第2話 大衆食堂の労働条件

「それで、そろそろお店のお手伝いをできないかなと思っているのですが……」


 朝食の後、ルナが淹れてくれたお茶を飲みながら僕は話を切り出した。


「お手伝い?ショーマ君は料理がつくれるのかい?それとも配膳や掃除か?」


 僕の素性に関してはまだ詳しく話してない。突然の話にジャンさんは不思議そうな顔をしている。とりあえず1ヶ月でも半年でも居候してゆっくり考えるといいよとだけ言われていたのだ。なぜジャンさんがそこまで僕に親切にしてくれるのかは、良くわからない。


「えぇ、実は以前は料理人をしていました。どれくらい……というのは覚えてないのですが、腕は確かだと思います」


「ショーマくんの居た世界ではそんなに小さなころから料理をするのかしら?」


 キャロさんが興味津々に聞いてくる。実は以前いた世界に関して自分の年齢がいくつだったかは教えていない。今の見た目、というか実際にこちらへ転生した際の年齢は15歳に設定したと食物の神『ウカー』は言っていた。ただなんとなく、自分は前世では30歳だったんですよ、というのが言いづらい。なのでたぶん今の年齢のまま死んでしまったと思います、と3人には伝えている。


「えぇ、そうですね。僕の家も食堂をやっていたような気がします。なのできっと物心ついたころから手伝っていたのでしょう。料理を専門に学ぶ学校もあったので、たぶんそこを卒業したあたりだったのかもしれません。すみません、まだ記憶が曖昧なのです」


 実家の家業がなんだったのかは正直覚えていないが、なんとなく話を合わせるために適当な話をする。


「あら偉いわね。ルナなんて家の手伝いを始めたのは初等学園を卒業するころで、しかも何をやっても――」


「お母さん!」


 ルナが顔を真っ赤にして手を振りながら話を止める。


「ははは、まぁキャロ、あまりルナをからかっちゃだめだよ。かわいいルナが拗ねてしまう」


「お、お父さんも……」


 幸せな家族だな、ふとそう思った。なんだろう、僕は前世で家族と疎遠だったからか、こちらに来て、というか死んでしまったのもあって特に何ともないと思ってたんだけど、やっぱりどこか寂しさがあるのかな。


「ジャンさん、それで食堂のメニューなどを少しずつ改良できればいいかなと思っているんです。食物の神『ウカー』からも、前世の知識を活かして豊かな食文化を築き広めることに務めるよう告げられました」


 ジャンさんは腕を前に組んで物思いにふける。ルナはからかわれたのがまだ恥ずかしいのか、明後日の方向をむいていた。キャロさんはおもむろにお茶のおかわりを準備しはじめた。


 キャロさんが新しいお茶を淹れ終えた後、ジャンさんは腕を解いてお茶をすすり、答えを返した。


「分かった。ショーマ君に手伝ってもらおう。まぁ特にうちの手伝いをしなくても居候しててくれてかまわなかったんだが……。平均的な金額しか出せないが給金も出そう」


 キャロさんとルナがジャンさんの顔を見つめる。異論は無いようだ。ジャン一家は亭主関白ではなく、できるだけ皆で話し合って決めることが多い。いや、もしかしたらキャロさんの尻にジャンさんがしかれてる可能性はあるが……。


「ありがとうございます。給金まで……。何もしないで居候するわけにもいきません。ジャンさんには初めてこの世界、街に来た時に身元保証人にもなっていただきましたし」


 異世界から転生してくる者は多いが、そのような者たちに限らず身分証が無く身元不明な者達が街へ入るためには身元保証人が必要なのだ。約1年間、当人にトラブルがあった場合は身元保証人が全責任を負う。気軽になるようなものではなく、ましてどこの誰か分からないようなもののためになる者はそうそういないだろう。


「いいんだよショーマ君。私達もちょうど息子が欲しいと思ってた時期があってね。僕ら夫婦のことは実の親だと思ってくれていい。ルナは……お姉さんと妹どっちかな?それとも――」


「お父さん!」


 今度はジャンがルナをからかいはじめた。しかし、それにしてもなんだろう、3人とも一瞬どこか寂しそうな顔をしていた。もしかしたらルナの兄か弟でもいたのだろうか。まぁ、話せるならいずれ話してくれるだろう。


「ありがとうございます。お話の続きですが、僕はまだこの世界の食材や道具について詳しくありません。なので、手伝えることは何でも手伝いながら、少しずつ料理を考えていこうと思っています。それから店を営業させてない時は、キッチンを使わせていただけますか?」


「あぁ、もちろんだよ。自由に使ってもらってかまわない。調味料も気にせず使ってもらっていいよ。ただ必要な時に無いと困るから、無くなりそうになったら買い出しにでも行ってほしい」



 そうしてジャンさんと細かい話をつめていき、お休みは週に1回、明確な労働時間は決まって無いが概ね8時間程度で給金は金貨1枚と決まった。物価を観察するに金貨1枚は日本円にして10万円くらいだろう。手取りの給与としては税金を差し引いた田舎の基本給に近いが、衣食住は全てジャンさんが見てくれているので、だいぶ良い方かと思う。


 この世界では1週間が6日で5週あり、1ヶ月が30日だ。それから12ヶ月あり、概ね3ヶ月ごとに季節が変わる。僕がこの世界にやってきたのは3月1日、今は3月30日。


 法的な休日というのは無いが、だいたいどのような仕事もその週の6日目、週末が休日であることが多い。ここは食堂なので週末は営業しており、それ以外の日で変則的に休日をとっているそうだ。ちなみに1日は24時間だ。地球出身者としては大変分かりやすくてありがたい。


 労働内容は食堂に関わること全て。掃除や買い出し、調理や接客、配膳など。やることが多いようだが、居候の身でありながら家の手伝いそのものはしなくていいとのことだった。僕は手伝いますと言ったのだが、そこまでされるとかえって悪いと言われ、止められてしまった。



「今は午前9時か。もう少ししたら朝の営業を始めるが、今日は店の中は手伝わなくていい。休日の朝食は忙しくないしな。とりあえずルナと街を回っていつもの食材仕入先を案内してもらってくれ。それから色々見て回るといい。仕入れ金は銀貨9枚と細かい銅貨を銀貨1枚相当渡しておくよ」


 銀貨は10枚で金貨1枚の価値になる。つまり銀貨1枚で1万円くらいだ。銅貨は1,10,100,1000と書かれサイズがそれぞれ異なる。1円玉や10円玉みたいなものだろう。金貨10枚で大金貨1枚となり、これが100万円。さらに大金貨10枚で白金貨となる。これが1,000万円くらいだろう。


 しかし街中ではそうそう金貨以上のものを使うことはない。


 それにしても、時間や月日だけでなく、お金の単位も分かりやすくて助かる。


「仕入れ資金までありがとうございます。一応手持ちのお金は食物の神『ウカー』の恵みであるのですが」


「まぁ気にしないでいいよ。仕事に必要なものを仕入れるんだ、当然私の方から仕入れ金を出す。まぁそうだな、今日は一通り回ったらルナに何かご褒美でもあげてやってくれ」


 もうルナは何も止める気力が無いらしい。顔を見られたくないのか、ずっとうつむいて顔を隠している。



 結局買い出しに出かけることができたのはそれから1時間後のことだった。

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