~ 第二幕 ~ ●水穂ゆら○

 ●水穂ゆら○

 

 縁は続いて次の候補者の話を聞くことにした。

 お多恵、たまきと曲者が続いているが、次の人は次の人で難物そうな気配が感じられる。

 縁が「真女之宣しんおんなののりをお願いします」と促しても、その女性は俯いたまま一言も発することなく、顔を上げようとしない。ロングのストレートヘアを床につくまで垂らし、顔も眉下まで前髪が覆ってしまっていて、表情がわかりづらい。

「どこか具合が悪いですか?」

 と縁が問うと、かろうじて

「いえ」

 とか細い声が返ってきた。緊張してしまっているのか。

「あの、緊張するかもしれませんが、リラックスして話してもらっていいですよ」

 緊張でこうも頑なになってしまうようでは、このようなオーディションの場では致命的と判断するのが一般的だろう。真女しんおんなに選ばれれば公の場に出てアピールをする場に出なければいけなくなるはずだ。それが出来ないとなると、真女しんおんなに選ぶのは当然難しい。よほど別の良い面があれば、また違うかもしれないが。

 しかし縁は、今回選ぶのはそういう一般的なコンパニオン的な女性なのだろうか、と思い始めていた。この儀をよくあるミスコンとして考えているなら、葛城はお多恵やたまきのような人を候補者としてこの場に呼ばないだろう。異色な面々を揃えているのには意味があるはずだ、と縁は考えていた。

「まずは、お名前からでも」

 と縁が促す。

「ゆら……水穂、ゆらです」

 女性は名前を返した。まだたどたどしいが、聞けば答えを返してくれる。それだけでもコミュニケーションは可能だとわかって縁は安心した。

「失礼ですが、おいくつですか?」

 年齢を尋ねてみる。

「十、六です」

 若い。

「学生さんですよね?」

 まあそうだろう、と思いつつ聞いた。

「はい」

 間があって返事。

「どこの学校に?」

「屋島高……2年です」

「じゃあ、僕の後輩ってことになりますね」

「あ……そうですね」

 そこで水穂が少しだけ笑ったように縁には思えた。同じ学校出身ということで、少し親近感が湧いてリラックスできたのかもしれない。そもそも小古呂町に住んでいれば進学先の選択肢はほとんどない。都市部の私立を強く志望するといった明確な志望先を持っていなければ水穂の言った屋島高一択となる。地元の人間にとって「志望先は?」と聞かれて「八島高」と答えるのは、「ほかに行く先ないでしょ」という自虐的なニュアンスのこもった一種のギャクである。

 しかし水穂からはそこまでのニュアンスを理解しての「そうですね」という感じはしなかった。そこまで砕けたコミュニケーションをしたことがなさそうな、素朴な印象が縁には感じられる。

「今回、真女しんおんなに立候補したのは、なにかきっかけとかがあったんですか?」

 縁は、単に「どうしてですか?」とは聞かずに、少しでも水穂から返答が引き出せそうな言い回しで質問した。

 しかし水穂はまた少し硬くなったようで、必死で言葉を探している様子が縁からは感じられた。

「え、えっと、その、と、友達の、推薦で」

「推薦ですか」

 縁は水穂の言葉を反復して口にする。水穂はそれにあいづちを打った。

「水穂さんのお友達は、水穂さんのどんなところを見て推薦したんだと思いますか?」

 そう聞くと、また水穂は沈黙する。

 縁はそれでも、持ち時間の目安である10分間の間は返事を待つことにした。

 他の候補者たちは内心じれったいと感じているだろうし、もしかしたら、年下だからと甘くして、と思っているかもしれない。

 だけど、どうしても回りくどいやりとりになるが、水穂のパーソナリティを考えると縁はほかにやりかたが思いつかない。高校生という点も配慮すべきだ。お多恵やたまきのように人生経験を積んで語るべきエピソードを持っていないだろうし、こうした場にも慣れていない。もちろん、これくらいの年齢でも才能を持って自分を鍛えている子もいるにはいるが、少なくとも水穂がそういうタイプの子でないのは確かだ。

