~ 第一幕 ~ ●プロデューサー・葛城一言●
●プロデューサー・葛城一言●
「それで、僕が中心になるって、どうすればいいんです? 僕ができることなんて、なにもありませんよ……」
縁はすでにくたびれきってしまっている。息もかすれた調子で野並にそういうだけで精一杯だ。
野並は下がった眼鏡の端をつまんで上げ直しつつ、
「いえ、縁さんは確かにこの事業の核と呼べる位置に立っていただくわけですが、リーダーとしてすべてを取り仕切るとか、そういうことを期待されているわけではありませんのでご安心ください」
縁は、はあ、とため息に近い声を出す。まだ安心したわけではないが、少しだけ肩の荷が下りたような気はした。
「では、どのような」
「具体的なことは、プロデューサーより別途、説明させていただきます」
「プロデューサー?」
今や何事にもプロデュースが存在する、という感覚は持っているが、それでも小古呂町のような場所で、そのような横文字を、野並のような人物から聞くことになろうとは思わず、縁はまたしても驚くしかない。
「先の、若さが必要だという結論から、我々は若く、アイディアにあふれ、行動力のある人物を探していました。それでお縁があったのが今からご紹介します、葛城プロデューサーです」
そういう人がいるなら自分など必要ないではないか、すべてその葛城を任せればよいではないか、と縁はすぐに思ったのだが、
「しかし、葛城プロデューサーもまた、縁さんを必要としました。なぜか。その理由は葛城プロデューサーご本人の口から伺うのがよろしいかと思います」
と言われてしまう。
「では、少々お待ちください」
と言って野並は席を立つと、葛城を呼びに退室していった。去り際、縁たちの方を向き直り、丁寧に一礼をしてから戸を開けてその向こうに出ていく。社会人としては当たり前の作法とわかっていても、律儀だと縁は感じずにはいられなかった。もう少し砕けてもらえたほうがやりやすいのだけれど、とも思いつつ。
「森村さん」
縁は葛城プロデューサーとやらが来るまでの間に耐えられず、森村に声をかける。
「黙って動かず、待つのも男の器量ですよ」
森村がその言葉通りにじっと構えている姿には説得力がある。しかし縁が実践しようとしても体が小刻みに震え、息も整わず、とても男の器量など見せられる状態にはならない。
「呼吸を止めず。心音に身をゆだねるのです」
「は、はい……」
まるで修行だ。いや、まるでもなにもまるっきり修行だ。しかし、言われたとおりに呼吸を整えて心臓の高鳴りが少しずつ収まっていくのを感じるようにしていると、気持ちも落ち着いていくのを感じる。
だが少しして、「ようようよう~」という場違いに陽気な声をとともに部屋に入ってきた葛城プロデューサーの姿を見て、縁はまたしても落ち着きをなくすことになった。
「サ、サッちゃん!」
「エニィ、おひさしぶりじゃーん?」
入ってきたのはソフトモヒカンにメイクされた顔、その耳にはリングピアスを大量につけた長身の男。ゆったりとした麻の上下にカラフルな毛糸のセーターを羽織って、素足に皮のサンダルを履いている。
その男のことを縁はよく知っていた。と言っても縁が彼と最後に会ったのはもう何年も前のことではあったが。
「葛城プロデューサーって」
「そうそう。俺が葛城。葛城一言。もちろん仕事上の名前ね」
屈託のない笑顔が愛嬌で溢れていて、派手な身なりをしていても近寄りがたさは感じさせない。縁にとっても親しみのある友人だった。
彼の本名は猿股次郎。通称サッちゃん。縁がサッちゃん――今は葛城と名乗っているが――と仲良くしていたのは高校生の頃だった。そのころからお調子者で遊び心がたっぷりで、いつも周囲を賑やかにさせるのが得意な、陽気さに満ちた人物だった。お笑いタレントかなにかになって、芸能界のような華やかな世界で活躍するタイプだと縁も思ってはいた。
縁とサッちゃんが通っていた高校は、小古呂町からバスで30分以上かかる隣の市の高校で、都会知らずの田舎者ばかりの学校だった。そんな場所でもサッちゃんは日常のちょっとしたことから、他の人が見逃してしまう楽しさのタネのようなものを見つけ出してはそれを膨らまし、笑い話や遊びの材料としていたものだった。
