~ 第二幕 ~ ●延々∞交処○

 ●延々∞交処○


 祝宴は盛大に行われた。

 もちろん、葛城と円香の婚礼祝賀会ではなく、真人しんじん真女しんおんなの婚礼の儀だ。

 小古呂神社の拝殿と八尋殿で神前式を行った後、真人しんじん真女しんおんなを神輿に乗せての町内練り歩きを行った。

 縁の日頃からのおつきあい――お多恵さんをはじめとした、ご老人たちとの会話の日々――は無駄ではなく、縁の晴れ姿を見ようと多くの氏子がこの儀に参加してくれた。森村や野並の働きかけによるところも多かったが、縁を応援する声が多かったのは、本人の徳と言えるだろう。

 小古呂町としては異例と入れるメディアへの露出により、町外からも大勢の訪問客も訪れた。もっとも早く、もっとも精力的にこの行事を取り上げたのはもちろんイン・ゲイジであった。Web展開も派手に行われ、口コミも伝播して『Oh!56×8000000』は新たな町興しのムーブメントとして認知されつつあるようだ。真人しんじん真女しんおんなの衣装レンタルによるコスプレ体験や、現地でのサポーター登録による限定品の贈呈など、この日ならではの催しもあれこれ実現できた。もちろん、真女しんおんなたちによる小古呂町プロモーションとしての、ゆらの小古呂町紹介コミック、たまきの『Balsa 木彫体験』、多恵の『オゴロ餅』販売も、大きく取り上げた。

 長らく小古呂町内だけで細々と行われていた祭りが、外に向けて大きく花開いた一日だった。


  ●


「まずは順調な歩き出し、というところでしょうかな」

 森村は今日までのことをそう評価する。

「小古呂町も縁さんもこれからが本番ですぞ。気を抜かず、しかし無駄な力を入れず邁進していきましょう」

 祭りの前日に神社の境内で交わした会話だった。朝の掃き掃除の時間でのことだ。

「父と話をしました」

 縁はその日のことを単刀直入に切り出した。

「何か特別な話をしてきたわけじゃないですけど、少しは相談しやすい雰囲気になったというか、僕の自意識過剰だったことか確認できたような気がしました」

「そちらも一歩前進ということですな」

「はい」

「ゆっくりと行きましょう。森村はお二人のことを見守りますぞ」

「ありがとうございます」

「安心しなさい、縁さん。世話が焼けるという点では縁さんもお父上もそう違いはありませんから」

「はははっ、そうかもしれませんね」

 以前なら森村の真顔での冗談にたじろいてしまっていた縁だが、今は笑って受け止められるくらいにはなっていた。はずだが。

「ところで縁さん、円香さんをどうお口説きになったのです?」

「は? いや、え?」

 まだまだ修行が足りない縁であった。


  ○


「エン! エン! よかったよー! チョー感動した!」

「ねー。マジな結婚式みたいだったし!」

「和風もいいもんだよね! エキゾチックでさー」

「で、で、エンはあの真人しんじんのどこがいいわけ?」

 アキにサツキにユウにヒロミ、いつもの企画の面々に円香は囲まれていた。

「いやいや、気に入ったとかじゃなくて。仕事だから」

「でもこんな衣装きて神輿にも乗ってさ、結構楽しかったんじゃない?」

 とユウ。

「ま、そうねえ。珍しい体験ではあるかな」

「まーたこんなときまで澄ましちゃって。あのときのエンはどこいっちゃったの」

 ユウがしたり顔で言っているのは、円香が俳優わざおぎの件で彼女たちの協力を求めたときのことだった。縁にこちらの本気を見せるための、大量の企画書作成の一見だ。なりふり構っている場合じゃなく、無理なお願いをしているのも承知の上での頼み込みだった。とにかく必死だったのだ。

