かぎのしっぽ

 あたしは、優子と兄貴のミントと暮らしてる。


 名前はシナモン。優子の親父さんがつけてくれたんだって。割と気に入ってる。

 いつも、「シナ」とか「シー」とか呼ばれてるけど。

 なんでもいいから、ごはんをくれたらいいのよ。


 あたしが優子の手のひらに乗るくらい小さな頃、優子の家に来たんだってさ。

 道に転がる、段ボールの中に置いていかれてたんだって。


 哺乳瓶でミルクを飲ませてもらって、優しくおしり拭いてもらったり、寒くなりすぎないように温かいペットボトル入れてたとか。後で聞いた。


 なんかこう「育ててやったのは私」みたいな話に聞こえてさ。

 ありがたいんだけど、なーんかね。


 あたし、面倒見てもらわなくても、自分でちゃんとすくすく育ったと思うんだけど?


 まぁ?家は悪くないし、ごはんにも困らないし。居心地は悪くないかな。

 お日様もよく当たるこの家の部屋は、気に入ってるし。


 でも、兄貴のことは、あたしがしっかり見てあげないと。優しいけどさ、気が弱いから。男なんだからオドオドすんなよって、あたし思うけど。


 兄貴のことは、好きだからさ。

 あたしが、守ってあげるんだ。


 あたしのしっぽは、幸運とやらをひっかける、かぎしっぽなんだ。

 もちろん優子も好きだから、優子も兄貴も、あたしが幸せにしてあげるんだ。



 なんだか今日は暑いな。あ、窓開いてる。

 でもなんか、変な透けたスースーする窓みたいなのがあるけど。『鍵』ってのがないから開けちゃえ。


 あたしは窓の隙間をカリカリして、開けたわけ。

 我ながら器用だと思う。フフン。


「シナモン、そっちに行ったら危ないよ」って、兄貴があたしを心配するように言ってきた。「大丈夫、大丈夫」あたしはいつもおっとりしてる兄貴より軽やかに動けるからね。


 そしたら、兄貴が優子に告げ口に行っちゃって。


「シナモン!!!!」優子が走ってきて、あたしを抱き上げて、怒る。


 ったく!いい気分で外に出られたのに、兄貴め!


 その後、あんまり暑いもんだから、優子が心配したのか、兄貴の長いふわふわの毛を、『バリカン』ってやつで、刈ろうとしたのよ。

そしたらさ、兄貴ってば「やだやだ!やめて!なぁに!?それ!こわい!」って、走って逃げた。優子は追いかけてたけど、兄貴がソファーの後ろに隠れて出てこないから諦めたみたい。


 でも、あたしも暑いって感じるからさ、兄貴はもっと暑いんじゃないかな。


 優子!諦めないで、なんとか兄貴が涼しくなるようにしてやってよ!


 夜ごはんをカリカリ食べてるとき、「シナモン、今日のごはんはとってもおいしいねぇ」って言ってきたから、「うん、悪くない」って兄貴をちらっとみて返事したのね。


 そしたら、優子がごはんに夢中の兄貴の長い毛を、気づかれないように『ハサミ』ってやつで、ちょっとずつ短くしていってた。

 兄貴が気が付いたら、びっくりしちゃうだろうから、あたしがたくさんお話しして時間稼ぐ。

 バレないようにしてあげなきゃね。


 優子、感謝しなさいよね!



 なんか、暑い日が過ぎてさ、風が少し涼しくなった気がしたんだよね。


 そしたら、優子が兄貴とあたしを、不思議な入れ物に抱き上げて入れたの。最初わけがわからなかったけど、兄貴と一緒だから安心かな。でも兄貴、おっきい体をね、一生懸命小さくさせて隅っこでブルブル震えてるの。

 だから、「あたしが兄貴守ってあげるから、心配しないでいいんだからね!」って、兄貴の前に立つんだ。


 不思議な入れ物から、外が見えたとき、「おー。外だー」ってあたしは見たんだけど、兄貴が相変わらず小さくなって震えてるからさ。

 まぁ、外なんか見ても何もないし。兄貴が心細くならないようにぴったりくっついた。

 何かあってもいいように、臨戦態勢で兄貴にぴったりくっつくんだ。


 そしたらね、犬が外が見えるところに顔をくっつけて、あたしと兄貴に「こんにちわー!」って言ったのよ!外じゃなくて犬しか見えなくなったわけ。

「気安く話しかけんな!兄貴を驚かせないでよね!」って。

 パシンと叩いてやった!……なんか、布に当たったけどさ。


 病院で医者って人が、兄貴を触ろうとするから、「やめなさいよ!」って邪魔してやろうと思ったらさ。


 兄貴が「シナモン、大丈夫だよ……」って震えながら言うから、止めたけど……兄貴、医者って人が悪いやつじゃないこと知ってるのか。ふぅん。


 あ、昔『手術』ってやつ、したから覚えてたのね。

 なるほど。けど、大丈夫って言うなら、震えるのやめなよ。

 全くもう。心配ばっかさせる兄貴だなぁ。


 でもさ、医者って人はやっぱ失礼だよ!あたしのことは、ろくに見ないの!

