~ 第二幕 ~ ●男女の密会○

 ●男女の密会○

 

 初日に続き、再び盛り上がりの中で終わった『俳優わざおぎ』の一日だった。

 夜、興奮が冷めないまま、縁は小古呂神社の境内を一人、散歩していた。夜の境内は電灯もほとんどなく、縁のように慣れた人間でないと歩き回るのは難しい。

 境内のほうから神鶏のヤガミが鳴くのが聞こえる。一人静かに考え事をしようかと思っていた縁だったが、ヤガミの鳴き声を聞いたらなんとなくその姿も見たくなって、行ってみることにした。

 拝殿の隅にヤガミはいた。しかし、いたのはヤガミだけではなく、

「円香さん?」

 しゃがみ込んでヤガミを眺めている女性がいる。手にした懐中電灯でうっかり女性を照らしてしまい、それに気づいた女性がこちらに一瞬顔を向け、それからまぶしさに目を背ける。その顔は紛れもなく円香であった。

「どうしたんです、こんな時間に」

「夜の現地取材」

「冗談でしょ?」

「うん」

「……どうしたんです?」

「なんか眠れなくてね。そしたらこの子の鳴き声がわたしの泊まってる宿まで聞こえてくるから。気になって声の主を探してみたら、たまたま小古呂神社だっただけ」

 これも縁ってやつ? と円香は笑う。

「にしても、こんな時間に女性一人で歩き回るのは危ないですよ」

「おやあ、わたしのこと心配してくれるんだ」

「そりゃあ、僕も男ですから」

「そんな男の縁くんと二人きりでいるほうが危ないかもね」

「ま、円香さん!」

「あっはははは。別にあんたのことそんな風に見てないって」

 縁は安心するような悔しいような矛盾する気分にバツが悪くなる。

「それよりさ、読んでくれてる、アレ」

「あ、まあ、パラパラとですが」

「ちゃんと身入れて読んでよ。うちのチームの力作なんだから」

「責任重大ですね」

「ま、でもそれはそれとして置いといて」

 円香がにんまりと笑って、

「縁のお嫁さんは誰に決まりなのかな?」

 などと聞いてくる。

「ここでは言えませんって」

「お婆ちゃんにオネエに現役女子高生……こんなバラエティに富んだ合コン、なかなか経験できることじゃないよ。わたしも面白かった」

「そうですね。ほんと」

「でもまあ、他人事だから楽しんでいられるけど、自分が選ぶとしたら悩ましいわ、これ。今回は残念ながら真女しんおんなはなし、ってのはアリなわけ?」

「それはほんとに最後の手段でしょう。それに円香さん、選択肢はまだあと一つありますよ」

 そう言って縁は円香に手を向ける。

「わたし?」

「やっぱり、辞退しますか?」

「あれだけ最初に啖呵切っておいて、今更やっぱり真女しんおんなやりますって、通用しないでしょ」

「そうですか? こんないい加減な審査ですから、案外通るかもしれませんよ」

「縁、あんたも言うようになったじゃない」

「誰かさんの影響かもしれませんね」

 縁は普段通りに細目の笑みを浮かべる。皮肉なことを言っておきながら、その表情にはひねたところを感じさせなくて、円香もやれやれと安堵するような笑顔になる。

「でも正直、誰かひとりを選ばなくちゃ本当にいけないんだろうか、って僕は思ってます」

「……詳しく聞かせて」

 縁は自分の考えを聞かせる。

「やっぱり考えてること、似てるわ」

「お多恵さんにも言われました」

「じゃ、やるか」

「はい」

「うっし。あ、ところでさ、葛城くんに聞いたよ。あんたのモヤモヤしてるポイント」

 話題が唐突に変わった。

「えっ」

「お父さんとロクに話もしないまま跡継ぎやってるんだって?」

「あ、ああ、うん」

 円香の言葉はやはり鋭い。縁にしてみればややこしい経緯があってのことだが、端的に言えばそういうことだった。

「一回お父さんときちっと話しておきなって。余計なお世話だってことくらいわかってる。別にプロジェクトのことを考えてるとかじゃなくて、単なるアドバイスだと思って。そうだね……これも縁だし、ってくらいのもんかな」

「でも、今更、何を話していいか何も思い浮かばないよ。それに、今回のプロジェクトならもう覚悟はできてる。それは円香さんのおかげだし、みんなのおかげだ」

「まあ、それは伝わってくるんだけどさ、なんつーかね、土台がぐらついたままのところにさ、いくら立派な家を建てても、ってところが心配なんだよね、わたしは」

「土台」

 確かに不安はまだある。俳優わざおぎのときにも感じていたことだった。

「難しく考えなくていいって。顔を見せるだけでもしてきなよ。絶対、楽になるって」

 保証するから、と円香は言う。

 本当に、なんだってこんなに真剣なんだろう、と縁は思ってしまう。

「……ありがとう。今度病院に挨拶くらいは行くよ」

「うん。よし」

 円香は満足げだ。

「じゃ、さっきの話に戻ろうか」

 縁は頷いた。

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