第8話 食物の神『ウカー』と食堂の夜

『……』


「……」


 この空間は何でできているのだろう。神が所有する神だけの空間なのだろうか。というか何故突然現れたのか。


『呼んだからですよ』


「あぁなるほど。ぼそっとつぶやいただけだったんだが……」


 疲れたよ女神様、という愚痴が届いたらしい。


『あなたには感謝をしています。1ヶ月様子を見ていましたが、このまま順調に私への信仰と文化の発展が進めばこの世界は生き延びるでしょう』


「人類が生き延びるのではなく?」


『ほう、鋭いですね。でも私からはその問いかけに答えることはできません。それからいくつか話せないこともあるのですが……私への信仰はあなたのためにもなります。あなたには食物の神の祝福がかかっています』


「ふむ」


 以前、食物の神『ウカー』は神の祝福について説明してくれたことがある。神は皆ヒトを始め生物に祝福を送ることができる。魂が大きいもの、例えばそのへんの雑草や虫に対してヒトや獣人、竜などは魂が大きいのだが、それらに祝福をするためにはそれなりの力が必要らしい。


 ウカーは神の位としては中間で場合によっては降格して力を落とされてしまう可能性もあると言っていた。祝福できるヒトの数も限りがあるらしいが、どうも僕に対してかなり賭けをしたようだ。



『さて、時間がある時で良いので近々リゾットなるものを拵えて神殿を訪ねるように。そしてリゾットを供えなさい』


「何か意味が?」


 女神に対して不躾な質問かもしれないが、気になったのでそのまんま聞いてみた。


『……私の欲求が満たされます』


 食べたいだけかい!まぁ世話になったしそれくらいなら。


『い、一応、良いこともあるでしょう。それから神棚を用意させておくのでそれを持ち帰り、以後はたまにでいいのでそこの神棚に新作料理をお供えするように』


「僕も助けられていますのでそれくらいでいいのなら」


『神棚には私の友人である商売の神からも祝福をかけさせておきましょう。以上のことは神官へ神託しておくので、行けばすぐに手配してくれるでしょう』


 ウカーが言うには食物と商売は密接に関わり合いがある。その縁で食物の神と商売の神は仲が良いらしい。戦の神に至っては戦争は金が回るのでやはり仲が良いのかと思ったら、神の立場としては最終的にマイナスになるらしく、少し距離をとるような仲らしい。さらには派閥まあるようで、神界というのはどうにも窮屈だ。


『このような神界が嫌で神から降格処分される以外に、自ら外界へ降りてヒトとなる変わり者もいます。もし出会うことはあれば、仲良くしてやってください』


 ウカーはなかなか他人、いや他神に優しい神様だ。これは実は邪神でしたとかいうオチはやめてほしい。


『邪神のほうがいいなと思っていた時期もありました』



 どうでもいいウカーの告白を聞き、目が覚めた。いつの間にかベッドの横には水差しが置いてある。ルナがそっと用意してくれたのだろう。下のほうはだいぶ賑わっている。リゾットがなんだファルシがなんだと叫び声が聞こえるので、おそらく昼間の話がもう出回っているのだろう。


 すぐに呼んでくれれば手伝いに行ったのだが、おそらくはジャンさんもルナも僕が疲れてるだろうと気遣ってくれ、そのまま寝かせてくれていたようだ。



 1階に降りると驚いた事に席が満席になっていた。ふだんは人が少なく衝立で食堂フロアを小さくしているのだが、今日は全て解放し、なぜかテラス席まで出ている。


「爺や殿、やはり出来たては美味しいですね」


「そうじゃなバコバコスタイン」


「バルバンスタインです、爺や殿」


「おぉすまんな、バンバンスタイン」


 ……たぶんお忍びできてるつもりなのだろうがまさにバレバレスタインである。アーシュさんがテラス席で老齢の男性とファルシやリゾットを食べていた。お嬢様はいないようだ。



『3種のリゾットお代わりを4つ!』


 謎の大食漢少女がいた。なんとなく先程みた覚えがある。


「あら、あらあら。ウカルちゃんは本当によく食べるわねぇ。サービスしちゃうわ」


『ありがとうございますママさん!』


 間違いない、あれは先程まで夢に出てきた食物の神『ウカー』ではないだろうか。供え物として寄越せと言っていたが我慢できなくなったらしい。



「ジャンさん、何か手伝うことはありますか?」


「おぉ、起きたか。悪いがリゾット100人前ほどさばいてくれ!」


「え……」


 どうやら食材も切らしてたらしく、店の裏からはドカドカと大量の食材が搬入されてくる。ルナはひたすらトマトのファルシを作ってるようだ。詰め物は昼に作ったものと変わっている。リゾットも一皿に少しずつ種類の違うものが盛り付けられていたりして、ジャンさんが色々とアレンジしているようだ。


 ウカーは言っていた。この世界に住む人々の想像力を発展させる手助けをしてほしいと。魂の大きいヒトの想像力、その産物による文化などが発展しないと世界は終息してしまう。


 今この賑わいと提供されてる料理達を見ると、僕は自分の使命を一つ全うできているのではないだろうかと感じた。


「おや、これは麦ですか……?」


「ん?あぁコメが足りなくなっちまってな。さっきまでリゾットのコメを麦で代用してたんだよ。3種類くらいあってな、試したところ内1種類は食えたものじゃなかったんだが、他の2種類はそこそこいけてな。もうそういうメニューとして載せて出してるんだ」


 驚いた。かつてのイタリアと同じようにジャンさんは麦でリゾットを作っていた。


「というわけで、これがオーダーシートな。上から順番に調理したらそっちのデシャップへオーダーシートと一緒に出しておいてくれ。あとはルナかキャロが引き取って適当に持ってくだろ」


 デシャップとは厨房とパントリーの窓口のことだ。ここに出された料理をホール担当が引き取ってお客さんへ提供していく。オーダーをつなぐ要で、僕も料理人時代、一時的にここにいたことがある。料理をどのような順番で、どう提供していくか。飲食店において流れを決める大切なポジションなのだ。



 とりあえずリゾットを100食と言われたが、結局何百食出したのか記憶に無かった。それくらいこの日の夜は忙しかった。普段はただの肉や野菜のスープだったり、固いパンだったり、ちょっと塩コショウふっただけの何かみたいなのが多かっただけに、反響がすごかった。


 今日は出すつもりが無かったのだが、ジャンさんに請われて 乳扇ルーシャンを炙ったものも提供した。おそらくアーシュさんあたりがどうしてもと言い出したのかもしれない。十分な量を渡していたはずなのだが、執事という立場上渡したリゾットやルーシャンに手をつけられなかったのだろう。

 実のところエリーも来たがっていたらしいが、家出の反省ということで部屋に軟禁されているらしい。どんな罰を受けてるのか聞いてみたら『とても口にできないような事です』とそらされてしまった。


 ウカルとかいう謎の少女もとい女神がチーズを独り占めしようとしていたので、看板で頭を引っ叩いておいた。正体を知るものが居たら畏れ多かったに違いない。まぁたぶん大丈夫だろう。人の姿をしてる女神は頑丈だと歴代の異世界転生もの作品が証明している。



 だいぶ食材も底をつき、あとはもう酒を飲むだけという状態になってから少しずつ人が疎らになってきた。今日は延長で深夜まで営業するとのことで、少しだけ洗い物を手伝ったら湯を浴びることにした。



 全裸で浴室のドアを開け――




 ――ルナが全裸で立っていたのだった。

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