~ 第二幕 ~ ●永原たまき○
●永原たまき○
気を取り直して次の候補者に声をかけることにする。先ほどは挑発するお多恵さんに負けじと言い返した女性だ。長身で、正装がとても決まっている。スタイルはゆったりとしている正装では隠れてしまうためわからないが、モデルのようにメリハリが効いているのではないか、と思わせる。顔立ちも強めで、男性よりも女性に人気が出そうな雰囲気を漂わせている。
「じゃあ次の方、お願いします」
縁が声をかけると、やや顔を伏せていたその女性が顎を挙げ、視線を縁に向ける。強くはっきりとした眼差し、笑みをつくった唇に、縁は軽いショックのようなものを受ける。が、同時に何か違和感のようなものをはっきりと感じた。
「永原たまきです。26です。よろしくお願いします。彫刻制作をしてます。小古呂町には去年の『縁のある町並み』キャンペーンで縁結び街道にアトリエを開いて、それからずっと、ここに住んでます」
『縁のある町並み』キャンペーンとは、旧街道の住み手がなくなってしまったり店を閉じてしまったりでできた空き家を、若い事業家などに少ない負担で提供しようというもので、これもまた去年から葛城のアイディアを元に野並が町に働きかけて実現したキャンペーンだった。縁はこのようなキャンペーンの存在も、もちろん――と言えてしまうのが悲しいが――知らないでいた。
過疎化の進む小古呂町では、古くなった空き家が年々増えていた。その雰囲気だけは縁にも伝わっていた。そのことだけで小古呂町を古く、時間の止まった町だと決めつけていた自分を、縁は大いに恥じることとなった。
「じゃあ永原さんが制作した彫刻が、そのアトリエでは見られるようになっているんですか?」
縁が問う。
「はいっ。まだまだ未熟ですけど。多くの人に見に来てもらいたいと思ってます。作品がきっかけでできる縁ってありますから。それに、アトリエの展示スペースは一部貸し出しをしていますから、あたしの作品だけじゃなくて、ほかの人の作品展示もできます。ほかのアーティストさんたちを呼び込んで、いろいろな作品がみられるアトリエにしていきたいな、と思ってるんです。真女(しんおんな)になったらこの町をそうしたアートのある町としてもPRしていけるといいなあ、なんて思ってます」
よどみのない、よく通る声で永原は答える。内容も縁には訴えるものがあった。葛城から聞いた話では、町から提供した空き家の数はそれなりに多かったが、募集と同時に応募が殺到し、あっという間に定員オーバーとなったため、応募者には入居後のプランをプレゼンしてもらい、その結果で入居の可否を決めたという。永原が今現在アトリエを持っているのはこうしたハードルを越えた結果であり、相応の苦労をしているはずで、単なる趣味とは違う、自分の活動にかける強い意志を感じさせた。
が、それとは別に、縁はやはり永原から何か違和感のようなものを感じずにはいられないでいた。なにか、こう、雰囲気が妙だと感じる。視線、声、あとはしぐさ……特殊な状況で緊張もあるはず。からだろうか、とも思うのだが、どうもそれだけではないような気がしてならない。
「あ、あと、あたしのことはたまき、って名前で呼んでくださって結構ですよ。実際、活動ではたまき、って名前のほうで通ってますし。自分も慣れてるんで」
そう言って積極的なスマイルを縁に向ける永原たまき。そしてまだ、先ほど衝突したお多恵さんも意識しているようだった。負けるはずがないという自負はあるだろうが、それでも無視はできていないことから、まだお多恵さんのことを競走相手をして意識しているに違いない。
そのとき縁はなんとなく気が付いた。
そう、この感じ。最近テレビだとよく見るな、と。
「すみません、勘違いかもしれませんが、たまきさんってテレビ出演とかされるんですか?」
縁は思い切って聞いてみる。
「え? テレビですか? ……まあ、以前住んでいたところじゃ、アトリエ紹介とかでケーブルテレビさんにお世話になったりはしましたけどぉ。あ、小古呂町でもケーブルテレビそういう番組があったりします?」
たまきが質問を返してくるのに答えたのは、八尋殿の隅で様子を見ていた葛城だった。
「ありますよ。紹介しましょうか?」
「あ、本当ですかぁ? ぜひぜひ、お願いしますぅっ」
たまきのテンションが大きく上がって、甘えたような声になる。
そのとき、縁は違和感の正体に対して、確信に近い答えを見つけて声が出そうになる。そして、思わず葛城のほうに険しい視線を送る。
