第65話

「その調子だと、そっちは順調みたいだね」


 カール先生が、いつもと変わらぬ笑顔で迎えてくれた。

 今はそれが有難い。

 ボク達三人は、この短時間ですっかり精神的に疲弊してしまっている。

 特に酷いのがブリジットだ。

 彼女が目指すところとは正反対の現実。

 ブリジットは決してそれを口には出さないし、表情も一見いつも通りだけれど、顔色は明らかに悪い。

 反対にマリアは思っていたより元気そうにみえる。

 案外と精神的にタフなのかもしれない。


「……分からないでも無いけどね。敵に情けは無用だよ。ブリジットちゃん、仮に赤ん坊のゴブリンを殺さずに放置したら、どうなると思う?」

「大人になって人を襲います」

「うん、そうだね。しかも、キミ達が思っているよりずっと早くだ。だいたい二十日もあれば、ヤツらは立派に大人になるよ」

「二十日……そんなに早く?」

「もちろん個体差は有るみたいだけどね。ゴブリンは決して情けを掛けてくれない。ゴブリンにとって命というモノは、小さな虫のハネよりも軽い代物なんだ。ヤツらは実際それほどたくさん死んでいるし、たくさん生き物を殺してきた」

「おっしゃりたいことは分かります。ですが」

「暗殺じみたやり方が性に合わない?」

「正直に言えば、そうです」

「素直だね、ブリジットちゃん。じゃあ強くなれば良いんだよ。ボクなら、ここにゴブリンが百体いようが二百体いようが、奇襲する必要なんて無いもん。ジャン君は、そうなるつもりでしょ?」

「ボクは……はい。なるべく早くに」

「だろうね。見てれば分かるよ。ブリジットちゃんはどう? マリアちゃんは?」

「私も強くなりたいです。そして、どんな敵を相手にしても正々堂々と撃ち破りたい」

「私は、お兄ちゃんが傷付くのを見たくないです。たとえ傷付いても、完璧に癒してあげたい」

「うん、それなら良かった。ジャン君はボクの弟子だ。このボクが教える以上、いつかボクよりも強くなってもらわないといけない。ブリジットちゃんやマリアちゃんと行動することで、ジャン君の成長ペースが落ちるようだと困るからね」


 不思議なものだ。

 今の話がどこでどう今のブリジットに響いたのかボクにはよく分からなかったけど、カール先生に向かって力強く頷き返すブリジットは、すっかりいつものブリジットに戻っていた。

 マリアも妙に、やる気になっているように見える。


「さて……本題に入ろう。ボクの小型ガーゴイルが撃破された」

「え! まさか、そんな」


 カール先生の偵察用ガーゴイルの速度は、かなりのものだ。

 剣にしろ魔法にしろ、あのガーゴイルに当てられる気は全くしない。

 アレックさんやミオさんでも難しいと思う。


「そのまさかが起きちゃったんだよね。しかも、それをやったのはゴブリンの幼体だ。いや、アレをゴブリンと呼ぶべきじゃないかもしれないけどさ」

「どういうことです?」

「ジャン君は、ゴブリンの生態をどこまで知ってる? いや、今は良いや。ゴブリンにメスがあんまり居ないっていうことを知ってるかどうかだけ答えて欲しい」

「それは知っています。サンダース先生の私塾で借りた本に書いてあったので」

「そっか、あれを読んだんなら話は早いね。ゴブリンのメスは極端に寿命が短い。幼いうちから恐ろしいペースで子供を産まされ続けて、ろくに食料も与えられない。だから最後は枯れるように死んでいく」

