第7話 謎の少女とお迎えの執事
咄嗟にフライパンで構えをとるジャンさん。エリーという少女が追われる身というのを聞いていたからか、ただならぬ雰囲気での来客に警戒したのだろう。でもそこで構えるべきは包丁ではないだろうか?現役時代は盾の勇者か鈍器の勇者だったのだろうか。
「これは、大変失礼致しました。そちらにいる、えーと……」
見た目は30代後半に見える男性、ジャンさんよりも少し上くらいだろうか。執事服の着こなしが完璧だ。さすが異世界転生だ。執事は完璧でなければならないのだ。
「あら、
キャロさんがウインクを飛ばす。執事は一瞬目を見開き、咳払いをする。
「
一同が固まる。名前が長すぎる上に発音しづらい。全員の顔にそう書いてあった。エリーだけは迎えがきてしまったことに対する驚愕なのか、少し口を開けて固まっている。この世界に硬直の魔法があるとしたらこんな感じなんだろうな。ちょっと可愛い。
「え、と失礼、バンバンスタインさん」
ジャンさん、名前が違うよ。
「いえ、アーシュタット・トレリュルク・エイヴェルレキシオンヌ・シュヴァルヴェシュルカ・バルバンスタインと申します」
「あら、あらら、アーシュトッタ・リュルトレク・エイレキシオヴェルンヌ・ヴァルヴォルヴェシュルカ・バレバレスタインさん、もうお迎えですか?」
キャロさん、それ絶対わざとでしょう。ヴァルヴォルとかモンスターっぽいし最後絶対わざとバレバレ言ってるよね。
「えぇ、そうなんです。エリーお嬢様が大変お世話になりました。ついでと言ってなんですが私の名前は大変長く覚えづらいことで有名なので、アーシュとお呼びください」
キャロさんには勝てないと思ったのか、さらっと流しつつ呼び名を指定する。
「もう帰らないとだめ?」
「えぇ、帰らないとだめでございます」
硬直がとけたエリーが涙目になりながら聞いている。もしかしてアーシュさん、本当に硬直魔法をかけていたのではないだろうか。
「分かったわ。ショーマ様、その、先程のリゾットを少し分けていただけないかしら?冷凍しても大丈夫なのよね?」
話しかける度に敬称が変わっているぞ、エリーさん。
「ショーマでいいよ、エリー。そうだね。まぁ10食分くらい持ってきなよ。でもまだ冷凍かけてないよ?」
人に物を上げる時は遠慮なくたくさん、これが僕のモットーだ。修業時代の師匠から教わった教えの一つだ。先程皆でリゾットの具材がどーのこーの言っていた時に、結局同じものとキノコを入れたもの、トマトを入れたものなんかを作っていた。本当は鶏出汁も作りたかったが時間が無いのでまた今度。
「ふふ、大丈夫。『フリザル』」
何ということでしょう。植物の皮につつんでいたリゾットが見る見る凍っていくではありませんか。その場にいた一同全員がおぉーっと驚きます。
この世界で魔法は珍しいものではないけれど、誰でも使えるわけではない。使えても簡単な生活魔法くらい。誰にでも魔力はあるけども、魔法が使える者は貴族階級やたまに優秀な人が一般市民から出てくるくらいだ。故に魔石や
「やれやれ……」
アーシュさんは魔法の行使に感心しなかったようで、困った顔をしている。
「暖める時は小鍋かフライパンに移して、弱火で火を見てね。あまり加熱したりかき混ぜるとねちゃっとしてしまう。それから、もうちょっと待ってもらえるかな?」
今朝買ってきた
「ほう、これはルーシャンですか」
「アーシュさん分かります?今朝市場で見かけましてね。店のもんは調理法を知らなかったみたいなんですが、こうやって炙ったり、油で揚げたりして食べます。少し冷めても軽く暖めなおしても美味しいので、ぜひ」
アーシュさんにルーシャンを手渡すと、エリーがポケットから銀貨を何枚か取り出し、こちらへ不器用におしつけてきた。
「ありがとうございます。こちらはお代です。私のお小遣いからなので少しですが……」
「え、いやいやエリーちゃん、そんなの受け取れないよ」
ジャンさんが慌てる。キャロさんは全く動じてないようだ。一体何者なんだキャロさん。
「いえ、ジャンマリオ様、こちらは正当な対価でございます。受け取ってください」
「しかし……」
「ありがたくいただきますわ」
「助かります、キャロット様」
何かを察したのか、キャロさんが一礼して銀貨を受け取る。10枚くらいあるんじゃないかそれ……。
「本日の御礼はまた後日、正式に使いの者を出しますので。では失礼致します。エリーお嬢様、足元に気をつけて」
「家出かくれんぼに付き合ってくれてありがとねー!」
どうも危ない親戚の家から逃げ出して追われていた、というのとは事情が違うようで、どこかのお金持ち令嬢が家出ごっこをしていて、それに巻き込まれたようだ。
「何となく気づいていたのよ」
二人が去っていくと、誰に聞かれるもなくキャロさんがぼやく。見世物が終わったとばかりに客も各々、店を出ていった。今は夜の部までの休憩時間だ。
「エリーまた遊びに来てくれるかなぁ」
ルナは細かいことはどうでもいいらしい。同い年の女の子友達ができて嬉しいようだ。
「ふふ、きっと来てくれるわよ。でもルナも頑張らないといけないわね」
なぜかキャロさんは僕の方をみてウインクする。んー、今は33歳らしいだとてもそう見えない。
夜の部を手伝うということもあって、僕は自室で仮眠をすることにした。リゾット専任になるかと思いきや、ジャンさんはもうコツを掴んだようで、適当に手伝ってくれればいいと言う。張り付いてる必要も無いそうだ。
謎の少女を助けたらなんかどこぞのお金持ち令嬢だったとかいう異世界転生ものド定番を経験し、さすがに疲れた。疲れたよ女神様……。
『順調のようですね』
真っ白な世界でぼうっと漂うな感触、食物の神『ウカー』の声が脳裏に響いたのはその時だった。
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