第九話 悪事の報い
愛子の勤める建築会社には、男女合わせても四人しか経理課員はいない。その夜、全員が残業していたのは、取引の関係で、珍しくまとまった現金が会社に持ち込まれたせいでもあった。
残業のせいで、良一とのデートの約束も流れてしまった。デスクに積まれた札束を数えながらも、愛子は良一の面影を追っていた。
良一は愛子より二つ年上の二十四歳。食品会社の広域セールスマンをしていると本人は言ってるが、それ以上の詳しいことは知らない。
(あの人、自分で事業を起こす準備を進めてる。頭のよさそうなタイプだから、きっと成功するわ)
良一と結婚できたら、幸せな人生が送れる。そう思って愛子は、愛する良一に乞われるまま、彼に金を渡してきた。自分の貯金まですっかりはたいて。
(つい先日も、十万円でいいからなんとか都合つけてくれ、と言われたけど)
その件を思い出すと、愛子は気が滅入った。いま金策に努力している最中なのである。
(このお金を、自由に私が使えたらな)
手にした札束を見て、つくづく思った。そのときである。鋭い声が響き渡った。
「みんな、動くな。動くと命がないぞ」
経理課の部屋に入り口から、異様な姿の三人組が侵入してきたのだ。黒い服装、そして頭から目出し帽をかぶり、手には拳銃や刃物を持っている。
あっという間に、彼らは経理課員たちを脅し、部屋にあった札束をバッグに詰め込んで逃走した。悪夢のような一瞬であった。彼らが去ったあとも、いきなりの恐怖のせいで、愛子はしばらくはぼう然としていた。その目が、デスクの下に落ちている札のかたまりを見つけた。賊たちがひどくあわてて金をかき集めたとき、取りこぼして床に落ちた金である。
(このお金、私の役に立つわ)
こんな場合だというのに、愛子には思いがけないアイデアが浮かんだ。賊に盗まれたことにしてしまえば、人に知られないで自分のものになる。
愛子はそっとその金を拾いあげ、ハンドバッグの中に入れた。警察に通報するやらで、室内は大騒ぎであり、だれもこの愛子の動きには気づかなかった。
それから一週間後の夜、愛子は良一の住むアパートに向かった。こっそりと手に入れた金は一万円紙幣で十一枚あった。これを良一に届けるためである。
途中、愛子は洋菓子店に寄ってケーキを買った。十一枚のうちの一枚を使って釣りをもらった。良一のアパートに着くと、さっそく残りの金を渡した。
「頼まれていた十万円、はい、どうぞ」
「いつも、どうも」
期待していたほど、良一はよろこんではくれなかった。
(あなたのために、私、悪いことまでしてしまったのよ。もっと感謝してもらわなくちゃ)
愛子は、良一の態度が不満だった。むろん愛子は金の出所については黙っていた。警察の発表では、強奪された金額は二千万円を超していた。その中のわずか十一万円などは、犯罪の波に飲み込まれた水泡のようなものだと、愛子は思った。もし犯人が捕まったとしても、愛子のくすねたこの金が問題になるはずはないと信じていた。
その三日後、愛子の前に刑事が現れた。
「実はあの夜、強盗に盗まれた札束の一部については、その後の調べで札番号が判明したんだ。で、君が三日前、洋菓子店で使った一万円札だが、あれは強盗事件で盗まれた金だったと、ナンバーからわかった」
愛子はがく然となった。しかし愛子をもっとびっくりさせたのは、刑事のつぎの言葉だった。
「われわれは、この事件には内通者がいると見た。なぜなら、あの夜に限って、あそこに現金があるというのを、賊の一味は知っていたようだから。そこでわれわれは、会社の経理課員の動きを見張った。だから君がケーキを買うと、すぐに君が店で使った札を調べたというわけさ。
その君が訪れた先には、小松良一という男がいた。われわれは彼に注目した。翌日、小松が使った札も、君が使ったものとつづき番号だった。彼の周辺を洗ってみると、三人の悪い仲間が浮かんできてね。彼らをきつく取り調べたら、全員が犯行を自白したよ」
良一さんが強盗の一人だったなんて。愛子は意外な真相に、深いため息をついた。
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