~ 第二幕 ~ ●鉾下之儀○
~ 第二幕 ~
●
縁が葛城たちから小古呂プロジェクト・八百万についての説明を受けてから。
一方で円香が美哉からのトクメイを引き付けてから。
その三日後。
小古呂神社の八尋殿の広間にて、いよいよ
八尋殿は神社の中心にある本殿・拝殿のすぐ右隣に建てられている。一般に神社のお参りで参拝客が目にするのは拝殿である。拝殿の入り口正面に賽銭箱があり、その上からは鈴を鳴らす縄が垂れ下がっているのが一般的だ。本殿は拝殿の奥。ご神体が安置されている建物となる。これらは小古呂神社に限らず、どこの神社でも間違いなく参拝客が見ることになる建物である。八尋殿はそれとは違い、小古呂神社で神事を行うための場所として特別に建てられたものである。かつては祭りのために使用された由緒ある建物だったが、長年使われることなくなっていたのだが、
『
『小古呂』という地名と同じで、
小古呂神社の祭神は先の
ともかく、その怪しい由来から大仰に名付けられた八尋殿で、これまた大仰な
「エニィは身内すぎるから、自分がいいものを持ってるってことがわからなくなってるんだよ。ま、それはエニィだけの話だけじゃないけどねー。小古呂神社だってその由緒を外からの目で調べてみればいろいろと面白いところはたくさんあるし、小古呂町だってそうだよ。そういう内側にいると当たり前になって見逃してしまうものを、一つ一つ見栄え良く見せていくんだよ」
との葛城の言葉どおり、単なる古臭くカビくさいだけの建物だと思っていた八尋殿が、むしろその古さが厳かな非日常の空気を纏わせて、今まさに、古来からの儀礼をよみがえらせようとしているのだ、という気分にさせてくれるのだった。
縁もまた衣装を着せられて、婚礼の儀を演出するのに一役買っている。というかこの儀式の主役なのだから、一役買って当然ではあるのだが。頭には冠、手に笏、上下に袍と袴を纏った正装である。神職が神事でこの姿でしている場合、普通は斎主といって神事を進行させる役であるため、儀礼の参列者たちの前に向かって立つ位置にいるものだが、今回、縁は
縁と向き合って正座をしている
修祓、献饌、祝詞奏上、参列者の拝礼と、基本の神事は森村によってつつがなく、恭しく進行していた。
いよいよここからは
「田所多恵。八十六です……ようよう、この日を待っとったで。縁さん、立派な姿で見違えたわ。わたしゃ嬉しい」
と言い出すなり、およおよと声を上げで泣き出したのは、今、本人の口から名乗った通り、お多恵さんである。
縁はもちろんのこと、ほかの
「お婆ちゃんは
ハンカチをお多恵さんの手に渡そうと近寄りつつ、そんなことを聞こうとすると、お多恵さんはハンカチを払いのけるようにして、
「婆あだと馬鹿にしよって。優しくして良いところを見せようなんて甘いことしたって、通用せんよ」などと、先ほどの涙などどこへいったのか、という厳しく睨み付ける表情で言い放った。
女性も最初は驚いていたが、すぐに落ち着いた表情に戻って「あら、別にそんなつもりはなかったんだけれど。すでに戦いは始まっているって言いたいのかしら? 戦う相手に同情は不要ってことね。余計なことしてごめんなさい、お・ば・あちゃん」と勝ち気な笑みをお多恵さんに向けた。
一瞬、互いの視線がぶつかり合って火花を散らす勢いでにらみ合ったが、すぐに二人とも縁の方を向いて笑顔になった。
その笑顔につられて笑顔になる縁だが、その顔を血の気がなくて青ざめ、脇の下が冷たい汗がじっとりと濡れるのがわかった。しかし縁はそんな彼女たちを審査し、一人だけを選ぶ立場、審査する相手の気迫の飲まれているわけにはいかないと、自分の気を引き締めた。これまでのようにのらりくらりと物事をかわしているわけにもいかなければ、このプロジェクトの荒唐無稽なまでの大がかりさに気圧されてばかりもいられないのだから、と。
「お多恵さん、落ち着いたなら、続けてください」
縁は穏やかさに満ちた表情と声色を努めて出すようにして、お多恵さんにそう言った。
「はい、はい。なんでわしみたいな婆あがこうしとりますかというのはね、縁さんが心配で心配でしょうがなかった、というのもありますがね、わしが小古呂の町を愛しとるのがどれだけ本気かぁゆうもんを見せにゃあいかんて、そう思ったから、それだけだわ」
お多恵さんはいつものようにしわがれた、それでいながらはっきりとした調子で言う。
「毎日毎日縁さんには耳にタコができるくらいおんなじことばっか言うとったかもしれんがね。ボケた婆あが昨日何を言うたのかも忘れて繰り返し愚痴を言うとるのとは違うんだて。ほんとによう、小古呂さんとこの町を盛り上げたいんだて。ほんでもわし一人でできることはしれとるで、せめてがんばっとるところ見せて、婆あでもあんだけ元気なら、うちらもがんばらりゃあ、て、だれかが思ってくれるようにせんと。わしができるのはそれくらいだて」
お多恵さんは一言一言ゆっくりと、しかし言葉を切ることなくそう言った。
「何も本気で
「細かい話は、この場でなくて、また今度、うちのほうで聞きましょう」
「はいはい。まあ、
そう言うお多恵さんは冗談抜きでそう言っているようだった。次の女性を含め、
他の候補者たちの手前、「仕方のないお婆ちゃんだなあ」というニュアンスを醸し出しておかないと、と思い、包容力のあるスマイルを心がける縁。しかし、
「でも、もし縁さんが本気でわしを
そう言って縁に向かってウインクまでしてきたときは、さすがに少々のけぞってしまうのが隠せなかった。笑顔のキープはできていたはずだが、引きつっていたかもしれない。
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