第53話 撃墜
『あぁ、可哀想。可哀想な涼音。拒絶されるのが怖かったのね?』
『私、私は……』
『幼なじみのぬるい関係で、傷付かず、離れず、浸っていたんだものね。ふふふ、なんて意気地なしなんでしょう』
『やだ、やめて、言わないで』
これ以上は我慢できない。
いまだに不意打ちの罠を警戒しているのか、昴を引き留めようとする
「な――っ!?」
罠ではない。
昴を巻き込むには離れすぎていたからだ。
その爆発は、一撃で壁をぶち抜き外気が勢いよく吸い込まれてくる。
ただ、壁に付着していた肉が飛び散りはしたが、周囲に充満しているマナが拡散する様子はなかった。
逆に、外から飛び込んでくる人影が二つ。
「こんなところに隠してやがったのかっ!」
一人は、顔の半分に炎のタトゥを刻み、長大な槍斧を携えた男――
だが、全体的に衣服は煤け、額からは何かで切っているのか流血している。
血が入るためか片目は閉じてしまっており、消耗した様子だった。
「隠すなんて人聞きの悪い。俺達は堂々と君らの訪問を歓迎しているじゃないか?」
鬼火斗から遅れて、悠然と姿を見せたのは、駐車場で昴達を放置して立ち去った
駐車場で昴達を足止めして先に引き上げたはずの界李が、この場にいなかったことには違和感を覚えていたが、外で別ルートから侵入したのだろう鬼火斗の相手をしていたらしい。
どのぐらい戦っているのかはわからないが、既に鬼火斗の消耗は傍目にも明らかなのだ。
それに引き替え界李は、サングラスすら外さないまま余裕で鬼火斗をあしらっていた。
「おらぁっ!」
鬼火斗が槍斧を振るうがその切っ先の速度が乗り切る前に、界李は槍斧の軌道を塞ぐ位置に爆発を引き起こし勢いを殺す。
力の限り振りまわされる長柄の武器の切っ先に合わせて即座に爆発を起こすなど、生半可な技量ではないことぐらいは理解できる。
「ん? なんだ、包囲網は切り抜けてきたのか?」
だというのに、片手間で相手をするようにまだまだ余力を残した様子の界李は、こちらを見て破顔した。
「俺様と戦いながらよそ見するんじゃねぇっ!」
その瞬間、鬼火斗を包囲するように周囲のマナが凝縮するのを感じ、昴は反射的に〈
爆光が弾ける。
熱と爆風が吹き荒れ、体育館内を激しく揺さぶる。
「ふぎゃ!?」
不意を突かれたせいで、アンジェリカが尻餅をつく。
「アンジー! 私に掴まっていて!」
「か、かたじけないでござる~」
水姫が助け起こす。
それだけ激しい爆発に、昴の防御で無事に切り抜けた鬼火斗だったが、その場に釘付けになってしまっていた。
「が、ガキ……」
ぎしりと何かが軋む音が聞こえそうなほどの目つきで、鬼火斗は昴を睨みつける。
感謝してもらえるとは思わなかったが、さすがに睨まれるとは想像もしていなかった。
「余計なコトをするんじゃねぇっ! このクソ野郎は、俺様がぶっ殺してやるんだよ!」
「ははは、朽木君のおかげで命拾いしたのに、その言い方か。狂犬だね。同じ犬なら、尻尾を振って守ってもらえよ」
あからさまな挑発に、鬼火斗はこれ以上ないほどわかりやすく激怒し、
粗暴な男には似つかわしくないほどの洗練された身のこなしで力を一点に集中させ、周囲のマナをかき集めて強烈な火炎を穂先から噴き出させながら、渾身の力をこめただろう斬撃を繰り出した。
――しかし、
昴が感知できるかどうかという素早さで、炎鬼の穂先に吹き出した火炎を小規模の爆発がかき消し、さらに小さな無数の爆発が鬼火斗の手、脚、肩、腹の各部で炸裂して彼を吹き飛ばした。
数メートルは飛ばされた床の上で、鬼火斗はあっさりと意識を刈り取られてしまっていたのだ。
