教室の空、机上の空想、白昼の夢

黒板を叩く音だけが響いている。

時折、人の声が遠く前の方から聞こえるだけ。

輪郭がぼやけてしまい、何を話しているのか掴めないでいた。

周りを見渡してみると、同じ景色を切り貼りしただけみたいに見えた。

誰も彼もが下を向き、シャーペンを汽車のように走らせ急停止。

定まった運行表に沿って白と横罫線の間を通り抜けていくだけ。

僕を追い越して先に進んでいった。

夏が僕らの前を意味深に通り過ぎていく。

きっと誰もが、不思議なくらい冷たく燃え続ける焦燥と所在不明で宛名不明の心の弾みを抱えていた。

このクラスの連中もそうだ。

認めたくないけれど、僕の中にもそれらは息づいていた。

夏が僕らをそうさせるのか。

それとも、僕らの中にはもともとこの不可思議な心持ちが存在していて、夏がその事実を照らして明るみにしているのか。

どちらが正しい答えなのかは、今でも分からない。


窓から見える夏空に一本の白線が引かれていく光景も。

暑い視線をくぐり抜けて木陰で涼み笑いあった思い出も。

遠くの彼方からやってくる入道雲向かって、「夏だな」と口々に言ってみたあの日も。

満点の星の下、自転車を走らせ帰り道を急いでいた僕も。


僕らは、あの瞬間が特別だなんて思いもしなかった。

毎日の連続でいつまでも同じ日々が繋がっていくという不確かな日常を掴んで離さなかった。

今になって思う。

時間的距離を置いてしまった僕らは、崩れ行く記憶の中でしかそれらを映し出すことができない。

でも、もし。

あの瞬間に戻れたのならば、君なら何をするだろうか。



僕の前には白いシャツの背中がある。

それが何個も続き、ようやく横に長い長方形にたどり着く。

視線はもう何度も各駅停車のように行き来していた。

疲れた感情を覆い隠すようにして、意識を僕の内側へと向ける。


心臓の鼓動、体液の循環、肺の律音、足先の感触、手に触れる風の心地。

一瞬の出来事だったと思う。

僕の中で何かが弾けた。

僕を構成していたモノたちが、バラバラになり意識すらも粉々になった。

そうして、弾けると同時に強い重力のようなものに何かが引き寄せられていた。

それは淡く薄い光の集合体が幾重にも重なり、次第に濃く強くそして真白になった。


匂いがする。

葉の揺れる音の細部まで耳に届いている。

足元には少しくすぐったく靭やかな揺れる感触があった。

肺に取り込む空気の淀みの無さを見た。

ここは、教室ではない。

僕であったものが壊されて、また何か強烈なものに引き寄せられ再構築されたのかもしれない。

けれど意識は確かに、僕の中にあった。

僕の中とは、一体どこの場所を指して言っているのだろうか。

心臓でも頭でもない。全身から見違えるような程に僕という自我を感じる。

そうして、長い自問を繰り返し僕は、ようやく瞼を開けた。

僕は広い草原の中に立っていた。


目に見える景色すべてが草原と空で埋め尽くされていた。

水々しい若草色にどこまでも広がる空と緑の海を連想させた。

僕は果てしない草原と空の境目にぽつんと一人立っていた。


足元には割らかな土の感触。

見ると学生服のまま裸足の格好だった。

どこへ行こうにもまず方向がわからない。

行き先が定まらない。こんな場所だから、最初に立っていた場所を2秒後には見失ってしまう。

どうしたものか。

この土地に心当たりがあるか考えてみる。でも何もせずに立っているわけには行かないので、少し風上を目指して歩いてみる。何も景色は変わらない。僕の足取りも変わらない。

ところが、風の感じがどこか冷たくなっている。


草原の先には海が。

海の向こうには空が。

僕の意識を飛び越えてそこにあった。


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