第十話 コレクター

 女性にはなくて、男性にあるもの。それは蒐集家しゅうしゅうかだ、という言葉がある。平井千次には、ちょっと変わった蒐集癖があった。タバコの空き箱を集めていたのだ。日本にもタバコの種類は多いが、外国のものを含めると、銘柄の数は無数で、面白いデザインの箱がいろいろとある。

 先日も街を歩いていて、日本では手に入らないような珍しい空き箱が落ちているのを見た。道に落ちているものを、拾ってポケットに入れるのは、あんまりいい格好ではない。だから友人には、「周りに人目がないのを確かめてから、そっと拾ったんだ」などと話していた。

 タバコの空き箱集めなんて、あんまりいい趣味だとは思えなかった。だから、友だちには話しても、婚約者の佐和子には内緒にしていた。いずれ結婚すれば知られてしまうが、そのときは仕方がないと考えていた。



 佐和子は地方から出てきて、都内で一人暮らしをしているOLであった。千次は隠していたのに、佐和子は千次の友人たちから、婚約者のその趣味をひそかに聞いていた。

 あるとき、やはりタバコの空き箱を集めている中年の男性と知り合った。国際線のパーサーをしている彼は、世界中の珍しいタバコの箱を、たくさん持っていた。

 佐和子は頼んで、そのいくつかを譲ってもらった。千次の誕生日にプレゼントして、彼をおどろかせたり、よろこばせたりする計画を立てた。



 こんなとき、田舎に住む姉から連絡があった。

「あなたにお願いがあるの。下着を買って送ってくれないかしら。たまには、下着におしゃれしたいの。でも、田舎じゃ、いいのがない。高くてもかまわないから、東京のお店で探してくれないかな。こんなこと、あなた以外の人には、とても頼めないのよ」

 言われたまま、佐和子はデパートや専門店を回って、派手目なのや、少し変わった形のものなどを買い集めた。送るために、手元にあった茶色の大型封筒にそれを納めた。

 千次の誕生日も近づいていた。彼に送るタバコの空き箱も、いっしょに発送することにした。これも、茶色の大型封筒に納めた。手紙も添えようと、姉と千次宛てに、それぞれ文章をつづった。手紙のほうは、これも手元にあった白い封筒に納めた。その一通の表には「姉さんに」とだけ書き、もう一通には「愛する千次さんに。お誕生日の贈り物です。びっくりするものが入ってるわよ。佐和子」と書いた。

 手紙はそれぞれ、白い封筒に入れた。そして、品物の入った大型封筒の上に、粘着テープで貼りつけた。

 ここまではよかった。そのあと、佐和子は、ちょっとしたミスをおかした。姉宛てに書いた手紙を、千次宛ての品物の上に貼り、千次宛てに書いた手紙を、姉に送る品物の上に貼りつけてしまったのだ。

 ミスをしたのは、同じ色と形の大型封筒を使ったせいだった。佐和子はそれに気づかず、宅配便を受けつける店に行った。

 そこで宅配用のしっかりした封筒に、手紙を貼りつけた封筒ごと納めた。二枚の伝票に、それぞれ送り先の住所氏名を書いた。

「じゃ、これお願い。都内のほうは、明日には届くわね」

 そんな念押しまでして、佐和子は店を出た。



 わずかな佐和子のミスで、品物が取り違って配送された。姉の手元には、たくさんのタバコの空き箱が。そして、千次の手元には、なんとたくさんの女性の下着が。

 下着だけではなくて、千次宅に配送された宅配便には、つぎのような手紙までそえられていたのだ。

「千次さん。お誕生日おめでとう。品物を見ておどろいた?

 実はね、あなたがこれを集めてるのを、私、知ってたのよ。秘密にしていたつもりでも、だめ。熱心に集めてるんだってね。街を歩いていて、気に入ったものを目にすると、人目につかないように、そっと持ち帰ってくると聞いたわ。

 あなたと同じ趣味の男の人と、私、知り合ったの。そこで、あなたのよろこびそうなものを選んで、その人からゆずってもらった。それをプレゼントします。

 これに中身が入っていたら、もっとよかったのかな?

 変わった趣味だと思うけど、私は許してあげる。男の人には、コレクターが多いというから」

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