第3話 マーケット散策 懐かしいアレ

 この世界に関して星がどのように動いているのか、僕には分からない。だけど僕が転生したこの街、トスカラニア王国シエルナ領の領都、セントシエルは春らしい。季節は日本と同じようだ。


 日中は大きな太陽と小さな太陽が出ている。朝日も夕日も変わらない。夜もまた大きな青白い月と小さなやや赤みのある月が出ている。太陽も月も1年のうちに何回か1つしか視えない時期があるらしい。


 春とは言えまだ肌寒く、僕はベストや上着を羽織ることにした。ルナも外出の準備ができたようだ。まさに異世界町娘と言った感じだろうか。


 街中を見ると建物や服装は中世ヨーロッパを思わせる。家は土やレンガ造りと木の枠をはめた感じだ。


 道は石畳になっているが大通りは馬車が通行するために広くつくられており、段差などで通行人専用と分けている。所々に馬の水飲み場も設けられている。



「もう街に慣れてきた?」


 ようやく会話ができるくらいに回復してきたルナが、隣を歩きながら話しかけてくる。僕の背丈は170cmくらい、彼女は150cmくらいだろうか。少し小柄だ。平民では珍しいプラチナブロンドの髪に深い青、サファイアのような瞳をしている。身分的に着る機会はほぼ無いだろうが、きっと貴族のドレスが似合うに違いない。


「そうだね。この街の風景は前世の世界でも似たところがあったからね」


「そう、良かった」


 ルナは何か会話を続けたかったようだが、思うように話題が出てこないらしい。小さな歩幅で黙々とマーケットへ向かっていく。


 このシエルナ領都セントシエルは計画的な街づくりになっている。ジャンの家がある地域は一般市民の住宅街と商業区域のちょうど間ぐらいにある。どこの街でも飯屋というのはそういう位置にできやすいらしい。また、ある程度の間隔で飯屋が点在するようになっている。それほど厳しくはないが、地区ごとの建物はある程度用途が定められているようだった。


 マーケットは肉や野菜、日用品などいくつか点在しており、食料品マーケットは街の中心部にある。どこの区域に住んでるものでも寄りやすくなっており、また街の端はマーケットというより小さな商店が点在して食品を売っている。食品に限らずこの街はどこの区域に住んでても生活しやすいように設計されているのだろう。


 ジャンさんの食堂、というよりかもう居候先……自宅からちょうど区域が分かれる大通りまで出てきた。食堂のあたりは道がせまく舗装もさほど整っていないため馬車が入れないが、ここからいくつかの区域までは馬車も通る道になっている。


「もう少し、こっちへ寄ろう」


 馬車道側を歩いてたルナを引き寄せ、自分は馬車道側へ出る。馬車が通る機会は想像してたより少ないみたいだが、世の中何があるか分からない。よくある異世界転生小説なんてそんなに事故るのかというぐらいどの話も馬車で轢かれるのだ。当たりどころによっては致命傷だろう。


 僕は回復魔法なんて覚えてない。



 マーケットに来るのは初めてではないが、きちんと挨拶したり仕入れを意識してくるのは初めてだ。ルナに案内されながら肉屋、野菜屋、香辛料屋、パン屋などを回っていく。あまり細かく分かれてるわけではないようで、肉と香辛料を両方扱ってるお店もあった。


 そんな中、パン屋で懐かしいものにあった。


「これは何ですか?」


 ルナがいつも見かけないものを見つけたようだ。


「やぁルナちゃん。ん?それはねぇ、なんてったっけかなぁ。リソだったかリーゾだったか」


 パン屋の一人娘、マフィさんは18歳のお姉さんだ。


「リソ?」


 ルナが聞き慣れない言葉に首をかしげている。僕は何となくそれが何であるかが分かった気がした。


「あぁ、そうなんだよ。何でも南の国から最近流通するようになった食物でね。いまいち料理の仕方が分からないんだが、水分と熱があれば何かできるらしいんだ。ただ、そのままで食べては――」


 ポリポリ。ポリポリ。うーん、やっぱり、これは米だな。生米だ。うん、それにこれは、丁度いい。


「え、いや、そこのお兄さん。えぇと、ショーマ君だっけか?そりゃ生で食っちゃだめなやつだよ!」


 マフィさんが慌てて手元の水筒を渡してくる。


「あぁ、まぁ、大丈夫ですよ。僕はこのリソ、えぇと僕のふるさとではコメと言うのですが、このように少量なら大丈夫です。ただ、そのまま食べても美味しくは無いのですが」


 ルナはそのまま食べても大丈夫と言われ、既に手のひらいっぱいにして口へ運ぼうとしていた。こういう小動物いたな。何スターだったか。


「ルナ、それはやめておいたほうがいいよ」


「え、あ、あの。か、香りをかいでみようかなぁって。えへへ……」


 犬か猫か。ルナは自分の行動を一所懸命ごまかし始める。


「ほう、それじゃぁショーマはそいつの調理方法を知ってるってことかい?」


 パン屋の娘は赤毛にそばかすと相場が決まっているのだ。マフィさんはそばかすが少しある頬に手をあてながら頬杖をつきはじめる。これは彼女の癖らしく、商機を見つけた時にする動作だとルナが以前言っていた。


「そうですね。作ってみたい料理がいっぱいあって。あ、今度からジャンさんの食堂を手伝うことにしたんですよ。とりあえず今日は5 kgキランゲほどいただきたいのですが」


 この世界の単位は分かりやすい。1キランゲは前世で言うところの1キログラムほどだ。なんとなくアルファベットっぽい文字に転写すると単位記号はkgになる。転生特典として異世界語が最初から理解できるようにうなっていて助かった。レベル1から鍛えるような人生はあまりしたくない。


「おや、そんな買ってくれるのかい。じゃぁまた仕入れようかね。それじゃとりあえず5 kgね。まだ在庫はあるから少しずつ買ってくれればいいよ。ほいじゃ、5 kgなら1,000銅貨だ」


 日本円にして5kgで1,000円か。たしか2,000円〜3,000円が一般的な相場だから少しばかり安く感じるな。この世界では、まぁ他の食材の相場より少し安いくらいか。


「後で早速食べよ!」


 ルナは食べ物のことしか頭にないようだ。

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