 兄貴のことばっか、ジロジロ見て色々『検査』とやらしててさ!なによ!


 ところで『検査』ってやつはなんなの?


 ☆


 兄貴、もうすぐ死んじゃうんだって。

 病気なんだって。


 こないだ。『検査』ってやつ、してたの。そのせいだったんだ。あたし、気が付かなかった。


 あたしのしっぽ……幸運ってやつを、ひっかけてくれるんじゃなかったの?


 ウソだったの?


 ホントは兄貴みたいな、長いしっぽにずっと憧れてた。こんな役に立たない、あたしのしっぽ…大嫌いだよ!


 なんで兄貴だけいなくなるの?

 あたしから取り上げないでよ!

 優子をもう泣かせないでよ!


 兄貴は勇気を振り絞って優子のこと守ろうとしてたから、あたしはそんな兄貴を守ろうって思ってたのに。

 あたしのちいさい体じゃ、優子を守ってあげられる自信ないよ!


 優子の一番は兄貴なんだよ!あたしは二番でも三番でも、何番でもいいんだ、一緒にいれれば、何番でもいいんだ!


 いつも強がってごめんなさい!

 ホントは「とっても居心地いいな、あったかいな」って思ってたの!

 あたしが素直にしなかったから、バチが当たったの?あたしのせいなの?


 あたしが、守ってあげるんだって。

 決めてたのに。


 兄貴……ごめんね……

 あたしにできること、なにもない……


 なにも……あ、しっぽ。兄貴と違うしっぽ……


 あたしのかぎのしっぽ……やっぱり最後に信じるよ。

 幸運をひっかける、あたしのしっぽ!


 おねがいします、兄貴を、寂しくさせないで。

 もう寂しくさせないであげてください!


 ☆


 ぼく、とっても幸せだったなぁ。


 優子ちゃんは、優しくて。ぼくが、怪我してうまく歩けなくても、一緒にいてくれたな。


 走れるようになって、ジャンプもできるようになった、ぼくを見て、優子ちゃんはポロポロ涙流してたな。でも、どうしていいかわかんなくて、泣いてる優子ちゃんに、ぴったりくっついてたっけ。


 優子ちゃんのお姉さんに、ぼくはどうしたらいいの?ってどうしても聞きたくて、困っちゃった。


 ぼくに、妹もくれたね。

 優子ちゃんと二人も楽しかったけど『お仕事』の時は、ぼくだけお家で待ってるしかなかったから。

 シナモン。ちっちゃくて、ぼくより運動ができて、とっても元気なかわいい妹。


 ちょっと強気だけど、ぼくの毛繕いのお手伝いしてくれたりしたね。ぼくの毛が長いから、たまに舐めにくそうにケホケホしてた。ありがとうね。


 ぼくが、このお家に来てから六年だって。

 本当は、もっと一緒にいることができたのかな。


 ぼくが、病気にならなかったら……


 ごめんね。

 優子ちゃん。シナモン。


 あぁ、優子ちゃんのパパとママ。

 来てくれたんだね。

 いっぱい撫でてくれてありがとう。


 優子ちゃんが『お仕事』している時、いっぱいぼくのこと見てくれたよね。


 なんだろう。なんかね、なにも言えないんだ。たくさんお話ししたいことも、たくさん伝えたいことも、あるはずなんだけど。

 頭がぼーっとしちゃってね。


 ぼく、幸せだよ。本当だよ。

 優子ちゃん、大好きだよ。

 シナモン、大好きだよ。


 あれ、なんだろう?ぼくのこと呼んでる?

 ぼく、みんなにお礼してたところだよ?


 シナモンよりスッとした猫さん、きれい。

「ミント、優子と一緒にいてくれてありがとう」

 大きな大きな白い犬さん、かっこいいな。

「ミント、がんばったね。よくがんばったね」


 あ、そっかぁ……ぼくがひとりぼっちになること、気が付いてなかったよ。


 優子ちゃんの、お姉さんとお兄さんが、ぼくを寂しくさせないように、迎えに来てくれたんだね。

 最後に、ぼく、お姉さんとお兄さんができた。

 とっても嬉しいよ!


 どこにいても、ぼくには、家族がいる。

 寂しくなること、ないんだね。

 何て言ったらいいのかな……困ってたら、お姉さんが教えてくれた。


 優子ちゃん、シナモン、優子ちゃんのパパとママ。


「またね」


 ぼくは大丈夫だよ……寂しくないよ……


 ぼくの気持ち、みんなに伝わるといいな。

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