「ご、ごめんなさい。詳しく聞けませんでした。でも、その、わたし…………なんです」

 水穂の声は尻すぼみになってしまい、最後の部分が聞き取れなかった。

「え? 最後、なんて言ったんですか?」

「あっ! え、えっと……」

「ごめんなさい、最後のところだけ、聞き取れなかったんです。もう一度、お願いします。」

「あ、あ、はい! えっと、あの……す、好きなんです」

 そして沈黙。縁は待ったが、続きがない。

「えっと……好き、というのは、何がですか?」

 縁が苦笑を隠せず、そのまま表情に出して言ってしまうと、水穂は全身で動揺して

「え? あ! いえ、いえ! 違うんです!」

 と、しどろもどろになってしまう。可愛らしい内気な少女、という印象で、思わず表情が緩んでしまう縁だったが、一方で他の立候補たちの表情はやや厳しいのに気付き、思い直して表情を引き締めなおす。

「水穂さん、落ち着いて」

 縁が水穂にそう言ったのと同時に、隣の、最後の候補者である女性が声を出した。

「ダメ。ダメだよそんなんじゃ」

 全員の視線がそちらに集まった。

 縁もその女性のほうを見たまま固まってしまう。

「えっと……あなたは」かろうじて言う。が、相手は縁を無視して水穂に言った。

「あんた甘えてる。こういう場所でうまくできないの、性格とか、そういうののせいにしちゃダメだよ」

 水穂は沈黙する。しかし、その沈黙は、それまでのような恥じらいなどによるものではなく、意識が女性のほうに集中しているためのものに違いない。

「わかった?」

「あ……はい」

「わかればいいけど」

「はい。ありがとうございます」

 それで二人のやりとりは終わる。女性は元通り、すまし顔で正面を向き直す。水穂もまた正面を向いた。俯きがちだった顔はきっちり正面を、縁のほうを向いていた。長い髪で顔が隠れがちなのはそのままだが、瞳がはっきり見えて、縁には水穂の気持ちが伝わってくるのを感じる。

「すいませんでした。その、好き、というのは、この神社のことです。昔から、よく遊びに来ていたんです」

 まだたどたどしくはあるが、先ほどまでよりは明瞭な口調で水穂は言う。縁はその変化とともに、水穂が昔からこの神社が好きだと言ってくれたことが素直に嬉しかった。

「そうだったんですか。ありがとうございます」

 なんにもないところなのに、ということを言いそうになったのを、縁はぐっとこらえなければいけなかった。失礼に値すると思ったからだ。そして、自分は今だけの話じゃないなと気づいた。昔からずっと、自分はこの神社を、自分の生まれた場所を、愛し続けてくれている人たちに対して、失礼なことをし続けてきていたのだと、ようやく気付き始めていた。

「だから、その、自分が真女しんおんなになって、それで、この神社と町のためになることができればいいな、って、思いました」

「わかりました。それに、ありがとうございます」

 縁は水穂にお辞儀をする。水穂も、それにつられて、慌ててお辞儀を返す。

「あと、水穂さんは何か特技はありますか?」

「特技、ですか……」

「得意でなくてもいいから、何か、普段からやっていることでもいいですよ」

「その……実は、マンガを描いてます」

「へぇ」

 縁は驚いたが、同時になるほど、という気もした。どことなく、水穂の雰囲気と一致したからだ。

「あの、だから、この町や神社の紹介マンガとか、描きます」

 下手ですけど……と自分で後付けしてしまう自信のなさが縁には気になった――それは縁にも跳ね返ってくる――が、マンガで小古呂を紹介するというのはとても面白い、と思った。

「ひょっとして、もうそれっぽいのを描いたりしてるんじゃ?」

 縁はふとそう思ったので聞いてみると、案の定、

「元ネタに使っただけで、フィクションですけど」

 という答えが返ってくる。縁自身が内向的というか、どちらかというと内面で空想を膨らませるタイプであるからか、水穂とは波長が合う感じがしている。

 だが、形だけのこととはいえ、二十七の自分が十六の高校生を妻にするっていうのはどうなんだろう、とは冷静に思わなくもない。まあ、すでに高齢者の候補者に、純粋に女性でない候補者、と来たあとでは、未成年であることくらいどうってことはないように思えてきている。感覚が麻痺してしまうというのは恐ろしいことだと縁は思う。

 そうして話を続けるうちに持ち時間を過ぎたので、最後の候補者の番になった。先ほど水穂に忠告をした女性だ。

 ショートヘアで切れ目の、先ほどの発言どおりの、気持ちの強さを感じさせる風貌をした女性だ。年は自分と同じくらいと縁は見る。

「では……」

 と、縁が切り出したところ、

「四季丞円香です」

 と向こうから自己紹介を始めた。しかし、続く言葉に縁はまたしても青ざめることになる。

「二十七です。なんですけど、わたし、このオーディション、降りますんで」

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