第五話 テレメイト
「ほら、あそこに見えるコンビニだ。おれが君の荷物を出してきてやるから、君は車の中で待っていてくれ」
助手席の内村に言われ、ハンドルをにぎった野口は、車首を店の入口近くに乗り入れて、車を停めた。
「じゃ、頼むよ内村。宛名伝票には必要なことは全部、おれが書き込んであるからね」
「ほら、そこからも見えるだろう、彼女、なかなかの美人だと思わないか。麗子って呼ばれているけど、おれに気があるみたいなんだ」
ニヤリと笑うと、内村は荷物と伝票をわきにかかえて、店の中に入っていった。
野口と内村は、仲のいい大学生だ。今夜、野口は田舎に住む母親に、菓子の包みを宅配便で送ることにした。それを聞くと、内村はこう言った。
『宅配便を出すのなら、おれの知っている店まで行こうよ。そこの店員と、おれ、話をしたい。だからさ、おれがその荷物を出してきてやるからさ』
こうして野口は、荷物と内村を乗せて、この店まで車でやってきたのだ。
車の中からも、ガラス壁を通して、カウンターの光景がよく見える。内村は美人店員としゃべっている。
(あいつは幸せだ、ハンサムに生まれついて)
うらやましいと思った。それにひきかえ、おれはパッとしない顔だからな。
そのせいか、野口にはまだ恋人もいない。店の中で、楽しそうに美人店員と話をしている内村に、野口は嫉妬を覚えた。
十代の水江は、コンビニで働いている。同じ店で働いている麗子とは、年齢も同じだし、とても親しい職場の友だった。
ただ一つ、気にいらないことがある。それは麗子が華やかな顔立ちの美人なのに、水江は平凡な容貌だったことだ。店に来る若い客の視線は、二人並んでカウンターにいても、いつも麗子のほうに向けられてしまう。
今夜だってそうだった。宅配便を頼みにきたハンサムな若者が、もっぱら麗子とうれしそうに話をしている。そばにいる水江のほうなど、見向きもしない。
水江は横目で、カウンターの荷物を見ていた。伝票の差出人欄で、ハンサムボーイの名が、野口であるとわかった。このとき、水江の頭に、ひらめきが走った。そこで、しっかりと、野口の家の電話番号を記憶した。
その夜おそく、アパートの野口の部屋に電話があった。なじみのない若い女性の声である。
「ごめんなさい、野口さん。こんな時刻に電話して。私ね、さっき、あなたの荷物を受け付けたコンビニの麗子なの」
最初は、わけがわからなかった。しかし、すぐに理解した。これは、コンビニの美人店員の名だ。彼女は内村の出した荷物の伝票を見て、そこにあるおれの名を読んだ。そして伝票に書かれたおれの名を、荷物を持ってきた内村のものとカン違いしたんだ。
「あのね、私、ただあなたの声を聞きたいだけで、電話したの。だって、店先じゃ、あんまり長くお話できないでしょう」
美人店員の麗子は、おれを内村と間違えて、電話してきた。思い違いを教えてあげようか。いや、電話では内村になり切ってしまおう。
「電話ありがとう。うれしいよ。君とこうして自由に話せるなんて」
「いきなり電話したのに、怒ってないのね」
「怒るものか。それより、今夜の君、髪のピンクのリボンが、とてもかわいかった」
話しているうち、野口はいい気分になってきた。あの美人店員と、こうして電話で甘い会話ができるんだから。
麗子に化けて、あのハンサムに電話をするとき、水江は、うまくゆくかどうか不安だった。でも、思い切ってかけてみた。企みは成功した。
あのハンサムは、てっきり私を麗子さんと思ってるみたい。でも、ハンサムとこうして自由にしゃべれるなんて、とっても幸せ。
「またかけるわね」
最後に言うと、相手は答えた。
「いつでもかけてくれ。待ってるからね」
しかし水江はこう注意するのを忘れなかった。
「お店に来ても、絶対にこの電話のこと、口にしないでね。お客さんと親しくなるのは、禁じられているから」
ハンサムは、わかった、と答えてくれた。
その後、若い二人の間では、何度も楽しい電話が交わされた。
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