第67話

 ボク達がゴブリンとアンノウンをあらかた倒し終えても、後方では依然として激しい戦いが繰り広げられていた。


 アリシア師範はゴブリンの異常個体の動きのクセのようなものを既に把握しきったのか、段々と切っ先が敵の身体を捉え始めていたし、カール先生もサンダース先生も超速の戦闘を全く苦にせずに魔法を敵だけに当て続けている。

 徐々に戦況はカール先生達が優勢に転じているのは間違いない。

 間違いないんだろうけど、決着はまだまだつきそうに無かった。

 ゴブリンの異常個体を守る漆黒の瘴気の鎧は相変わらずの堅牢さを示し続けているし、いつの間にかヤツの両手に握られている同色の異様な武器も非常に厄介そうだ。

 握っている部分以外は全て刃とでも言えば良いんだろうか。

 棒状でヤツの背丈より遥かに長いその武器を、一見すると無秩序にも思える軌道で絶えず振り回している。

 それでいて、ゴブリンの異常個体が武器を振るうたびアリシア師範の剣は弾かれ、いまだに間合いを詰めきれずにいる一因になっているし、カール先生とサンダース先生の魔法からヤツの身を守る結果に繋がっているのだから驚きだ。

 アリシア師範の奥の手とでも言うべき、近接戦闘をしながらの魔法攻撃さえ時に防いでいたし、三人の中では動きの鈍いサンダース先生に向かって手にした武器を投擲してのけた観察眼も凄い。

 アリシア師範が無秩序なままサンダース先生に駆け寄り、紙一重のところで投げられた武器を弾いたから当たらなかったけれど、普通の前衛なら全く反応出来ずにサンダース先生は串刺しにされていたハズだ。

 ゴブリンの異常個体は恐ろしい相手だった。

 恐ろしいと言えば、そんな敵を確実に追い詰めつつある三人も恐ろしいんだけれど……。


「ジャン君、お待たせ。こっちも終わったよ。アリシア師範やカールさん達の戦いに見とれたくなる気持ちは分かるけど、もう行かなきゃ」

「アネットさんが、しっかり見てろって言ったんじゃないですか」

「そりゃそうなんだけどさ。しっかし私達に、こんな弱点が有ったなんてね」


 アネットさん達が最後に戦っていたのは、ひときわ巨大なアンノウン達。

 その中でも特に闇属性を弱点にしているヤツらだった。

 ボクはまだ闇属性の攻撃魔法が使えないから、後方の戦いを見守っているように言われて、素直にそうしていた。

 ブリジットとマリアもそれは同じ。


 サラ師範もアネットさんもハーフエルフなだけあってそれなりに精霊魔法は使えるけれど、闇精霊との交信はあまり得意では無いらしい。

 ミオさんにしてもそれは同じで、闇属性の攻撃魔法は初級のものが一種類ようやく使えるだけ。

 せっかく良いペースで敵の大半を排除していたのに、最後の最後で闇属性が弱点のアンノウンに足止めを食らっていたことになる。


「闇属性が得意な人って極端に少ないっていいますもんね。仕方ないと思いますよ?」

「まぁね。普通のモンスター相手なら、あんまり問題にならないから今のところは良いんだろうけどさ」

「闇属性を付与する魔法をアタシが覚えられれば良かったんだけどね。何で覚えられないのか自分でも分からないから困りモノよね」


 ミオさんが悔しそうにしている。

 苦手属性の魔法は、その全てを覚えることは出来ないらしい。

 何故かは誰にも分からないという。

 もう『そういうモノ』として認識されつつある。

 ボクは今のところ苦手属性というヤツが見付かっていないけど、恐らくは闇属性か光属性のどちらかは苦手なんだろうと思う。

 今は火・水・風・土の四大属性の攻撃魔法を中心に覚えている最中だ。

 カール先生は闇属性も使えるけど、カール先生でさえ闇属性の範囲攻撃魔法は使えないらしいから、もしボクの苦手属性が光だった場合、カール先生以外の誰かから闇属性の魔法を習う必要があるかもしれない。


「おいおい、アネット。それからミオに坊主も。いつまでくっちゃべってやがる。急ぐんだろ?」

「あはは……ゴメン、ゴメン。さ、みんな行くよ」

「しっかりしてくれよ、おい。で? ターゲットがどこだか分かってんだろうな?」

「もちろん。カールさんのガーゴイルが撃ち落とされたのは、地底湖の手前の大きな建物。いや、まぁ……アレを建物っていうべきかは意見が別れるかもしんないけどね」


 アンノウン謹製の不気味なアレだ。

 たしかに建物と言うより、何か巨大な生き物の内臓とでも言った方がよほど来る見た目をしている。


「じゃあ、あそこのヤツだね。僕が先頭で踏み込むかい? それともセルジオ?」

「アレックで大丈夫。特に罠とかは無いらしいし」

「了解。一応、アンノウンが待ち伏せしている前提で行こう。ランバート師の掛けてくれた防護魔法の効果時間が切れないうちに、終わらせたいところだ」

「そうだな。私もアレックのすぐ後ろに続こう。アレック一人で行かせて何か有ったら、ララに合わせる顔が無くなってしまう」


 カール先生が事前に掛けてくれた例の強力な護りの魔法。

 アレックさんの身に付けているミスリル製のハーフプレートメイルの防御力と合わせれば、もしアンノウンに奇襲されても大丈夫なハズだ。

 しかし、それでも万が一ということは起こり得る。

 反応速度という意味ではアリシア師範に負けず劣らずのサラ師範が、アレックさんのすぐ後ろから一緒に行けば、そうした可能性は極限まで減らせると思う。

 その後ろにはアネットさんとボク。

 ミオさんとマリアがその次。

 最後尾にセルジオさんとブリジット。

 道中の『建物』の陰に隠れているアンノウンやゴブリンが居ないとも限らないため、そうした連中からの背撃にも備える隊形だ。


 そうして、乱雑に配された『建物』の隙間を通り抜けてボク達が目的地に着いた時、後方で一際ひときわ派手な魔法光が立ち昇った。

 洞窟自体も僅かに揺れた気がする。

 カール先生か、サンダース先生が勝負に出たのかもしれない。


「うお! いきなり何だよ?」

「セルジオ、声が大きいわよ。アレックを危険にさらす気?」

「……わりぃ」


 ミオさんに窘められたセルジオさんが謝るが、いずれにせよアレックさんの身に付けている鎧は金属製だ。

 こう言ってはなんだけど、今さらだろう。


「よし、行くよ。一気にカタをつけちゃおう。アレック、お願い」


 アネットさんの号令に揃って頷く。


 いよいよだ。

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