第61話

「なるほどね……それは確かに厄介そうだ」


 明くる日、ライアンさんが突き止めたゴブリンの本拠地について、村人から詳細を聞いたカール先生は、深々とため息をついた。


 ◆


 逃げるゴブリンを追ったライアンさんは、例の林の奥の洞窟にヤツらが駆け込んでいくのを確認。

 ただし、カール先生の言い付け通り本拠地内部に侵入することはせずに帰って来たという。

 この辺り、上位者の命令に忠実に従うことが当たり前な騎士らしい行いだと思う。

 復讐に我を忘れてしまうことだって、決して有り得ない話でもなかったハズだけど……ライアンさんはきちんとカール先生に与えられた任務を果たした。

 その洞窟の入り口が非常に狭いらしいのも、もしかしたら関係しているかもしれない。

 林の奥にはそうした洞窟が幾つか有って、村の人達もそこがモンスターの住み処にならないように一応は入り口を岩や板で塞いでいたり、土で埋めていたりしたというが、その中の一つが掘り起こされてゴブリンの住み処として使われていたのだ。


 夜の間はどうすることも出来なかったが、ボク達が再びこの村を訪れる少し前に、ライアンさんと村の男衆が再びその場所を確認して来たという。

 ずいぶんと危険な真似をするものだと思ってしまったが、よく考えてみればゴブリンの主力部隊は昨日の戦闘で壊滅している。

 結果的にはゴブリンと遭遇することさえ無く帰って来たのだから、ボク達の手間を省いてくれたことに素直に感謝しようと思う。


 ライアンさんは詳しく知らなかったが、それぞれの洞窟の内部の様子も以前この村の人達が冒険者を雇って調べたことが有るらしく、全て明らかになっているというけれど、問題の洞窟はその中でもかなり厄介な部類に入るものらしい。

 当時、内部の調査に赴いたミニラウの冒険者が四苦八苦しながら辿り着いた最奥部は、地底湖に繋がっていて行き止まり。

 地底湖の手前にはかなり広大なスペースが有って、恐らくそこにゴブリンの本拠地が有るのだろうという話だった。

 問題は……大人ではそこに辿り着くことが物理的に不可能なことだ。


 入り口も狭いが無理をすれば大人でも入れるらしいけど、中は絶対に通れない難所が幾つか有って、当時その洞窟の最奥に到達したのは一人だけ。

 人族の子供程度の大きさしか無い、ミニラウの斥候でようやく。

 つまり……今日せっかく予定を変更して村に一緒に来てくれたアネットさん達が、洞窟内部の調査に同行出来ないということに他ならない。


「……カールの旦那。オレ達は、お役御免ってヤツですかい?」


 セルジオさんが諦めたような表情でカール先生に念を押す。

 苦笑しているアネットさん達三人も、どこか残念そうだ。

 心なしかライアンさんもガックリ来ているように見える。


「あはははは……そうみたいだね。何か、みんなゴメンね~」

「まぁ、そういう事情じゃ仕方ないよ。でも、どうするの? カールさんが一人で行く?」

「それでも良いんだけどさ、せっかくだからジャン君達も連れて行こうと思う。その前に……アネットちゃん達は、ボクがいつものとこまで送っていくよ。たしか最深部まで、もう少しだったよね?」

「えぇ。近いうちに必ず。かなり苦労してるけどね」

「そりゃそうと……坊主、気をつけて行けよ? 嬢ちゃん達もな」

「セルジオさん、ありがとうございます。皆さんも、お気をつけて」

「アタシ達は大丈夫よ。最近、水属性ばっかり得意になっちゃってアレだけどね」

「あの頻度で使ってれば、それも仕方ないよ。僕達もミオには助けられてる。おかげで魔境の完全踏破が見えて来たんだ。ジャン君もしっかりな」

「さ、そろそろ行こう。カールさん、お願い。じゃあね、ジャン君。ウチのマリアちゃんをよろしくね~」

「じゃ、ちょっと待っててね。すぐに戻って来るからさ」


 カール先生が魔法を発動させると、瞬時にアネットさん達の姿がその場から消えた。

 さっきまでにぎやかだったのが嘘みたいだ。


「アネットさん達、行っちゃったね。私達とランバート師だけで大丈夫かな?」

「まぁ、何とかなるんじゃない? 問題は、カール先生がどこまでボク達にやらせるつもりか……だよなぁ」

「昨日のことを考えると、よっぽどのことが無い限りは私達だけで戦うことになると思っておいた方が良さそうだ」

「ブリジットもそう思う? 実はボクも……」

「私もそう思うよ。お兄ちゃん、頑張ろうね」


 何が待ち受けているか分からない以上は絶対とまでは言えないけど、マリアにしてもブリジットにしても、今さら普通のゴブリン程度なら問題にならないと思う。

 問題は大量発生よりも、上位種の割合が異常なものになった原因が分からないことだ。

 カール先生には心当たりが有るのかもしれないと思って色々と探りを入れたが、どうやら本当に知らないようだった。


 例えばホブゴブリン。

 ホブゴブリンは、あくまで突然変異的に生まれるゴブリンの亜種で、普通のゴブリンはおろか人族の大人と比べてもなお身体が大きいのが特徴だ。

 その分だけ腕力や体力に優れている反面、知能は普通のゴブリンよりも低いらしい。

 そんなホブゴブリンが誕生する確率は、百分の一をだいぶ下回ると推測されている。

 ダンジョンの中には大量のホブゴブリンが居るところも有るらしいけど、今回はそうしたダンジョン内での出来事ではない。

 自然に生まれてくるホブゴブリンが仮に千分の一ぐらいの確率で生まれて来るとすれば、昨日ボク達が目にした二十体以上のホブゴブリンが含まれている群れは、二万体以上の普通のゴブリンが居ることになってしまう。

 それが百分の一ちょうどの確率だった場合でも、全部で二千体以上だ。

 さすがにそんな数のゴブリンが一ヶ所に集中して現れたなんて話は、今までの歴史上で一度も無かった。

 ましてや狭い洞窟内部で、そんな数のゴブリンが暮らせるハズも無い。


 あれ?

 そう言えば……


「お待たせ~。ん? どうしたの、ジャン君。街中でゴブリンでも見付けたような顔しちゃってさ」

「先生……これ、やっぱりおかしいです」

「うん、そうだね。だから調べに行くんでしょ?」

「いや、そうじゃなくて……ホブゴブリンです」

「ホブゴブリン? ホブゴブリンがどうしたんだい?」

「ホブゴブリンって、身体が大きいじゃないですか。ボクやブリジットよりも背丈がありましたし、横幅なんてボクの倍近くありましたよね?」

「うん、そうだね。それにゴブリンジェネラルは、さらに大きかったじゃない」

「ですよね。連中、どうやって洞窟に暮らしてたんでしょう? どうやって洞窟から出て来たんでしょう?」

「……あ、そっか。ボクとしたことが他のことばっかり気にして、そんな単純なことを見落としちゃってたよ」


 そう言って舌を出すカール先生の顔は、とても嘘をついている顔には見えない。

 ……見えないんだけど、本当にそうだろうか?

 カール先生に限って、それを見落としていたとは思えなかった。

 それでいて、カール先生は洞窟の調査をやめるつもりは無さそうだ。

 今はライアンさんや林の中に詳しいらしい村の人を捕まえて、洞窟までの道を尋ねたりしている。

 どうやら洞窟の調査をしないことには、真相に辿り着くことは出来ないと考えていることに、違いは無いらしい。


 だとしたらボク達も行くまでだ。

 たとえ、そこに何が待ち構えていようとも……。

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