 みなも全力で協力してくれた。あれだけ冷たく距離を置いていた円香に対して惜しみなく手伝ってくれたのだった。

「やっぱわたしはこういうヒラヒラしたのは落ち着かないんだって」

 と円香は袖や袴の裾を持って振ってみたりする。それにこの以上は見た目以上に重くて歩きづらい。

「そうやって照れてるエンも貴重だね」

 ユウこそクールに評価する振りをして内心楽しくて仕方がないのだろうに。

「あのなー。見せものじゃないっつの」

「いや、今日は見せものでしょ。それも主役で」

「あー、まー、そーだけどさあ。くそう、煙草吸いてえー」

 主催の面々から――縁にまで――衣装を着ている間は喫煙厳禁を言い渡されているのだった。さまざまな意味で落ち着きのない円香に、ヒロミが声をかけてきた。

「エン」

「よ、ヒロミ」

 ヒロミはほかの子たちのはしゃぎように比べて、幾分落ち着いている様子である。

「エン、おめでとう。あたし、自分のことみたいに嬉しくて」

「ヒロミも何言ってんのさ。わたしがホントに結婚するみたいじゃん」

「ううん、そういうことじゃなくて」

「ん?」

「円香が真剣になってるとこ、ひさびさに見られたし。ずっとつまんなさそうだったエンが生き生きしてたのか嬉しいんだ。なんか今日はそのお祝いみたいだって思えて」

「……そっか」

 ヒロミを冷やかす気は、円香にはもうない。

「ま、これからもよろしくね」

 そう言ってヒロミの背中に軽くタッチする。

 うん、と少しだけ涙ぐんでいたヒロミも笑顔で答えた。

 が、そんな空気に水を差すように、

「へぇ、円香が女子っぽくしてるのも悪くないもんだね」

 美哉はいつも通りのたたずまいで現れた。

「どっすか美哉さん。トクメイはこうしてこなしてますよ」

「うん。なんだかんだで楽しんでくれているようでなによりだね」

「とかなんとか言って、美哉さんこういうの趣味なんじゃないの?」

 と言ってこのときはわざとらしくくるりと回ってポージングしてみたりする円香。

「うん。娘に着させてみたいもんだね」

 なんて冷めた目でこちらを見てくるのが円香にはやはり憎らしい。

「親バカ。ロリコン」

「何とでも言ってくれていいよ」

 目の前で煙草に火をつける。

「ちょっと、服にヤニつくんだけど」

「でも欲しいくせに」

 円香の目の前で煙草を振る。

「このドS趣味の変態が」

「いいね。円香さん絶好調。このトクメイにつけた甲斐があったってもんだ」

 なんだかんだで円香を祝福するつもりでいるようだった。ヒロミも横でよろこんでくれている。

 女子たちとひとしきり話を済ませて、ランチに行くからと一同が去って行ったタイミングで、円香は改めて美哉に話をする。

「美哉さん」

「ん?」

「もう少し、イン・ゲイジでやってくつもりです」

「いいよ。俺ははじめからそうして欲しいと思ってるんだから」

「でもいつか独立しますから」

「応援するよ」

「ぜったい美哉さんのことギャフンと言わせてやる」

「ギャフン。言っちゃった」

「バカ」

「冗談はそのくらいにして。結果としてはこの件で円香が立ち回ってくれたおかげで雑誌的な営業にも繋がったわけだから、十分に評価してるよ」

「もちろん評価してもらわないと」

「でもここからだね。パワースポットだ縁結びだ、だけではそう長く続かない」

「もちろん。縁結びって形でネットワークを広げていってるのは、小古呂に留まらずに全国を視野に入れているからですし」

「俺もいつまでもイン・ゲイジで席を温め続けているつもりはないしね」

「お、美哉さんも腐ってるのはやめにしましたか」

「人聞き悪いな。僕はずっと前から考えてたって」

「はいはい。縁があればご一緒させてくださいよ。ウマい話、抜け駆けはさせませんから」

「そいつは円香の技量と立ち回り次第だね」

 まだまだ対等に立てる力もないのにこうしてライバルとして同じ土俵に立たせてくれる。そんな美哉に円香は内心で感謝する。まだまだしばらくはこの人の元で仕事をすることになるのだろう。

 それも縁か。いや、むしろ自分で作り上げた円のつながりとして美哉がいる。もっと大きい輪を持つ美哉に、円香はまだまだ小さい自分の輪をぶらさげる。やがて輪と輪はつながり、より大きな一つの輪になっていく。

 そんなイメージを円香はふと、抱いた。

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