第6話 トマトの詰め物とコメ料理

「これ何ー?」


 気がつくと盛り付けた皿の前にはルナがいた。


「見たこと無い料理ですね」


 エリーもしげしげとお皿の上の料理を観察している。


 一体どうしたものかとキョトンとしていると、いつのまにかキャロさんが2階にあった飲み物を下げていた。調理に夢中で気が付かなかったが、どうやら2階で待ってた二人を呼びに行ったみたいだ。


「何か先付けに持っていこうとしたら、もうそんなに深刻な状況なわけでもなさそうだから、下のオープンキッチンで食べましょうって誘ったの。ショーマくんの調理も見れて楽しいでしょ」


 フフ、と笑うキャロさん。そんなものなのかと思ったけど、エリーも気にしてないようなのでまぁいいかと思った。ルナとエリーとオープンキッチンのカウンター端に移動させる。ここなら店内の客からも目立たない位置だろう。


「これは『トマトのファルシ』だ。ファルシというのは、まぁ僕の居たせ……ふるさとでは詰め物という意味でな。トマトだけじゃなくて色んな食材をくり抜いて、その中にまた別の詰め物をする。これは材料だけ下ごしらえしてれば5分くらいで出来上がる。前菜みたいなものだよ」


 一同はへーとかほーとか関心している。ジャンさんは「そんな簡単な物なのに今まで思いつかなかったなんて!」と何かひらめいたようだった。夜のメニューからでも新しく仲間入りしそうだ。


「これから作るコメの料理はだいたい20分くらいかかってしまうから、先にそれを食べててくれ」


 たいした腹持ちにはならないだろうが、まぁ無いよりはいいだろう。それに調理を観察するようだから、飽きはしないかな?



「加熱台の口、2つ借りますね」


 ジャンさんの食堂はキッチンが広い。前世でいうガスコンロにあたる加熱台だけでも8口あり、その他にかまどが2つ用意されている。最も普段は2,3口程度しか使っていないのだが、どうしてそんなに整えたのだろうか。


 今朝の仕入れはなかなか良かった。コメの他に 月桂樹ローリエ、それからパルミジャーノ・レッジャーノ・チーズに似たものがあった。ややこしいのでこの地域で名前が定まってないものは全て前世の地球で使ってた名前を通していく予定だ。

 コメもリソと呼ばれていたがコメにしてしまう。リソはイタリア語と同じ音だったのだが、慣れている名前を使うのだ。


 野菜スープの隣に、どうやら牛肉のスープもおいてあった。濾してはないようだが、アクはとってあるようだ。


「牛肉のスープも少しもらいます」


 本当は手順が違うが、だいたい近いものができればいい、野菜スープと牛肉スープを混ぜなんちゃってブイヨンを用意、ローリエも2,3枚沈めておく。ただの乾いた葉っぱにしか見えないのか、皆驚いている。ルナはローリエをそのままかじって味見してたようで、何とも言えない渋い顔をしている。


 白ワインもそこへ足してブイヨンを再度弱火で暖めておく


「ようやくコメの登場ですよ。オリーブオイルを入れて少し炒めます。油をからめていき……」


 なんとなく皆がこちらを見ているので、料理番組よろしく少し解説を入れることにした。


「コメという食材はこのように調理するものなのか?」


「コメを調理しているのを初めてみました」


 ジャンさんが質問し、エリーも興味津々だった。


「いえ、これだけではなく他の調理方法もあります。ただそうですね……作れなくはないのですが、新しい道具があったほうが楽かもしれませんね」


 コメ全体にオリーブオイルをなじませるように中火で炒めること5分ほど。先程のブイヨンを少量ずつ足していく。


「ほう、それは一気に入れるものではないのだな。それに火を弱めるのか」


 ジャンさんはなかなか鋭い。僕は弱火で加熱しながら答える。


「えぇ、この加熱はあと20分ほど行うのですが、ブイヨンは様子を見て少しずつ足していきます」


 コメが少しずつ炊きあがるのと、ブイヨンの香りがたちはじめ、ルナはよだれを垂らしている。いつの間にかキャロさんが皆にサラダを用意していた。店内にいた客数名もキッチンの方を見ている。


 木べらでこげつかないように少し混ぜていく。この感覚が実に難しい。前世では慣れていたが、この世界ではどうなるか分からない。コメは混ぜすぎるとデンプン質が変質し、粘りが出てしまう。

 そんな話をジャンさんにすると、ジャンさんはデンプン質が何か分からないがとりあえず何か大切なんだなとうなずく。



 2度ほどコメの味見をする。少し芯が残るくらいだ。これをジャンさんに少し分ける。


「このように芯が少し残る状態をアルデンテといいます。今回作るコメの料理ではこの状態が理想形ですが、他にもう少しふっくらさせたり、または噛む力が弱い方のためにとても柔らかくもするんですよ」


