第十三話 結婚の条件

 瀬田多加子の経歴を聞くと、人はだれでも「ご立派なお嬢さんですね」と畏敬の眼で多加子を見た。最高の大学を出てアメリカ留学、現在は国際的な経済研究所につとめている。それでいて、多加子は二十八歳の今日まで独身をつづけてきた。

 適当な相手がいれば、多加子も結婚したいと思っている。ところが、その適当な男性というものに、なかなか巡りあえないのだ。

(なんだって男たちは、私の前に出ると、あんなに萎縮しちゃうのかしら)

 どうやら男性たちは、多加子の全身から発散する自信の輝きに、小さくなってしまうようだ。

(頼りない男なんかを、生涯のパートナーにはしたくないわ。どんなことに出会っても、泰然自若としていられるような男性はいないかな)

 親のすすめで、これまで何度となくしてきた見合いの中には、むろん多加子とバランスの取れるような経歴の持ち主もいた。しかしどの相手も、多加子の愛をかきたてるような男の魅力に欠けていた。

(世の中、広いようでいて、いざ結婚相手となるといないものね)

 多加子はそんな不満を抱いていたが、彼女の結婚をさまたげているのは、つまりは彼女の持つプライドの高さのせいだったろう。



 そんな多加子が、また見合いをした。相手の名は芦川幸一。有名私立大学を出て、商事会社に勤める三十歳の男性だった。多加子の父親の友人が、幸一の叔父という縁で、この見合いがセッティングされた。

「ぼくは多趣味でしてね。いわば遊びに夢中になり過ぎて、結婚が後回しになったようなものですよ」

 明るくしゃべる幸一は、なかなかのハンサムだったが、多加子は幸一の学歴が自分より下だと思うと、とても尊敬できる夫にはならないだろうと判断した。少し日をおいてから、いつものように断りを伝える気でいた。



 ところが見合いの二日後、思いがけない場所で、多加子は幸一と出会った。

 午後のひととき、多加子は喫茶店の片隅でぼんやりしていた。ふと店の入り口を見ると、見合いしたばかりの相手の幸一が、若い女性を連れて、ドアから入ってきた。

 こちらには気づかず、幸一は多加子と背中合わせの席に腰をおろした。彼らの会話は、手にとるように多加子の耳にとどいてくる。

「それで、相手の女性と会ったのね」

「ああ。せっかく叔父が見つけてきてくれたパートナー候補だもの。叔父に義理を立てる意味でも、一度は会わなくてはね」

「で、どんな印象だったの」

「気ぐらいばかり高いいやな女さ」

「でも、立派な経歴を持っているんでしょう。アメリカ留学までしたというし」

「そんなの関係ないさ。だから、探してくれた叔父には悪いけど、この話はお断りだ」

 調子に乗って、女友達の前では、強がってみせている。見合いの席ではあんなに固くなっていたくせにと、多加子は心の中であざ笑った。ふと、いたずら心が起きた。

 わざと音を立てて椅子を引いて腰をあげると、多加子は幸一の前にいきなり立った。

「芦川さん、先日はどうも」

 皮肉な笑みを多加子は幸一に向けた。さんざん悪口を言っていたら、当の本人が現われたのだ。どんなに幸一はうろたえるだろうか。男性の醜態を見て楽しみたかった。

 幸一はびっくりした顔で答えた。

「おや、偶然ですね。こんな場所でお会いするなんて」

しかし、それ以上、少しも動揺を見せない。

 平然として、親しみのある穏やかな笑顔を多加子に返した。多加子の期待した醜態の色など、どこにもなかった。その瞬間、多加子の内面に思いがけない感情が沸き起こった。

(この人、すてきだわ。悪口を聞かれても、まったく動揺しないんだもの。私に引け目なんか、少しも持っていないんだ。こんな堂々とした男性を、私、探していたのよ)



 数日後、多加子側から結婚承諾の返事が幸一側に届いた。

 悪口を本人に聞かれたと知って、平気でいられるはずはない。このときの幸一は、見合いとは別な話をしていたのだ。幸一の叔父はダンス協会の会長をしているし、幸一も社交ダンスの名手だ。つぎのコンテストにそなえて、叔父は幸一のパートナーを探してきた。

 米国留学までして、ダンス修業に励んできた女性だったが、幸一は会ってみて、気にいらなかった。その気持ちを、女友達に伝えていたのだ。

 しかしこの誤解で、多加子はそれまでの高慢さが消えたし、その結果いい結婚相手を得たことになった。

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