「でも、サッちゃん、どうしてこんな仕事を引き受けたの?」
いつでもどこでも楽しそうにしていたサッちゃんだったが、それでも田舎の暮らしに窮屈しているのは確かだった。もっと自分が大暴れできる場所を求めて都心へと出ていったはずで、こうして再び小古呂町で顔を合わせることになるとは縁は思ってもみなかった。
「おいおいエニィが『こんな仕事』なんつっちゃ、ダメっしょー。まあ言いたいことはわかるけどさ」
ちなみにエニィというのは縁の愛称のこと。説明をしておくと、縁という字を訓読みで『えにし』と読み、それをさらに砕いた呼び方となっている。
「あと、サッちゃんじゃなくて、葛城ね。最初はタレントやって地方回りしてたんだけど、やってるうちに自分を売るより、その回った先の地域のことのほうに興味持っちゃって。みんなもったいないんだよね。フツーの町や村の人たちや、その人たちの暮らしのほうがずっと面白いもん持ってるのに、みんなそのことに気づかずにくすぶってる。そのことをちょっとアドバイスするだけで、俺が舞台に立って芸とかするよりよっぽど面白くなるし、みんなも楽しそうなんだもん。だからタレントやめて、地方回りで知り合った人たちのところに居候しながらバカ話して行事とか祭りとかに参加してるうちに、後から肩書がついてきたってわけ」
「それがプロデューサーってこと?」
「そ。町興しプロデューサー。なんかもうちょっと気の利いたフレーズにしたいんだけどなー。現在募集中ね。エニィ、なんかない?」
「え? えー……町P、とか」
テレビかどこかで聞いたようなもののパクリである。縁自身、言っていて微妙と思ったが、
「あーそうそう、そういうの。いいねマチピー。もう一歩、笑える感じだと、もっといい」
縁が思いもしないほど大きなリアクションで感想を述べる。
「でも、サッちゃんなら自分で面白いのを考えられるでしょ?」
「だから、自分だけで考えた面白いもんなんてすぐに限界来るんだって。あと、葛城ね」
そう言って縁の肩を叩く。
「ま、そんなわけだから、俺一人が頑張ったって、このプロジェクト、面白くなんないの。だから、エニィが必要なの。オーケー?」
「やっぱり、サッちゃ、あー葛城くんも、僕がやらないとダメって思ってるんだ」
「つーか、エニィじゃなきゃいやってゴネたの、俺だし」
「え?」
「エニィの親父さんたちは、エニィがどーしても無理そうならって、一応ほかの宮司さんとか探してたみたいよ。まあ、企画ポシャらすわけにはいかないって気持ちはわかるけどね。でも、町興しはやっぱ町の人がやんないとダメだって。ま、そこんとこは親父さんも、のなみんも、森村さんも根っこじゃわかってくれてたから、よかったけどねー」
ねっ、と葛城は野並や森村に振る。
野並は、はいと真面目に返事し、
「地域の主役は、あくまで地域住民です。地域への思い入れのない方での代替が効くものではありません」
と述べ、森村は森村で、
「わたしも縁さんにやっていただかなくては、縁さ、いや、この神社は駄目になると思っておりました」
明らかに「縁は」と言おうとしたのを無理やり言い換えて、そう言う。
やはり重い、と縁は思う。いまさら引くわけにはいかないが、荷が重いということはきちんと言っておこう、いや言っておかないと、と思い、
「いや、別に僕は、正直……この町に思い入れなんてないですし。神社だって、父の件がなければ戻ってきて引き継ぐことはなかったですし。みなさんだって、そのことはよくわかっていると思うんですけど、それでも、僕でないとダメなんですか?」
と、こみ上げる羞恥心を堪えながら、なんとか言い切る。言ったものの、すぐに反論が来ると思って身構えていた縁だったが、待っていたのは三人の沈黙だった。
葛城も、野並も、森村も、黙ってこちらを見返してくる。もう、言葉はいらない、ということなのか、と、縁はなんとなく察した。
「ダメ、なんですね」
「ダメ、じゃないな」
葛城は言う。
「エニィがいいんだよ、俺たちは」
真顔だ。
縁はどういう反応を返していいのかわからなくなる。
全員が沈黙していると、数秒後に葛城が頬を膨らませて痙攣し始める。
「…………ぷぷぷぷぷっ、あー恥ずかし! もうエニィはマジでウブだよなあ、昔っからさ!」
そのまま声を上げて笑い出す。葛城のゲラゲラゲラという笑いに続けて、森村も続けて大らかに笑い、野並までもが小さく笑いはじめた。
縁はますますどうしていいのかわからない。わからないが、もうやけくそになって、一緒に笑ってやった。
大の大人の男4人で、しばらく笑い続けたのち、
「んじゃま、俺らの精一杯のラブコールは無事に縁に届いたってことで、晴れて縁と俺たちは両想いになれました、と。そういうわけで、あとは詳しく話せばいいってわけかな、のなみん」
野並のお願いします、の声を受けて、葛城は続ける。
「テーマはずばり、縁結びだ」
縁結び。神社のご利益としてはありふれたものだ。
「エニィ。わかるか? だからお前が中心だってこと」
「うん。わかるけど……それって単なるダジャレってこと?」
自分の名前が縁だけに、と言うだけのダジャレだ。しかし、
「オヤジギャグって案外馬鹿にできないぜ? くだらなければくだらないほどキャッチーだ。その点では縁結びのメインキャストにエニィを据えるってのはくだらねー。くだらねーけどインパクトはでかい。つーか親父さんのセンスすげーよね。縁結びの神社の息子とはいえ、そのまんま縁なんて名前、なかなかつけないって」
葛城が言う通り、小古呂神社は縁結びの神社としての性格が強い。お多恵さんがパワースポットブームを利用して、といったようなことを言っていたが、確かに小古呂神社は、今、女性たちのパワースポット巡りとしての神社礼拝のターゲットとなりうる神社である。小古呂神社は複数の神を祀っているが、そのうちでも
その島の名前が、小古呂の由来である。小古呂さんと呼ばれて親しまれているこの神社は、
どの神々も、縁結びのご利益があるとして、ほかの神社でもメジャーな存在だ。
なので縁という名の由来は、この神社のそうした縁起に由来するものである。
「縁結びの神社の神主さんがその名も縁。そのインパクトをまずは看板にする。んで、実際にその看板の元にたくさんの人間が集まってくる。エニィを起点として大勢の人間が手を取り合って、縁結びの輪をつくって、この小古呂の町を盛り上げていく。そんな絵がこのプロジェクトのイメージだ。絵っていうのは具体的にはこんな感じ」
葛城は野並に指示して、プレゼンテーションのスライド資料をプリントアウトしたものを縁の前に広げる。神社のアイコンを背にして立つ神主姿の男のイラスト――これが縁にあたるのだろう――その男が、葛城の説明どおり人の輪を作って町のイラストを囲んでいる。小古呂町を囲む輪ということか。その絵全体の上から、大きな「縁」という文字が透かしで入れられている。
そのイメージ画の下にキャプションとして『小古呂プロジェクト・八百万』と書かれているのが縁の目に入る。
「この『小古呂プロジェクト・八百万』っていうのが、プロジェクトの名前?」
「そう。まだ固いけどね。親父さんたちの命名。仮称だな。公表するときにはもっとキャッチーにしたいよな」
「八百万か。とことん神話にあやかってるんだね」
「小古呂といえばやっぱり神社が最大のシンボルだもん。推さないはずがないだろ。それに小古呂神社の由来って神話のはじまりって感じがするじゃん。ここから八百万の神様たちが再び誕生していく、ってイメージも重ねてるんだ。その神様の長が、エニィ、お前ってこと」
「長って……」
また、縁の気が重くなるのを
「イメージイメージ。重く考えなさんな」
と葛城がフォロー。
「じゃあ、この手をつなぐ人たちを神様に見立ててって、こと?」
縁は気を取り直して尋ねる。
「そうそう。町興しと、神々の国造りを重ねてる。面白いっしょ」
「うん」
「まあ大枠は俺が来る前に決まってたんだけどな。俺の仕事は、具体的にどう遊んだら、このイメージを楽しく、伝わりやすくして、実際に人集めて、金集めて、結果を出せるかたちにしていけるか、ってところをつくっていくことだな。もちろん、個別にあれこれ策はあるんだ。けど、まあいっぺんに説明してもエニィがついていけんだろうから、今はパス。ま、そのへんはおいおいで」