 ルナも味見をしようとしているが猫舌らしく、なんとも言えない表情をしている。つまみ食いは良くない。



 もうこれくらいでいいだろう。火を止めパルミジャーノ・レッジャーノ・チーズとバターを入れ、予熱で溶かしていく。あまり多いと食べづらいだろうし、初回なので少しずつ。塩を加えながらもう一度味を見る。若干おじやに近くなりつつあったが、まぁ初回にしては良さそうだ。


「では、皆さんで試食をしましょう。『リゾット』です」


 人数分お皿に分けていき、胡椒とパセリをふりかけていく。立ち込める湯気とブイヨン、チーズ、バターの香りが食欲をそそる。鍋には少しだけおこげがついてしまったが、その焦げ付きの匂いもまた良い。


「挨拶も忘れずに。では、食物の神『ウカー』と自然の恵みに感謝を……いただきます」


 エリーだけがキョトンとしているが、ルナが耳打ちをすると少し驚いた表情をする。



「「「「いただきます」」」」



 イタリアでは元々麦を食べる習慣があった。もち麦のリゾットというものがあるくらいだ。東洋からコメが伝わると、ヨーロッパでは数少ない稲作に成功し、今日のリゾットになったらしい。原型はコメをバターで炒めてスープで炊いたものだ。


 今回のコメは店先で味見した感じでは古いコメだったのでちょうど良かった。いきなり白米を炊いてもなかなか受け入れづらいだろうし、食材がそろっているのもあってリゾットをつくることにした。



「チーズ!美味しい!」


 ルナはずっとチーズを気にしていたが、気に入ってくれたようだ。


「コメなるものはこのようなお味なんですね」


 エリーの所作を見ているととても育ちが良さそうに見える。年齢は僕らと同じ年らしい。もう少し上かと思っていたんだが、そちらも色々と育ちが良いようだ。


「これ以外にも色々な調理方法があり、いずれもコメの旨味を活かせる料理です。後々紹介していきます」


「よし!ショーマを今日からリゾット係に任命する!夜の部でもじゃんじゃん作ってくれ」


 なんとジャンさんの指名によりリゾット係なるものへ任命されてしまった。色々と実験したいこともあったが、まぁジャンさんには早めにレシピを習得してもらおう。


「皆さんもどうぞ〜」


 キャロさんが店内に残っていた客へ少しずつリゾットを分けていく。お金はとらないようだ。噂を広めてほしいみたいだった。いつの間にか描いたのか、木板にリゾットの絵が書かれた紙が貼られてた看板が数枚できあがっていた。ちゃっかり値段とコメを使ってることまで書かれている。

 このままでは『ジャンの食堂』は『ジャンのリゾット専門店』になってしまうのではないだろうか。



「今回調理時間はかかりますが、先にコメの下ごしらえや調理だけしておいて冷凍すれば、作り置きもできます」


 一般家庭には冷蔵庫や冷凍庫が普及していない。これは 魔力柱まりょくちゅうの使用料が高いためだ。ほぼ毎日市場が開いており、それなりに新鮮な食材が流通しているので買い置きして保存する、という習慣が無い。

 ジャンさんは食堂というのもあって日本の4人家族用サイズで一般家庭冷蔵庫2つ分を設置している。冷凍庫はかなり魔力を喰うようで、冷凍室は小さい。結果、食材または調理済のものを冷凍するという習慣も無いのだ。


「冷凍かぁ……。んー、そうだな。今後の様子をみてから、冷凍庫を買い足すか」


 魔力柱の使用料や冷凍冷蔵庫が高いからといって買えないわけではない。なるべく無駄を減らして経営してきたのだ。



「しょーま殿。この『リゾット』なるもののレシピメモをくれないだろうか。それからもう少しだな、調理を見せてほしく」


 エリーはまだ『ショーマ』という異国風の発音に慣れてないらしい。リゾットがそんなに良かったのか、言葉遣いもすっかり変わってしまった。


「えぇ、いいですよ。レシピメモは今書きますね」



 みんなであれを入れたら、これを入れたらなどと盛り上がっていると不意にキャロさんが店内を見渡した後にエリーのほうを向く。


「あら、あらあら。調理を見せてもらいたかったみたいだけど、お迎えがいらしてるようですよ」


「え?」


 エリーは始め、全員が何事かと入り口のほうへむく。


 一拍おいたくらいだろうか、ドアが丁寧に開かれた。

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