第64話

「……何これ?」


 マリアが少しかすれた声で呟く。

 ブリジットも目を丸くして驚いているし、カール先生に至っては不機嫌そうに眉をひそめている。

 ボクも顔をしかめたくなるぐらいだ。

 なるべく顔に出さないように努力はしたけど、きっとそんなに上手くいっていないと思う。

 その理由は明白だ。

 まさかこんなところで、あの時ボクらが目にした毒々しい色合いを見ることになるとは、夢にも思わなかった。

 あんなに狭かった洞窟なのに、眼下には唐突に広大な空間が広がっていて、そこは今まで通って来たところとは、すっかり様変わりしてしまっている。


「カール先生……」

「うん、そうだね。間違いないよ。ヤツらだ。今回の件とどう関わっているのかは、まだ分からないけどね」


 カール先生も同じ意見ならば、まず間違いは無いだろう。

 ヤツら……つまりは『アンノウン』だ。



「ジャン、どういうこと?」

「あぁ、話すと長くなるけど……ヤバい相手が関わっている可能性が高くなった。以前、カール先生やアネットさん達、それからヨーク男爵の派遣した騎士団と一緒に、ようやく討伐した連中が、ここに居るかもしれない。いや、多分居ると思う」

「簡単に言うと、違う世界の住人達だね。ちょくちょく、こっちの世界に攻めて来てるんだよ。ヨーク卿の騎士達はアンノウンと呼んでいたっけ。古い言葉で正体不明っていう意味なんだけどさ。食欲オバケみたいな連中だから、モンスターを見掛けたら食べちゃうハズなんだけどね」

「明らかにゴブリンと協力関係を構築していますよね。先生、あくまで確認ですが……今までにこんなことは?」

「あるワケないよ。少なくともボクは知らないね。ボクはヤツらの関与を否定したい気分だよ。でも残念ながら、こんな薄気味の悪い空間を創り出せる連中も他にいないからねぇ」


 薄気味悪いというか、非常に不気味な空間だと思う。

 むき出しの内臓のような色の地面や壁面は、元は単なる普通の岩だったハズだし、それらが隆起して構築されたらしい住居のようなものは、明らかに自然に出来たものではありえない。

 以前マハマダンジョンにアンノウンが現れた時と同じ現象が起きているのは間違いない。

 あの時は、バリケードのようなものが出来ていた。


「私もアネットさんから聞いてたから何となくは知ってたけど、聞くと見るとは大違いなんだね。すごく気持ち悪い……」

「知らなかったのは私だけ、か。まぁ、それは別に良いんだけど……ジャン、ここからどうする?」

「そうだね……まずは偵察優先かな。本当なら奇襲を掛けたいところだけど、ゴブリン以外も居る可能性が高くなってきたことだし、なし崩しに戦闘を始めて良い状況じゃなくなってしまったと思う」

「うん、それは確かに。こんな洞窟じゃなければ、いったん後退して援軍を連れて来るべき状況なんだろうけど……それにしたって何の情報も掴めないまま撤退するのは、あんまり賢い選択とは言えないよね。そもそも、この場所に来れる援軍のアテなんて私達には無いけれど」


 そこなんだよなぁ……。

 例えばカール先生の瞬間移動の魔法で様々な町を回って、ミニラウの冒険者を集めて来るとしても、アンノウンが相手じゃ中途半端な腕前の人達を集めたところで、死人が山ほど出てしまいそうだ。

 ミニラウという種族なら誰でも良いワケじゃない。

 カール先生みたいな例外は、そんなに居ないと思う。

 ボク達だけで出来るのは、せいぜいがサンダース先生を呼んで来るぐらいだろうか?

 アンノウンを仇敵としているサンダース先生なら、来てくれる可能性は決して低くないだろう。


「ねぇ、気のせいだよね? なんか……地面がドクドクと脈を打っているみたいに見えるんだけど」

「マリア、やめてよ。気持ち悪いのは見た目だけの話で、地面の固さなんかは普通じゃない。動くハズ無いよ。え……無いよね、ジャン?」

「どうなんだろう? 少なくとも前は動かなかったけどさ」

「さて、ジャン君。もう少しここでこうして話していても良いんだけど、そろそろ行動開始しよっか?」

「そうですね。まずは、建物みたいになっている部分を一つ一つ見て行こうと思います。内部にゴブリンが居るとしても、あの大きさなら一つあたり二体か三体というところでしょうし、もし本当に寝てるなら、起こさないように注意しながら倒してしまうのもアリですよね」

「うん、基本的には良いと思うよ。ただし、あの中にいるのが全てゴブリンという保証は無いよね? 極端な話、全部にアンノウンが居るとしたら、最初の確認だけでも危険が伴う。だからここはボクも協力しよう。最初にあの中を覗くのは、ボクのガーゴイルってことで良いと思う。ジャン君にもそのうち教えてあげるけど、今回は……ね?」


 その可能性を考えていなかったボクは、やっぱりまだまだだ。

 考えの深さでは、カール先生には遠く及ばない。

 単にガーゴイルを飛ばすだけじゃなくて、それを自在に操り、さらには視覚を共有し、挙げ句の果てには同時に何体もそれをこなす……魔法の腕前では、さらに差が有る。


「お、いたいた。ゴブリンが二体だね。こっちは三体。うち一体はシャーマンかな? どのゴブリンも、だらしなく寝てる。アンノウンは今のところ居ないみたいだね。徐々に捜索範囲を拡げてみよう。ジャン君達は、手前のヤツから奇襲しといでよ。何か見つけたら、伝心の魔法で教えてあげるからさ」


 ◆


 極めて順調だけど、ちょっと後味は悪い。

 これでは奇襲と言うより暗殺だ。

 ブリジットもマリアも口には出さないけど、どこか気分が乗っていないようなのは、見ているだけでも分かる。

 ボクも大差は無いだろう。

 ゴブリン達は、かなり深く眠りについている。

 仕留め損ねて大声を出されても厄介だから、多少の不愉快さは押し殺して、黙々と作業に没頭するしかない。

 今のところ、ゴブリンシャーマンやゴブリンソルジャーなどの上位種でも一撃で倒すことが出来ているけれど、さすがにゴブリンジェネラルぐらい大物が居たら、一撃では難しいだろう。


『ジャン君、聞こえてるよね。そこが終わったら、いったん合流して話そう。思ってたより、今回のこれはずっとややこしい事態みたいなんだ』


 カール先生からの伝心の魔法。

 ボクも早く覚えたいけど、優先順位の問題で今のところまだ使えない。

 目の前で高いびきをかいて寝ているゴブリンメイジの頭部に剣を突き刺し、無事に声を上げさせること無く仕留めたボクは、先に外に出て警戒しているハズのブリジットとマリアのもとに急いだ。


「マリア、ブリジット。カール先生が呼んでる。いったん戻るよ」

「カール先生、何だって?」

「かなりややこしいから、合流して話そうってさ」

「……何それ?」

「さぁ……?」

「ジャンにも分からないのかい?」

「うん、今回ばかりはさっぱりだよ」


 ボク達が小声で話しながら引き返していくと、遠くでカール先生がこちらに手を振っているのが見えてきた。

 思っていたよりボク達が奥まで来ていたことに、その姿がすっかり小さくなっているのを見て初めて気づく。

 いつの間にか、けっこうが進んでたんだな。


 さて……どんな情報をカール先生は掴んだのだろう?

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