第62話
「こちらです」
ライアンさんの案内のもと、問題の洞窟にやって来た。
普段は農業に従事する傍ら、猟師も兼ねているという親子と、いかにも屈強そうに見える村の力自慢の若者達も同行している。
彼らなら、昨日みたいな規模のゴブリンの大群を相手にするのは難しくても、同数程度の相手なら簡単に撃退してしまえると思う。
村の恩人……つまりはライアンさんの護衛を買って出てくれたワケだ。
ライアンさん達はこの後、エルトンさんの捜索をする予定になっている。
例の、村人達からゴブリンを引き離すべく林の中に姿を消したという、ライアンさんの弟さん。
彼が生きている可能性は低いかもしれないけど、だからといって探さないわけにもいかない。
出来たら生きていて欲しい。
素直にそう思う。
「ありがとう、ライアン君。弟さん、見つかると良いね。まだ、どこかにゴブリンが潜んでいるかもしれないから、気を付けてね」
「恐れ入ります。どうか、ランバート師もお気を付け下さい。皆さんも……」
「まぁ、ここはお互いに……だね。じゃあ行って来るよ」
◆
ライアンさん達と別れたボク達は、ゴブリンの本拠地へと繋がっているハズの洞窟の中を進んでいく。
先頭はボク。次がブリジットで、その後ろにマリア。カール先生は最後尾だ。
内部は、最初は少し窮屈に感じる程度だったんだけど、だんだんと立って歩くのがつらくなってきた。
幸いというべきか、何と言うべきか、今のところゴブリンの姿は無い。
それでも、待ち伏せは常に警戒しながら進まないといけないから、精神的な消耗はどうしても避けられないのも事実だ。
「難所が幾つか有るとは聞いてましたけど……これは、ちょっと思っていたよりキツいですね」
「ジャン君でも通れない感じ?」
「いえ、何とかいけそうです」
ついに、這って進むしかないようなところに差し掛かった。
洞窟内部の地面はどこも湿っているから、出来たら腹這いにはなりたくなかったんだけど、そうも言っていられない。
素人なりに罠や奇襲を警戒しながら慎重に進む。
「ブリジット、大丈夫?」
「うん、何とかね。しかし、かなり狭いな」
ブリジットが遅れ始めた。
身体能力的には問題無いけど、ブリジットは同年代の女の子達と比べると、一ヶ所だけ発育し過ぎている部分がある。
ここを腹這いで進むのは、大変かもしれない。
その点、マリアは大丈夫そうだ。
「……お兄ちゃん、今なんか失礼なこと考えてなかった?」
「…………何のこと?」
「ふーん、とぼけるんだ。どうせ私はブリジットより、ちょっと小さいよ」
ちょっと?
……まぁ、そういうことにしとこう。
きっと、その方が平和だ。
「マリアはスレンダーで素敵じゃないか。私は最近ちょっと体重が、ね」
「ブリジットのは胸と筋肉でしょ。余計な部分には全然ぜい肉も無いし……ウエストはくびれどころか、えぐれてるじゃない」
「えぐれてるってのは言い過ぎじゃない?」
「あはははは。にぎやかで良いね~。それにしても、人族は胸のサイズの話題が大好きだよね。ミニラウなんか皆、揃いも揃って真っ平らだから、そもそもこういう話題自体が出ないもん」
カール先生が楽しそうに、しかしどこか呆れたような口調で割って入る。
正直ちょっと助かった。
このままの話題が続くのは、正直あまり歓迎したくない。
そう胸を撫で下ろしたのも束の間、ボクの這っている位置からようやく見える所に、何やら鈍く光る物体が落ちているのが見えた。
「カール先生! 前方に何か有ります」
「何だか分かるかい?」
「えーと……金属製の盾でしょうか? いや、肩当てかもしれません。もう少し近付いてみますね」
「了解。ボクもすぐに……は、無理だけど見てみるよ。ライアン君の弟さんの持ち物じゃないと良いけど」
「すいません、ランバート師。私も急ぎます」
「あ、気にしなくて良いから慎重にね。ブリジットちゃんが挟まっちゃうと、皆ここから出られなくなっちゃうしさ」