葛城のほうが縁が見ていることには気づいたが、こっちを見るな、というようなニュアンスのジェスチャーをするだけだった。
まったくサッちゃんは、お多恵さんといい、このたまき……さんといい、どういうつもりなんだ。縁は心の中でつい葛城のことを昔のあだ名で呼んで毒づいた。
これも町興しの作戦になるのか? 今度ばかりは縁も本気とは思えなかった。葛城も、そして応募していた本人である永原たまきも、どういうつもりなのか知らないが、こちらも気づかないふりをしているわけにはいかず、この場ではっきりさせようと疑問をぶつけた。
「あの、たまきさん。ひょっとして、いや、ひょっとしなくても、ですけど」
実際に口に出すと少し自信がなくなるが、縁はもう後には引けないと思って、言い切った。
「たまきさん、女性じゃないですよね。男ですよね」
一瞬、この場が凍り付いたように縁には思えた。しかし、その場にいる面々を見ていると、縁の言葉に驚きを見せたのは、永原たまきの隣で次の番を待っていた小柄な女性一人だけだった。その隣、最後の番となるショートカットの女性はどちらかというと縁の言葉に対するたまきの回答が気になる様子。お多恵さんはどこか楽しそうで、こうなることがわかっていたかのようだ。森村は特にリアクションなし。このことを知っていたのだろうか。わからないが、葛城や野並から事前に聞かされていてもおかしくない。それでいてこの場まで縁に黙っていたというなら、それが意味するのは一つしかない。
いや、問えよ! 縁はツッコミを入れた。
というか、
たまきは答えに窮していたが、やがて話し出す。
「男じゃないですよぅ、今は。自分では女のつもりでいますけど。応募規定じゃ女性って特に限定していなかったし、事前審査じゃ通ってたんで、いいんだなって思ってたんですけど」
永原は困惑した様子を見せる。
自分の性別がどうということよりも、単に応募してはいけなかったのかということに戸惑っている様子だ。
「あれ、
そう言って永原は首をひねった。まさか、性別のことが問われるとは思ってもいなかった、というふうに。
「本当に夫婦になるってわけじゃないし、書類審査もOKだったし、いいのかなぁって思ってたんですけど」
永原は困っている。
縁も困った。どうも、縁がジャッジを下すしかない状況だ、と判断した。永原が「事前審査はOKだった」というからには、葛城ら企画側としてはOKだったのだ。そして今は沈黙して状況を見守っている。これはもう外堀は固めたので、あとは縁がどう出るかを見ようということに違いない。
というか、もうこうなると答えは一つだった。キーワードは縁。自分自身の名前だ。
「いえ、そんなことはありません」
縁は慎重に言い始めた。
「僕ははじめ、見た目から永原さん、いや、たまきさんが女性だと思い込んでいました。事前にはたまきさんのことについて、つまり性別に関しては何も聞かされていませんでした。ですが、永原さんの振る舞いに少しずつ違和感を感じて、その、永原さんはいわゆる……オカマというか、ニューハーフというのか、そういう人なんじゃ、と思いました。なので永原さんに、そのことを質問しました。僕の質問にたまきさんを非難する意図はありません。純粋に答えが知りたかっただけです。ただ、事前にそのことについて何の説明も受けていなかったので、運営については思うところがありました。だけどそれはたまきさんには何の関係もないことです」
「じゃあ、女か男か、ってことでアウトにはならないんですね?」
永原は飛び上がる勢いで喜びを表す。
縁は返事に困った。こんなとき、サッちゃんならどう答えるだろう、野並さんなら、森村さんなら、父なら……と誰かならどうするか、ということばかりを考え始めていた。なぜ、他人の答えを探さなくてはいけないのか。今、問われているのは自分だ。宇津見縁だ。自分が、自分の考えで答えなくてはいけない。
「今は、この場で僕からアウトとは言いません。僕は、たまきさんの性別だけで
「そうですね。そりゃあ、応募する前から意識はしてましたよ。ただ、ダメなら事前にダメって結果が出ると思ってたんで、そこが通ったんだからオッケーだったんだ、って思ってたところはありました。でもまあいいや。もともとあたしにとってはチャレンジでしたから。ハンディはあって当然です。男だとか女だとか、そういうものを乗り越えてわたしが
たまきは困っていた様子から再び決意を取り戻していった。その後も残り時間を使っていくつかの質疑応答を済ませていった。
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