり具合や鼻の形も若干異なるような気がする。


「この世界にはね、異なる容姿に魅せる魔法があるのよ」


 キャロさんがそっと耳打ちしてくれた。なるほど。


「ただまぁ、なかなか難易度が高い魔法だわ。例え貴族様でもちょっと難しい魔法ね」


 この世界の貴族は平民に比べて魔法に長けていると聞く。その貴族でも難しいと言うことはエリーはかなり魔法の才能があるのかもしれない。


「おや、まだアーシュが来てないようですね。仕方ない、私がご案内致します。2人ほど付いてきなさい」


 本当はアーシュが館内を案内するようだったのだが、まだ姿を見せていないらしい。アーシュはそれなりの立場にいる執事だと思うのだが、どれくらいの役職なのだろう。もっと言うと爺やのほうが謎である。


 先程までガチガチに緊張していたルナは、すっかりエリーと手をつないで歩いている。何だかその姿は15歳という年頃にしてはやや幼く感じてしまった。

 異世界転生小説ばかり読んでいたせいか15歳というとそこそこ大人びて感じるのだが、まぁでも前世の地球で言えば中学校を卒業して高校に入るくらいの年齢か。

 それよりも彼女は一応、貴族なんだけどな……。


「思ったよりも館の中はさっぱりしていますね」


 僕がぼそっとつぶやくとジャンさんが何と言うことを言い出すんだと驚いて振り向く。まぁ確かに相手は貴族なんだけども、元々この世界の人ではない僕はどうしてもズケズケと口に出してしまう癖がある。

 少しだけ気をつけよう。


「左様。通常貴族という立場の者は高価な物や珍しい物を多く飾り付け、その力を誇示するものです。それは単に見せびらかすというわけではなく、貴族家の力を他の貴族家に対して見せ、簡単に言えば舐められないようにするためですな」


 しわ、ホコリ一つ無い絨毯が敷かれた廊下を歩き続ける。


「しかしながら当家では数を見せるという姿勢ではありません。その代わり一点一点がそれなりの価値があるものでして、それらを来客がどう見るのかを、私どもも観察し、そしてそれに相応しい対応をするのです」


 ひょいっと廊下に置かれていた壺を持ち上げながら爺や話を締める。付添のメイドさんがものすごく慌てているようだ。なかなかに価値がある壺なのだろう。

 ならば言うことは一つだ。


「いやぁ、いい仕事してますねぇ」


 ちょっと顎に手を添えながら、前世どこかで聞いたことがあるセリフを流してみる。


「おや、分かりますかな。この壺は……と、わざわざ何かを語る必要はありませんな」


 これまたさくっと壺を台座に戻す。メイドさん、失神しそうだ。



 ほんの2,3分程度歩いた先で部屋に通される。いわゆる応接間と呼ばれるところだろうか。


「おそらくは10分、15分程度で我が主は戻られると思いますが、それまでこちらの部屋でお寛ぎください。茶菓子を用意しますので、その他何かあればこちらのメイド2名にお声がけを。それでは私は一旦失礼いたします」


 爺やは簡単に室内を案内するとどこかへ行ってしまった。応接間もさっぱりした感じではあるが調度品はなかなか良いものに感じる。


「お茶と茶菓子を用意致しました」


 部屋に待機しているメイドとは別のメイドがティーセットをワゴンに載せてやってくる。陶器も大変良い。


「全部食べていいの!?」


 山盛りの茶菓子を見てルナが興奮する。


「えぇ、どうぞお召し上がりください。お代わりもございます」


 そんなに食べてしまったら晩餐会の食事が入らないのではないだろうか。


(あの娘なら大丈夫でしょう)


 今までしげしげと館を観察していたウカルが念話で話しかけてくる。食物の神が言うのだから間違いないか。


「なかなか良い館ですね。しかし食物の神の像がない。女神像の1,2柱は飾ると宜しい」


 ウカルの勝手な営業にメイドさん達が苦笑いする。実は女神本人だって知ったら失神してしまうだろうな。



 伯爵家なのだから当然なのかもしれないが、お茶と茶菓子がとても旨い。これは晩餐会も期待できそうだ。ここ1ヶ月、平民の食事は色々と見てきたが貴族の食事と言うのはまだ見ていない。

 料理というのは僕にとってこの世界におけるライフワークであり、もっと言えば世界の命運がかかっているのだ。よく見て味わっておこう。貴族の食事に口を出せるとは思わないが、平民の文化から少しずつ影響させていくことはできるだろう。


「ふむ、なかなか良い仕事をしていますね」


 茶菓子は女神の目にも叶ったようだ。食物の神イチオシブランド、とかやっては駄目なのだろうか。


(それはちょっと創造神様に怒られてしまうな)


 そこは駄目なのか。無理やり女神像を作らせて信仰させるのは大丈夫でこれが駄目とは線引きが良くわからない。


「よく考えたら食堂だけじゃなくて時間帯を分けてカフェをやっても良いかもしれないわねぇ」


「カフェか? 俺はカフェのメニューとか良く分からないが……」


 キャロさんのアイデアにジャンさんが少し困惑する。そう言えばジャンさんはお菓子やケーキなどのデザートを作らない。たぶん作れないのだろう。食堂のメニュー的にそういうポジションに入っているのはフルーツをそのまま出すくらいだ。

 よし、一つ改善点ができた。


「ショウマよ、ちゃんとカフェの手伝いをするのですよ」


 ウカルが使命を全うするよう釘を刺してくる。と言うよりか自分が食べたいだけのようにも見える。


「あら、カフェを開くのですか。そうしたら、わたくしもまた食堂に伺いますわ」


「うん、カフェやるよ!」


 お、エリーお嬢様また家出作戦か?そしてルナは相変わらずマイペースというか、勝手に決めてるな。



 そんな歓談をしてると応接間の扉がノックされ、ひょこっと顔を出す人物がいた。


「いやー間に合った!あやうく当主より遅れるとこだった〜」


 脳天気な執事、アーシュさんだ。なんだか貴族家の執事らしくない登場だ。

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