「……はい」
「それから今さらだけど、ブリジットちゃんもマリアちゃんも、ボクのことは気軽にカールと呼んでくれて良いよ。ライアン君の手前、今までは特に何も言わなかったけどさ」
「分かりました。それじゃあ、ジャンにならってカール先生と呼ばせて頂きますね」
「じゃあ私も、そうします」
「うーん、まだ堅苦しいけど……まぁ、いっか。ジャン君、どう? 結局、それ何だった?」
「何で、ここに有るのかは全く分かりませんが、旧王家の紋章……剣を咥えた鳥の描かれた金属板です」
「サンダース師匠の仕えていた王国の紋章? 何でまた?」
「……さぁ? この場にこのまま置いておきますので、ご確認下さい」
ようやく頭上が少し広くなって来たけれど、まだ全員が一ヶ所に固まっていることは出来ない。
置いてあった所から金属板をずらさないように注意しながら、前方に進んでいく。
「材質は青銅? なのに、そこまで劣化していないね。年代的に当時の物ではあり得ない……いや、微かに魔力を感じる。魔石を砕いて表面を覆っている? あ、そういうことか」
「カール先生、何か分かったんですか?」
「これ、昔ながらの方法で状態保存の魔法が掛けられているみたい。もしかしたら、当時の物かもしれないね。はっきりと断言は出来ないけどさ」
「何でここに、そんな物が?」
「それはボクにも分からないなぁ。回収しておくから、先に進むとしよう。やっとハイハイの時間も終わりが近付いてきたみたいだしさ」
カール先生の言う通り、まだしばらく窮屈な姿勢を強いられそうなのは事実だけれど、もう少し進めば地面を這わなくとも良くなりそうだ。
金属板の回収は先生に任せて、ボクは後続が楽に進めるように、ほんの少しペースを上げることにした。
ブリジットも、ようやく胸部がつっかえなくなって体勢が楽になったようで、そのペースに難なくついて来ている。
僅かにかがむ必要はあるが、しばらくは立って歩けそうだ。
聞くところによれば、種類は違えどまだこんな難所が幾つか有るらしい。
それを思うと少し憂鬱な気分になってしまうけど、とりあえずは腹這いから解放されたボク達は、ここで座って休憩を取ることにした。
「お兄ちゃん、あとどれぐらい?」
「さぁね。多分まだ半分も進んで無いんじゃないかな?」
「そっかぁ。早く帰って着替えたいね」
「そうだね」
「ジャン……あのさ」
「ん、どうしたのブリジット?」
「さっきの金属板に刻まれていた模様なんだけど、村の外れで私が見つけたのと同じだったよね?」
「あ、そっか。そう言えば……」
「なになに? ジャン君、どういうこと?」
「実は村の人達が川沿いの砦跡に避難していた際に、無人の村の外れで見つけたんですが……あ、有った。コレです」
「ふーん、どれどれ? ああ、ホントだね。やっぱり同じ加工が施されているみたいだし、出どころが同じ可能性は高いかな」
「あの村って旧王国時代から、あそこに有ったんでしょうか?」
「どうして?」
「いや、何となくなんですけど」
「うーん、どうだったかなぁ? サンダース師匠なら把握してるハズだけどね」
「そうですか。いや、それが直接的に今回の事件と繋がりそうだと思っているワケてば無いんです。ただ……」
「全くの無関係ってことも無い、よね」
「もしかしたらですが、この洞窟の先に何か当時の構造物が残っている可能性も有るかもしれませんね」
「どうだろうね? まぁ、たしかに可能性は有りそうだけどさ。それが?」
「ゴブリンの上位種の異常な割合、もしくは例のホブゴブリンの出入りの謎に関わってたりするのかな、と」
「もしそうだったら興味深いね。いや、ゴメン。面白がっている場合でも無いか」
あくまで憶測。
なのに、どうしてかボクはそれが今回の事件に繋がっているような気がして仕方なかった。
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