~ 第一幕 ~ ○真女○

「と、いうのが小古呂町のプロジェクトの大雑把な説明。それで、先物買いって言うのはね」

 美哉はわざとらしく言葉を切って、間をつくる。

「美哉さん、演出いらない」

「あ、そう」

「そうか……」

 美哉は残念そうだが、円香は無視する。

「じゃ、さらっと。円香にはその、真女しんおんなになってもらう。プロジェクトのど真ん中に入って、町興しを成功させる。それが今回のトクメイだ」

「なってもらう、ってのはどうやって?」

「オーディションが行われるから、そこに応募する。もちろんあくまで円香が個人的に真女しんおんなになりたいと希望している、という体裁でね」

「バレたら?」

「バレないようにね」

「面倒だなあ……」

「自分からバラすようなことをしない限り、特別バレるような要因はないと思うけど」

「まあ、そうだけど」

 何かの弾みにというのははありえるなあ、と円香は自分の性格を振り返って思った。

「でも、最後のトクメイだからか知らないですけど、ずいぶんと大胆なミッションじゃないですか。もっとこそこそと嗅ぎまわるようなのばっかりだったのに」

 ずいぶんと今回は毛色が違うものだ、円香には感じられる。

「まあ、ね。やっぱり今回は最後だからっていうのを加味しての内容ではあるから」

「と、言うと?」

「円香がうちを出ていくのに相応しいかどうかの試験も兼ねてるってこと」

「ああ、そうですか……って、ミス・小古呂町、みたいなのをこっそり受けることがですか?」

 何をどう解釈すれば自分の退社と独立がオーディションの突破と関連ずくのか、ちっとも見えてこない。

「そこんとこを考えるのもトクメイの一部かな。ヒントは、ミスコンを甘く見ちゃいけないってこと」

「だいたい、わたし、別に容姿に自信なんか全然ないんですけど」

 美哉さんにだって一度たりとも女として見てもらったことがないわけだし、というのは言わない。この男に女として見られることのほうが特殊なのだし。

真女しんおんなっていうのが、単なるミス小古呂に過ぎないものなのか、そうでないのか、そこの見極めもよろしく。正直、単なるミスなら切っちゃっても構わないと思ってるし」

「要するに目当ては先物買いなんですもんね」

 とにかく受かればよいと言うものではない、ということか。今のところは買いを見ているが実態はどうかわからない。未知数で注目されていないうちに円香に潜入調査させ、買うに値するプロジェクトかどうかを見極めさせる。それが美哉の目的ということだ。

「そういうこと。とにかく生の情報が欲しい。特に真女しんおんなの相方になる真人しんじんの、宇津見縁くんのことも、よく見ておくこと」

 美哉からの話を聞く限りでは、ほとんどお飾りのようなポジションに円香には思えたのだが、違うということなのだろうか。

「何が気になるんです?」

 聞いてみると、美哉は意外と歯切れのよくない反応を見せる。

「うーん、彼についてはよくわからないんだ。周囲の人たちはずいぶん彼のことを買っているようなんだけれど、実際のところ彼自身はパッとしないというか、僕には彼が何をしたいのかがまるで見えてこない。父親の隆行氏なんかは、何年もこのプロジェクトに携わってきて基礎をつくった優秀な人だということはわかるんだけれどね。つまり、僕のようなタイプの人間には測ることができない人物なのかもしれないんだ。だから円香、お願い」

 つまり、丸投げか。美哉にしては珍しいが、むしろ円香には喜ばしい。美哉が匙を投げたものを自分がうまくやればポイントはかなり高いし、自分にとっても自信になる。

「成功報酬、約束してください」

「約束するよ。このトクメイに成功したら、俺からもイン・ゲイジからも離れるのは自由だ」

「よし。任せてください」

 円香は美哉に手を差し出す。

「幸運を祈るよ」

 美哉が円香の手を握る。固い握手。

 円香は身が震えるのを感じた。興奮か。武者震いというやつか、と思ったが、違った。

「クシュン!」

「あらら」

「あー、ずっと屋上は寒すぎますよ。もう降りましょ。さむさむ」

「決まらないねえ」

「決まらなくていいから、行きますよ」

 円香はさっさと階段への扉を開けて、屋内へ入って行った。


  ○


 美哉はもう少しだけ屋上に残ることにした。

「寂しくなるな」と、独りごとをつぶやく。年を取ったな、とそんなところからも美哉は自分の変化を感じる。

 寂しい? いやいや。この機会はむしろ、さらなる出会いをもたらすはずだ、と美哉は考えを改める。

「あ、そうだ! 聞き忘れてた!」

 気が付くと、降りていたはずの円香が戻ってきていて、階段のほうからこちらに声を上げていた。

真女しんおんなって、真人しんじんの妻ってなってますけど、ほんとに結婚するわけじゃないですよねえ!?」

 結構本気で心配しているような口ぶりで叫んでいる。美哉は苦笑して答える。

「もちろん、かたちだけだよ」

「ですよね! ああよかった。わたし、身を固める気、ないですから! つーか田舎で神主の嫁とか、ないし!」

 円香は心底安心した様子で、再び去って行った。円香はこのトクメイを通過点に過ぎないと思っていることだろう。

 さあて、どうなることかな。と美哉はニヤリと笑った。なんだか自分の娘を嫁に出すような心境になり、いよいよ自分も焼きが回ったと思いながら。

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