第十二話 インカ帝国の宝石

 小さなバーのママをしている宮森珠代は、ちょっと変わった宝石を持っていた。大きさは、切手の倍ぐらい。厚みは1センチ弱ほどか。透明な緑が主調で、黒、白、赤といった色の部分も混じっている。この石は珠代が子どもの頃、叔父が南米みやげにくれたのだ。

「ガラクタ市で買ったんだよ。向こうじゃ、いくらでも転がっているそうだけど、きれいな石だと思ったんでね」

 最近になって宝石商に見せたら、せいぜい二千円ぐらいのものだと言われた。それでも珠代は、豪華な宝石箱に納めて、よく店にもってゆき、ホステスや客に見せびらかした。

「これね、インカ帝国の遺産なの。宝冠を飾ってたんだって。時価は二百万するそうよ」

 珠代の言葉をみんなが信じたらしく、すごいわねと、だれもがしげしげと眺めた。



 アパートに空き巣が入って、十万円の現金とともに、この石を盗み出した。警察で被害調書を取られるとき、石の値段を刑事に訊かれて珠代は迷った。

(ほんとの価格を言ったら、日ごろの嘘がバレてしまうわ)

 度胸を決めて、二百万と言った。これがそのまま新聞の地方版に出てしまった。

 やがて犯人が捕まった。客の一人だった。高価な宝石と信じて、留守のアパートに侵入したと白状した。盗まれた宝石は、珠代の手元に戻ってきた。



 その二週間後の午後、珠代の部屋に電話があった。

「こちら警察です。先日の盗品ですが、事件処理の書類づくりのために、もう一度、見せてもらえませんか。お手間は取らせませんから、すぐに警察に持ってきてください」

 珠代は急いで支度をして、警察署に向かった。署に着き、玄関ホールにある窓口の前に立つ。内部では、警官たちが執務している。

「あの、私、いま呼び出しをもらって」

 言いかけたとき、後ろから呼ばれた。

「宮森さん。ご苦労さまです。私、捜査係の黒田と言います」

 見ると、四十前後、スーツ姿の細身の男性がそばに立っている。

「お待ちしてました。どうぞ、こちらに」

 黒田はにこやかな表情で、玄関ホールの隅にあるソファに珠代をいざなった。

「書類に添える写真を、一枚撮るだけですから、五分ほどです。ちょっとここで待っていてもらえれば、すぐに品物をお返しします」

 言われて、珠代は持ってきた宝石を、黒田刑事に渡した。黒田がそこを去りかけたとき、警察の玄関から、一人の体格のいい四十代の男性が入ってきた。見覚えがある。今度の盗難事件で知り合った後藤という刑事である。

「その節はお世話になりました」

 顔が合ったので、珠代はあいさつをした。後藤は「いや」と軽く笑い、今度は珠代のそばにいる黒田に笑いかけた。黒田も、軽く頭をさげる。

 どちらも同じ警察の刑事なのだから、顔が合えば会釈ぐらいはするだろう。珠代は気にしなかった。後藤は、こちらに近づいてきて、黒田に言った。

「しばらく会ってないが、元気そうだな。おれは転任で、いまこの警察に移った」

「はあ。そうですか」

 答えた黒田の声に、なぜか力がない。

(おや、なんで二人は、こんなあいさつをするの)

 珠代が妙に思っていると、後藤が訊いた。

「今日は、なんのご用で警察においでになったんですか」

「先日の盗品を、もう一度持ってくるように、警察からお電話いただいたので」

 それを聞いたとたん、後藤の表情が変わった。きびしい顔になって、黒田をにらんだ。それから、ニヤッと笑って言った。

「おい、上原、またかご抜け詐欺を企んだか。前の警察では、捕まえるたび、さんざん意見したんだが、性根は治ってないようだな」

 それから後藤は、珠代を見て説明した。

「こいつは、詐欺の常習犯なんですよ。あなたの宝石をここで預かって、警察の裏口から逃げてしまうつもりだった。新聞で高価な宝石がもどったのを読み、こんな芝居を企てたんでしょうな。あやうくだまし取られるところでしたね」

「まあ、詐欺だったんですか」

 珠代は驚いて、偽刑事の顔をみつめた。しかし同時に、おかしさがこみあげてきた。

 この詐欺師、これまでうまく人をだましてきたのね。でも今回は、自分が偽の宝石につられて、警察を舞台に危険な賭けに打って出た。つまり私が詐欺師をまんまとだましたってことになるかしらね。

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