「そうでしたね。だからゴブリンが増え過ぎることは少ないと」

「本来ならね。偵察の結果、今回の大量発生の理由が明らかになったんだけど……昨日のゴブリンジェネラルは覚えてるでしょ?」

「もちろんです」


 マリアもブリジットも、ボクと一緒に頷いている。

 昨日の今日で忘れるには、あのゴブリンジェネラルはインパクトが強すぎたし、それも当然だろう。


「アレよりはるかにデカいメスが居たよ。でっぷりと太っていて、肌ツヤも異常に良かった。しかも、肌の色が緑じゃないんだ」

「え! 本当にゴブリンですか、それ?」

「目も三つ有ったし、肌は青というか紺に近かった。恐らくだけどが原産なんじゃないかな?」

「むこうの世界のゴブリン。もしくはその類似種っていうことですか?」

「うん。ボクはそうだと思う。もしかしたら、ヤツら……アンノウンの飼っている家畜みたいなモノなのかもしれないね。ゴブリンって、妊娠期間が異常に短いし、すぐに大きくなるじゃない。ヤツらからすれば、これ以上無いぐらい理想的な家畜でしょ?」


 ……想像したら吐き気が。

 しかし、決して有り得ない話とも思えなかった。

 むしろ非常に有りそうな話にさえ思える。


「どうやら、オスは連れて来ていないみたいだったけどね。こっちの世界のゴブリンと掛け合わせるのが目的だとしたら、それも当たり前かもしれないけどさ」

「それで肝心のアンノウンは?」

「居るには居たけど、数は少なかったよ。アレぐらいならボク一人でも対処は可能だと思う。問題は、まだ完全には偵察しきれて無いことと……」

「先生のガーゴイルを撃ち落としたっていうゴブリンの幼体ですね?」

「うん。アレは厄介だよ。正直、ボクの手にも余る可能性は充分に有ると思う。少なくともボク一人じゃ厳しい相手かもしれない」


 カール先生でも無理なら、ボクの知っている限り他の誰にも倒せないだろう。


「そんな……だとしたら、どうしようもないじゃないですか。カール先生を手助けしようにも、ボク達三人じゃ力不足でしょうし」

「うん、まぁ今のジャン君達じゃ、どうにもならない相手なのは確かだね。だから、援軍を呼んで来ようと思う」

「サンダース先生ですか?」

「お、さすがジャン君。サンダース師匠は連中に恨みが有るし、魔法の腕前はボクとそう変わらない。保有魔力量なんかは、長いこと平和に暮らしていた分、ボクよりずっと少ないけどね」

「サンダース先生と二人なら勝てますか?」

「いや、もう一人は絶対に必要だね。ボクにしろサンダース師匠にしろ本職は魔法使いなんだから、前衛は居ないと厳しいよ。ジャン君は、誰だと思う?」


 あ、そうか!


「アリシア師範。もしくはサラ師範では?」

「ジャン、それはいくら何でも無理だよ。サラ師範の背丈じゃ、ここには来れない」


 サラ師範の身長はボクやブリジットよりも高い。

 ハーフエルフなだけあって、とてもスレンダーな体型だけど。

 しかし、それはもはや問題にならないんだ。


「それか、ボク達の父さんかアレックさんあたりですね」

「お兄ちゃん、それ本気で言ってる? 父さん、かなり鍛えてるから、絶対あちこち引っ掛かるよ?」

「あはははは。そりゃ、ジャン君は気付くか。ボクはサラちゃんに頼もうかと思ってる。ボクもアリシア師範には、何だかんだで頭が上がらないしね。アネットちゃん達も呼ぶけど、それはボク達の戦いを援護させるためじゃない」

「他のゴブリンや、アンノウンの足止めですね? それならボク達にも手伝えると思います」

「ジャン? カール先生も……どうやって、援軍をここに呼ぶつもりなんです?」

「そうだよ、お兄ちゃん。洞窟に穴でも開けるつもり?」

「まさか。カール先生の瞬間移動の魔法でだよ。カール先生は、今こうしてここに居る。カール先生が来たことの有る場所なら、どこにでも飛べるのがあの魔法だからね」

「あ、そっか。ここなら身体の大きさは関係ないもんね」

「……ずるい。私も、そうやって来たかったよ。そしたら苦労して狭いところに体をねじ込むことも無かったのに」


 ブリジットには気の毒だけど、カール先生も最初から援軍を呼んで来るつもりは無かったハズだし、それは言っても仕方ない。

 本来ならボク達だけで決着をつけさせるつもりだったのだろうし。


 ……早く強くなりたいな。

 カール先生の横に並べるぐらいに。

 カール先生の前に立って戦えるぐらいに。

 少しでも早く……。

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