葛城の言う通り、縁の頭はすでにいっぱいいっぱいで、これ以上の情報をインプットできる自信はない。目の前のプリントにはイメージ図のほかにもキャッチコピー案だとか、現状分析、そこから導き出した目標、より具体的なプラン、プラン実践による効果の見積もりなどの資料が並んでいる。どれも事業としては必要なものには違いないのだろうが、今の縁が読んで理解することはできそうにないものばかりだった。
「その辺も大事だけど、やっぱり重要なのは人だよ。誰を巻き込んでいくのかだ。ま、それを決めるには、自分たちが何をしたいかを決めないとダメだし、そういう分析やら目標決めも必要になる」
「すごいや……自分がこんなことに関わるなんてやっぱり実感が持てなくなるよ」
思わずそう言ってしまうと、さすがの葛城も顔が少し曇りがちになる。それに気づいた縁がまたつい、ごめんと謝ってしまう。
「エニィ……お前、昔から明るくはなかったけどさあ、そんなに弱気で冴えない感じだったっけ?」
縁は返す言葉ない。
「なんかこう、暗いっつか、静かではあったけどさ、飄々としてて、波風立ってもふわふわと流してるような、そんなとこがあったんだけどな」
「サッちゃん」
「葛城な」
葛城の言葉に森村も、
「葛城さんのおっしゃる通り、今の縁さんは本来のパフォーマンスを発揮できていない様子なのです。やはり神社を飛び出して俗世のよからぬ穢れにまみれてしまったのがよくないのかもしれません」
大真面目にそんなことを言い出す。
縁としては、小古呂町の時代から取り残された時間の流れと俗世から遠く離れた神社暮らしの二重苦から抜け出して世の中のことを知りたかったのが、父のもとを離れた理由だったのだ。そして小古呂町を離れて都市部で一人暮らしをはじめたものの、どこをどう間違ったのか、自分にやりたいことが何も見つからず、職を転々とするばかりになって、縁は結局自分を見失ってしまっていた。そんな状態で父・倒れるとの急報を受け、小古呂神社に戻ってみたが、神社のことについてもわかっていないことばかり。ただただ氏子の老人たちの話を聞くことくらいの日々になったのだった。森村さんに何を言われようと反論しようがない。
「なるほどね。わかったわかった。こりゃ俺がますますプロデューサーとして重要な仕事を任されてるってことだ。ね、のなみん、そういうことだよね」
「私の立場では返答できかねます。森村さんに伺うべきかと」
「またまたあ。ま、でも確かにこれはどっちかっつーと森村さんの狙い通りってことかな」
「手腕を存分に奮っていただけたらと願います」
「オッケーオッケー。ま、その辺も、なんとかなるっしょ」
三人がそんなことを話しているのをよそに、縁は再び資料に目を通していた。なんだか自分のことをあれこれ言われるのにも慣れてきたというか、感覚が麻痺してきたようだった。
「サッちゃん」
「ん?」
「この絵、隣にいるのは巫女さん?」
縁は先ほどの、人々が手をつないで輪をつくっているイメージ図を指して、葛城に尋ねる。
「つか、葛城ね。で、どれ?」
「この、さっきの僕の役割になってる神主さんの隣さ、手をつないでるの、女性の神職でしょ。これは意味があるの?」
縁が言う通り、神主の隣にはほかの人たちとは違う、巫女のような装束の女性のイラストがあった。神主とペアのように見える。
「おお、目の付け所がいいね。それは
「
「そ。隣の神主、つまりエニィね。それが
「そうなのか……」
つくづく、知らないことだらけだ。本当に……笑ってしまうくらいに……。こうなったらもう、とことん、一から、いや、零からのやり直しをするしかない、と縁は思う。と、縁は次の疑問が浮かんだ。
「
誰が
葛城は、ああ、と声を出して、そしてニヤリと笑う。
「そいつを決めるのが、エニィの最初の仕事。縁結びの最初の一歩、ってわけ」
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