宝生探偵事務所/素直でない男たち

亀野 あゆみ

素直でない男たち

「私が公安の連中を恐れるような腑抜けに見えるか」

幸田が声を荒げて世津奈をにらむ。

 警察時代だったら、好きな仕事から外されないため引き下がったところだが、民間人になった今は、そんな遠慮は無用だ。


「警視正は恐れないでしょう。ですが、警視庁生活経済課は恐れます。腑抜けた下部組織をお使いになるのが、不安なのでは?」

「警視正は恐れないでしょう」は社交辞令だ。公安畑で失格の烙印を押されて追い出された佐伯は、誰よりも公安を恐れている。一方で恨みも大きく、恐れつつ一矢報いる機会をうかがっている。


「貴様、私が警視庁を指導できないダメ官僚だと思っているのか。無礼だ。今の言葉を撤回しろ」

佐伯が顔を真っ赤にする。

 佐伯が怒る気持ちはわかる。だが、ここは、佐伯の気分を害しても事実関係を正確につかむ必要がある。世津奈とコータローの命にかかわることだから。


「警視正、私も『公安』を恐れています。関わりたくない。ですが、警視正のご依頼とあれば危険を冒します」

世津奈は、社交辞令でなく本気で言っていた。世津奈は尊大な佐伯が嫌いだ。

 しかし、国を背負った顔をしている公安の傲慢さは、もっと嫌いだ。佐伯が公安と対立しているなら、佐伯の肩をもちたくなる。


 世津奈をにらむ佐伯の視線がゆるんだ。

「ここには麦茶しかないのか? 昔の上司が来たのだ。コーヒーくらい淹れろ」

「湯を沸かすところから始めるので、少々お待ちいただきますが」

「部屋は散らかし放題、湯も沸かしていない。貴様は、嫁には行けないな」

明らかなセクハラだ。

 だが、世津奈は黙って立ち上がりキッチンに向った。佐伯が気持ちを鎮めて整理するため、湯が沸いていない事を知っていてコーヒーを頼んだことは、分かっていた。


 電気ポットに三分の一位水を入れ、コンセントにつなぐ。

「コータローにも警視正のお話を聞かせていいですか」

 と佐伯に尋ねる。

「いいぞ、ここからが本題だからな。ただ、坊主に余計な事を言わせるな」

 

 世津奈は廊下に出た。コータローが階段そばの壁に背をもたせ、つま先で廊下を蹴っている。ふてくされている時の彼の癖だ。それでも、外出していないところを見ると、佐伯が持ってきた話に興味津々なのだ。

「コー君、部屋に戻って。これから本題よ」

コータローが横目で世津奈をにらむ。

「宝生さんと佐伯の二人で話をつけるでしょ? ボクに用はないっしょ」

「コー君の命にかかわる話よ。聞かなくていいの?」

 答えはない。世津奈はコータローを残して部屋に戻る。

電気ポットが湯が沸いたのを知らせる音楽を鳴らしていた。ドリップコーヒーを淹れ始めると、ドアが開く音がして

「一応聞かせてもらいます」

 というコータローの声がした。


「まったく、素直でない男たちの相手をするのは疲れる」

世津奈は声に出さずにつぶやいた。

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