010 人を見る目
うちの風呂が古くなってきたので浴室メーカーの内覧会に来てみた。大手十社程と数社のベンチャー企業が参加する今回の内覧会で新しい浴室を決める予定だ。
まずは大手メーカーの展示ユニットを見て回る。A社ではリラックスをテーマに、いかに寛げる浴室を提供できるかを熱弁していた。展示物を見ればなるほど、ゆったりできる浴槽に落ち着いた色調を取り入れていた。更に、売りだというのが浴槽の水流だ。背中を預ける部分であろう浴槽のゆったりとした壁面上部に幅広の流水口がある。係員がスイッチを押すとその流水口からさながら滝のように水が溢れ出る。この水流で肩に刺激を与えリラックスさせるのだそうだ。仕事が忙しい自分には確かに寛げる場所が必要である。A社のユニットは参考になりそうだ。
次にB社の展示ユニットを見に行った。テーマは省エネだ。何でも新開発の材料を使っており、ユニット内の熱が逃げづらいのだそうだ。また、シャワーにも節水機能が設けられており水の節約にも役立つようである。ただ、省エネやエコロジーというのはだいぶ前から持てはやされてはいるが何分自分と年を食った母親の二人暮らしである。元々エネルギーをあまり使わない家族なので省エネといってもたかが知れている。B社のユニットは選外とした。
次にC社に回った。一番の売りは快適性。風呂の自動洗浄、スマホを使った遠隔操作など、確かに便利そうではある。自分も若くないし、段々と思うように体を動かせなくなるだろう。A社の寛げる浴室も捨てがたいが日々のストレスを軽減できる浴室は大いに興味がある。このユニットも参考にさせてもらう。
この後も他の大手メーカーを回ったが正直どこも似たり寄ったりだった。やはりA社かC社で決めようか――そう思いながらふとベンチャー企業のブースに目をやるとえらく地味なユニットがあった。ベンチャー企業の浴室内は奇抜過ぎて性に合わないと思っていたがどうもそうではないようだ。
ユニットを眺めていると係の人間らしい初老の男が話しかけてきた。
「うちのユニットに興味があるみたいですね」
「興味というか……パッと見た感じ、えらく普通のユニットだなぁと思いまして」
「そうですねぇ。機能も並ですし、特徴と言えば耐久性と価格ですかねぇ」
「言っちゃ悪いんですが、確かに安そうですね」
「まあ、そこが売りでもあるんですがね……ちなみに家族構成は?」
「えっ? ああ、私と母の二人暮らしですよ」
「一軒家?」
「そうですね。年も年なんで
「ほう。なら、当社にあなたへご提案できそうなオプションがございますよ。あっ、それと申し遅れました」係の人間はそう言うとおもむろにパンフレットと名刺を取り出してきた。名刺には社長の文字が入っている。そのままパンフレットに目をやると綺麗な若い女性が水着姿で入浴しているのが写っていた。
「こちらがそのオプションです」
「何々……浴室サポートサービス?」
サービス名を口に出しながらパンフレットをパラパラめくってみるが所々現れる女性の写真に目が行ってしまう。社長は私の顔をチラチラと見ながら話をつなげた。
「左様でございます。こちらのオプションは当社のスタッフが日に一度お宅に訪問させてもらい浴室内清掃及び入浴サポートをさせていただくサービスになっております」
「入浴サポート?」その言葉に一瞬ドキッとする。
「はい、お体を洗うお手伝いをさせていただいたり一緒に入浴させていただいたりと様々ですね。要は毎日決められた時間の間、浴室内で奉仕させていただく形になります。お母さまはもちろん、お客様にも、でございます」
「奉仕、ですか……」
パンフレットに写る女性と入浴を共にする自分を思い浮かべる。思えばこの数十年女というものに無縁だった。女性としゃべりたい、女に触れたい、女に……
「……ちなみに浴室ですからねぇ。スタッフは裸で奉仕させていただきます」
私の考えていることを悟ったのか、社長はそっと私の耳元に押しの一手を囁く。途端私の顔が熱を帯び、耳先まで火照っていく。
「やっ、やだなぁ。あまり変な期待はさせないでくださいよ。……ちなみにオプションは月幾ら位かかるんですか?」
その後社長の会社で何度かの打ち合わせをして、私はこの会社のユニットを購入することにした。もちろんオプションもつけてもらった。契約する段階で『性的な行為に及んだ場合違約金を払ってもらう』という事を知り若干テンションは下がってしまったがよく考えれば当たり前だろう。それに母も同居する自宅の浴室で自制心を無くしスタッフを襲ってしまう程自分は愚かではないと確信している。
「ご契約ありがとうございました」
最後の捺印を済ませた私は席を立ちあがり、社長に話しかけた。
「サービスが開始されるのを楽しみに待ってますよ」
「考えた私が言うのもあれですが、本当に素晴らしいサービスだと自負しておりますからね」
「御社のブースを素通りしていたらと思うと……ほんと考えたくもないですね」
「お互い見る目があったって事ですよ」
お互い固い握手をした私は、数人の社員に見送られながら会社を後にした。
お辞儀をしていた若い社員が一人顔を上げた。
「社長、ほんとにだいじょぶですかぁ?」
「ん? 何がだ?」
「違約金ですよ。ほんとにもらえますかねぇ?」
「当たり前だろう。あの男は絶対スタッフに手を出すはずだ」
「壊れやすいんで修理代は踏んだくれるとして、違約金がメインなんですからね社長。ほんと頼みますよぉ」
「何言ってんだ。俺は人を見る目があるんだよ」
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