かぎのしっぽ
あたしは、優子と兄貴のミントと暮らしてる。
名前はシナモン。優子の親父さんがつけてくれたんだって。割と気に入ってる。
いつも、「シナ」とか「シー」とか呼ばれてるけど。
なんでもいいから、ごはんをくれたらいいのよ。
あたしが優子の手のひらに乗るくらい小さな頃、優子の家に来たんだってさ。
道に転がる、段ボールの中に置いていかれてたんだって。
哺乳瓶でミルクを飲ませてもらって、優しくおしり拭いてもらったり、寒くなりすぎないように温かいペットボトル入れてたとか。後で聞いた。
なんかこう「育ててやったのは私」みたいな話に聞こえてさ。
ありがたいんだけど、なーんかね。
あたし、面倒見てもらわなくても、自分でちゃんとすくすく育ったと思うんだけど?
まぁ?家は悪くないし、ごはんにも困らないし。居心地は悪くないかな。
お日様もよく当たるこの家の部屋は、気に入ってるし。
でも、兄貴のことは、あたしがしっかり見てあげないと。優しいけどさ、気が弱いから。男なんだからオドオドすんなよって、あたし思うけど。
兄貴のことは、好きだからさ。
あたしが、守ってあげるんだ。
あたしのしっぽは、幸運とやらをひっかける、かぎしっぽなんだ。
もちろん優子も好きだから、優子も兄貴も、あたしが幸せにしてあげるんだ。
☆
なんだか今日は暑いな。あ、窓開いてる。
でもなんか、変な透けたスースーする窓みたいなのがあるけど。『鍵』ってのがないから開けちゃえ。
あたしは窓の隙間をカリカリして、開けたわけ。
我ながら器用だと思う。フフン。
「シナモン、そっちに行ったら危ないよ」って、兄貴があたしを心配するように言ってきた。「大丈夫、大丈夫」あたしはいつもおっとりしてる兄貴より軽やかに動けるからね。
そしたら、兄貴が優子に告げ口に行っちゃって。
「シナモン!!!!」優子が走ってきて、あたしを抱き上げて、怒る。
ったく!いい気分で外に出られたのに、兄貴め!
その後、あんまり暑いもんだから、優子が心配したのか、兄貴の長いふわふわの毛を、『バリカン』ってやつで、刈ろうとしたのよ。
そしたらさ、兄貴ってば「やだやだ!やめて!なぁに!?それ!こわい!」って、走って逃げた。優子は追いかけてたけど、兄貴がソファーの後ろに隠れて出てこないから諦めたみたい。
でも、あたしも暑いって感じるからさ、兄貴はもっと暑いんじゃないかな。
優子!諦めないで、なんとか兄貴が涼しくなるようにしてやってよ!
夜ごはんをカリカリ食べてるとき、「シナモン、今日のごはんはとってもおいしいねぇ」って言ってきたから、「うん、悪くない」って兄貴をちらっとみて返事したのね。
そしたら、優子がごはんに夢中の兄貴の長い毛を、気づかれないように『ハサミ』ってやつで、ちょっとずつ短くしていってた。
兄貴が気が付いたら、びっくりしちゃうだろうから、あたしがたくさんお話しして時間稼ぐ。
バレないようにしてあげなきゃね。
優子、感謝しなさいよね!
☆
なんか、暑い日が過ぎてさ、風が少し涼しくなった気がしたんだよね。
そしたら、優子が兄貴とあたしを、不思議な入れ物に抱き上げて入れたの。最初わけがわからなかったけど、兄貴と一緒だから安心かな。でも兄貴、おっきい体をね、一生懸命小さくさせて隅っこでブルブル震えてるの。
だから、「あたしが兄貴守ってあげるから、心配しないでいいんだからね!」って、兄貴の前に立つんだ。
不思議な入れ物から、外が見えたとき、「おー。外だー」ってあたしは見たんだけど、兄貴が相変わらず小さくなって震えてるからさ。
まぁ、外なんか見ても何もないし。兄貴が心細くならないようにぴったりくっついた。
何かあってもいいように、臨戦態勢で兄貴にぴったりくっつくんだ。
そしたらね、犬が外が見えるところに顔をくっつけて、あたしと兄貴に「こんにちわー!」って言ったのよ!外じゃなくて犬しか見えなくなったわけ。
「気安く話しかけんな!兄貴を驚かせないでよね!」って。
パシンと叩いてやった!……なんか、布に当たったけどさ。
病院で医者って人が、兄貴を触ろうとするから、「やめなさいよ!」って邪魔してやろうと思ったらさ。
兄貴が「シナモン、大丈夫だよ……」って震えながら言うから、止めたけど……兄貴、医者って人が悪いやつじゃないこと知ってるのか。ふぅん。
あ、昔『手術』ってやつ、したから覚えてたのね。
なるほど。けど、大丈夫って言うなら、震えるのやめなよ。
全くもう。心配ばっかさせる兄貴だなぁ。
でもさ、医者って人はやっぱ失礼だよ!あたしのことは、ろくに見ないの!
兄貴のことばっか、ジロジロ見て色々『検査』とやらしててさ!なによ!
ところで『検査』ってやつはなんなの?
☆
兄貴、もうすぐ死んじゃうんだって。
病気なんだって。
こないだ。『検査』ってやつ、してたの。そのせいだったんだ。あたし、気が付かなかった。
あたしのしっぽ……幸運ってやつを、ひっかけてくれるんじゃなかったの?
ウソだったの?
ホントは兄貴みたいな、長いしっぽにずっと憧れてた。こんな役に立たない、あたしのしっぽ…大嫌いだよ!
なんで兄貴だけいなくなるの?
あたしから取り上げないでよ!
優子をもう泣かせないでよ!
兄貴は勇気を振り絞って優子のこと守ろうとしてたから、あたしはそんな兄貴を守ろうって思ってたのに。
あたしのちいさい体じゃ、優子を守ってあげられる自信ないよ!
優子の一番は兄貴なんだよ!あたしは二番でも三番でも、何番でもいいんだ、一緒にいれれば、何番でもいいんだ!
いつも強がってごめんなさい!
ホントは「とっても居心地いいな、あったかいな」って思ってたの!
あたしが素直にしなかったから、バチが当たったの?あたしのせいなの?
あたしが、守ってあげるんだって。
決めてたのに。
兄貴……ごめんね……
あたしにできること、なにもない……
なにも……あ、しっぽ。兄貴と違うしっぽ……
あたしのかぎのしっぽ……やっぱり最後に信じるよ。
幸運をひっかける、あたしのしっぽ!
おねがいします、兄貴を、寂しくさせないで。
もう寂しくさせないであげてください!
☆
ぼく、とっても幸せだったなぁ。
優子ちゃんは、優しくて。ぼくが、怪我してうまく歩けなくても、一緒にいてくれたな。
走れるようになって、ジャンプもできるようになった、ぼくを見て、優子ちゃんはポロポロ涙流してたな。でも、どうしていいかわかんなくて、泣いてる優子ちゃんに、ぴったりくっついてたっけ。
優子ちゃんのお姉さんに、ぼくはどうしたらいいの?ってどうしても聞きたくて、困っちゃった。
ぼくに、妹もくれたね。
優子ちゃんと二人も楽しかったけど『お仕事』の時は、ぼくだけお家で待ってるしかなかったから。
シナモン。ちっちゃくて、ぼくより運動ができて、とっても元気なかわいい妹。
ちょっと強気だけど、ぼくの毛繕いのお手伝いしてくれたりしたね。ぼくの毛が長いから、たまに舐めにくそうにケホケホしてた。ありがとうね。
ぼくが、このお家に来てから六年だって。
本当は、もっと一緒にいることができたのかな。
ぼくが、病気にならなかったら……
ごめんね。
優子ちゃん。シナモン。
あぁ、優子ちゃんのパパとママ。
来てくれたんだね。
いっぱい撫でてくれてありがとう。
優子ちゃんが『お仕事』している時、いっぱいぼくのこと見てくれたよね。
なんだろう。なんかね、なにも言えないんだ。たくさんお話ししたいことも、たくさん伝えたいことも、あるはずなんだけど。
頭がぼーっとしちゃってね。
ぼく、幸せだよ。本当だよ。
優子ちゃん、大好きだよ。
シナモン、大好きだよ。
あれ、なんだろう?ぼくのこと呼んでる?
ぼく、みんなにお礼してたところだよ?
シナモンよりスッとした猫さん、きれい。
「ミント、優子と一緒にいてくれてありがとう」
大きな大きな白い犬さん、かっこいいな。
「ミント、がんばったね。よくがんばったね」
あ、そっかぁ……ぼくがひとりぼっちになること、気が付いてなかったよ。
優子ちゃんの、お姉さんとお兄さんが、ぼくを寂しくさせないように、迎えに来てくれたんだね。
最後に、ぼく、お姉さんとお兄さんができた。
とっても嬉しいよ!
どこにいても、ぼくには、家族がいる。
寂しくなること、ないんだね。
何て言ったらいいのかな……困ってたら、お姉さんが教えてくれた。
優子ちゃん、シナモン、優子ちゃんのパパとママ。
「またね」
ぼくは大丈夫だよ……寂しくないよ……
ぼくの気持ち、みんなに伝わるといいな。
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