第66話
カール先生が援軍に連れて来た人達は、誰も彼もが超が付く一流。
その中でもサラ師範のお母さん……アリシア流創始者のアリシア師範は、特に別格の存在感を放っている。
顔立ちは娘のサラ師範そっくりで、事情を知らない人が見れば姉妹にしか思えないだろう。
サラ師範との一番の違いは雰囲気。
サラ師範からは、厳しい中にも滲み出る優しさみたいなものを感じるのだが、アリシア師範からは、そうした暖かみみたいなものはあまり感じられない。
例えるなら、抜き身の名剣。
その凛とした佇まいや身のこなしは、一切の隙を見出だせない凄みが有った。
それでいて……
「カールも水くさいんだから。私がヤツらをどれだけ憎んでいるか知ってて、黙ってサラを連れて行こうなんてさ。私はカールをそんな子に育てた覚えは無いよ?」
「アリシア師範、勘弁してよ。一応ボクにだって今は立場ってもんが……」
「立場? ちょっと弱小国の宮廷魔導師になったぐらいで、もう偉いさんのつもりなの? しがない貧乏道場の隠居なんて、眼中に無いって?」
「ちょっ……母上」
「サラ。私は今、カールと喋ってるの。分かるよね? 分かったら黙ってて」
ほとんど表情を変えないのに、とにかくよく喋る。
アリシア流道場に通いながら初対面だったボク達も既に挨拶は済ませてあるけど、その際も矢継ぎ早に色々と尋ねられた。
実際に話しをしてみるとアリシア師範のそうした雰囲気は、本当に人格が冷たいワケでも悪気が有ってのものでも無いのだと分かる。
恐らくは、もともと感情が表面に出ないタイプの人なのだろう。
「アリシア師範、今はそれぐらいでね。カールさんに会うのが久しぶりで、嬉しいのは分かるけどさ。サラもびっくりしちゃってるじゃない」
そんなアリシア師範に、全く物怖じしないで最も親しげに話しているのがアネットさんだ。
なんならサラ師範よりアネットさんの方が、アリシア師範に慣れている気がする。
「はぁい。アネットも相変わらずだね」
「む、気付かれたようじゃぞ? カールや。儂らを呼ばねばならんほどの異常個体とやらは、アレに間違いないかの?」
サンダース先生が手にする杖の先で指し示しているのは、かなり小さなゴブリンだ。
人族で言えば乳飲み子をようやく脱した幼児のようなサイズながら、久しぶりに目にするアンノウンや、ゴブリンジェネラルをも含むゴブリンの上位種の群れを従えているかのようにさえ見える。
生まれながらの王者。
そんな雰囲気さえ感じさせる。
「間違いないよ。師匠やアリシア師範には悪いけど、アンノウンよりヤツを倒す方がよほど大事だ。アネットちゃん。手筈通りに頼むね」
「了解。今日はサラが久しぶりに私達と一緒に戦ってくれるんだもの。万に一つも手抜かりは起きないでしょ」
「ジャン君。キミ達は無理しちゃダメだよ? 時には見て学ぶのも大事だ。それから……いや、キミならもう分かってるよね?」
「はい! お任せ下さい」
「うん。じゃあ、始めよう。今日は最初から派手に行くよ!」
言うが早いか、カール先生はいきなり大魔法を発動させた。
氷嵐陣の魔法。
ドーム状の魔法の力場が敵勢を瞬時に覆い尽くし、内部で荒れ狂う氷の嵐が散々に敵を切り裂き凍てつかせる。
現れたゴブリンの上位種の群れは、その一撃で全て死に絶えた。
アンノウンの数も何体か減っているように見える。
水属性と風属性の複合範囲魔法だ。
そのどちらかが弱点だったアンノウンにとっては一堪りも無い威力だったということだろう。
魔素昇華したゴブリンはともかく、死んでも遺体の残るアンノウンは酷い状態だ。
全く原型をとどめていない。
しかし……
「やんなっちゃうよね。幼体のクセにあの瘴気の鎧のドス黒さ。古い記録に残るゴブリンの王でも、アレで無傷は有り得ないハズなんだけどな」
カール先生が呆れるのも分かる。
ゴブリンの異常個体は、先ほどまで纏っていなかったハズの真っ黒い瘴気の鎧を宿していた。