「ふん、お前の技など俺の前じゃただの火遊びなんだよ」
つかつかと気を失った鬼火斗に歩み寄った界李は右手だけで革ジャケットの襟を掴むとずるずると引きずっていって体育館から投げ捨てるようにして放り出した。
「安心しろ。別に殺しちゃいないさ」
路傍のゴミをどけた、その程度の気楽さで鬼火斗の存在を片づけた界李に昴は警戒心を強める。
倉庫でも経験した通り、タメの少ない速射型の爆発は防ぎづらかった。
あの一戦で見抜かれたのか、界李の攻撃はマナを凝縮する予兆がほとんど見えないものに洗練されていたのだ。
鬼火斗は、余計なコトをするなと威嚇されたのも手伝って防御が完全に遅れてしまった。
攻撃が、これほどわかりづらいものになるなら、ここからは全神経を集中しなければ防ぐことが難しくなってしまうだろう。
「そう警戒しなくてもいいんだぞ? 別にお前達を殺すつもりはない。あぁ、偽物は別だがな」
そう言って、剣呑な視線を水姫に向ける。
涼音は早く助けたい。
しかし一瞬でも警戒を緩めたら、即座に水姫に爆破をしかけそうな気配を感じ、その場に釘付けになってしまう。
「涼音を、涼音を返せ! なんであんな酷いマネをするんだ!」
「もちろん、このクソみたいな世界を滅ぼすため」
「世界を滅ぼすって、アンタ達も死んじゃうだろ!」
「元から、生き残りたいなんて思っちゃいないさ」
言葉だけで意見を翻すとは思っていなかった。
それでも、死というのは生きている人間の目的とは相容れないと思っている昴は、その矛盾を指摘すれば少しは揺さぶられるかと思ったのだ。
さすがに、即座に否定されるとは思わなかった。
「俺にとって、この世界はクソ下らない!」
昴の疑問を嘲笑うように、界李は話しはじめた。
「もうアイリの力は見ただろう? どうして彼女は〈精霊器〉を二つ持っていると思う?」
力が二つあるというのは仮説だったが、
しかし界李の言葉で思いがけず確定してしまった。
「普通は一人につき一つ、それは常識だ。だが、アイリは二つ持っている」
謎かけをするように意味ありげな言い回しで、答えを巧妙に避ける。
「おそらく、彼も〈精霊器〉を二つ持っています」
界李の真意を見抜こうと考えを巡らせていると、意外にも水姫が横から囁きかける。
「倉庫で出会ったときから、どうして彼の攻撃が防ぎづらいのか考えていたのですが、爆発と転送、二つの能力を併用していたのなら理解できます」
冴香や鬼火斗の〈精霊器〉は起動させることすらできなかったのに対し、界李の攻撃は爆発の直前で辛うじて相殺するのがやっとといった様子だった。
「それはつまり、爆発させるのと、それをどこにするのかのコントロールがそれぞれ別の力だったってこと?」
「はい。本来の力は爆発。転送は、それほど強くないので補助的に使っているだけではないかと――」
「黙れ、偽物が!」
分析する水姫の声が聞こえたのか、界李は急に苛立ったように言葉を荒げた。
「お前は、お前だけは、俺の力がどうこう勝手に語るんじゃねぇっ!」
サングラスの奥で鋭く輝く眼光が、水姫を射貫く。
その瞬間、昴の〈聖なる泉〉が反応し、界李の爆破を防ぐ。
「話していたと思ったら不意打ちか!」
いきなり攻撃されたことが引き金になって、蓄積していた不満が爆発する。
「だいたい、さっきから水姫のことを偽物偽物と、勝手なことばかり言って!」
「うるさい。だったら、その女が、いや、ミドガルズオルムが俺に何をしたのか教えてやる!」
そして界李は、彼の身に起こったミドガルズオルムとの因縁を語りはじめるのだった。
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