昨日のゴブリンジェネラルとは、全く比較にならないほどに濃密な瘴気。
アレはかなり厄介だろう。
遠目に見ているだけでも肌が粟立つ思いだ。
しかし、そんなカール先生に構わず突進していくアリシア師範は、あくまでも無表情に剣を振るう。
一撃で首を刎ね飛ばして終わりにする。
そんな意志すら感じる鋭い剣尖。
奇をてらうことはせずに速く……ひたすらに速く振るわれた剣は、しかし虚しく空を斬る。
瞬時にあそこまで辿り着いたアリシア師範もさすがだが、それを上体を仰け反らせただけで躱してのけたゴブリンの異常個体も尋常では無い。
それを全く気にせずに、そのまま苛烈な攻めを見せるアリシア師範は、やっぱり無表情だった。
サンダース先生は大魔法では無く、初級に分類される魔法を次々に放つ。
飛び回るようにして剣を操るアリシア師範の速さに戸惑うこと無く、正確にゴブリンの異常個体を狙い、次々に命中させていく。
しかも生き残りのアンノウンにも並行して魔法を当てていき、あっという間に全滅させてしまった。
並大抵の腕前では無い。
カール先生の師匠だったというのも頷ける。
派手さは無いけど、とにかく上手い。
そんな印象だ。
「さ、ジャン君。そろそろ私達も行くよ」
「はい!」
奥から新手のゴブリンやアンノウンが現れている。
両者は、どう見ても協力しているようにしか思えない。
意思疎通をどうやっているのかは謎だけど、それを疑う余地はどこにも無かった。
激戦を繰り広げているカール先生達の邪魔はさせない。
迂回しながらボク達も奥に向かって突撃していく。
先頭はアレックさんとサラ師範。
セルジオさんとアネットさんが、それに続く。
ボク達三人とミオさんは最後尾だ。
新手とぶつかってすぐ、ぐちゃぐちゃの乱戦状態になった。
「カールの旦那の人使いの荒らさは、とんでもねぇな。まさか魔境の真っ只中まで直接オレらを迎えに現れるたぁ思わなかったぜ」
「たしかにね。しかもまたコイツらと戦うことになるとは、僕も全く思わなかったよ」
「母上の剣をああも易々と避け続けるゴブリンなんて、タチの悪い夢にしか思えない。それに……話には聞いていたが、この連中は何なんだ? 剣で斬っても突いても一向に倒れる様子が無い。気味が悪いにも程があるぞ」
「ほらほら、無駄口ばっかり叩いてないで集中、集中! 私達の働き次第なんだよ?」
ボク達三人が主に戦っているのはアンノウンではなく、大多数は普通のゴブリン。
時たま上位種も相手にしているけど、幸いこの一団の中にゴブリンジェネラルの姿は無かった。
ブリジットはホブゴブリンやゴブリンソルジャーさえ全く問題にしていないし、マリアにしても次々とゴブリンの頭部を打ち砕いている。
ゴブリンシャーマンやゴブリンメイジはボクの担当だ。
発見してすぐに斬り倒しているおかげで、今のところヤツらが魔法の腕前を発揮する場面は無かった。
ジェネラルに率いられていないゴブリンの群れはこうも脆いのか。
アンノウンが接近して来たら、無理をせずに退く。
ボクらに近付くアンノウンを排除してくれているのは主にミオさんだが、ミオさんの魔法が効かないアンノウンにはセルジオさんとアネットさんが対処してくれていた。
アレックさんとサラ師範は、アンノウンの攻勢から全員を守るのに忙しく動き回っている。
剣が通じるタイプのアンノウンは、あっという間に二人に斬り伏せられて屍をさらしていた。
「ようやく終わりが見えて来たわね。アタシだけじゃ魔力がもたないのは目に見えてる。ジャン君、ここからはキミにもアンノウンを魔法で倒してもらうわよ」
「はい。シャーマンもメイジも居なくなりましたし、あとはそっちに集中します」
さぁ、早いとこ邪魔者達を排除して奥に進まなきゃな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます