第60話
戦いはボク達優勢のまま推移し、かなりの数のゴブリンを倒した。
ゴブリンジェネラルが自ら武器を振るって戦うようになったせいか、その不思議な統率力というか、強制力のようなものの枷が十全に働かなくなっているようだ。
その証拠に普通のゴブリンやゴブリンライダーが何体か、ボク達に背を向けて逃げ出していた。
残念ながら、ボク達にそれを追う余裕は無い。
ゴブリンジェネラルは強かった。
なにしろ魔法があまり効かない。
どうやらゴブリンの将軍がその身に纏っている瘴気のような何かが、魔法への抵抗力を著しく高めているようだ。
魔法を使わないモンスターの一部は、こうして自らの身体の内側に在る魔力を戦闘に用いる。
ボクもアネットさん達に同行している時に何度か目にしたことは有るけれど、そのクラスのモンスターとボクが戦わせてもらう機会は今まで無かった。
アネットさん達がそうした強敵を、苦戦の末に打ち破るのを見ていたというだけの話だ。
ゴブリンジェネラルの纏う瘴気の鎧は、それらのモンスターには遠く及ばない。
アネットさんなら鼻唄まじりに頭を叩き割ってのけるだろうし、ミオさんの魔法ならアッサリと守りを抜いて決着をつけているハズだ。
武器でも魔法でも、あの領域にはまだまだ到達出来そうに無い。
ブリジットもマリアも、それは同じ。
カール先生は、またいつの間にかゴブリンジェネラルの背後に陣取っていて、ヤツが逃げようとするたびに巨大な炎の塊を宙に浮かべる。
ゴブリンの将軍に逃げ場は無い。
少し同情したくなるけど、ボクらにもそんな余裕は全く無かった。
「お兄ちゃん、どうしよう? 私、少し下がっといた方が良いかな? 二人の邪魔しちゃってるよね」
「うーん、邪魔ってワケじゃないけど……今の三人で囲む形が機能してない気は、ボクもしてる。マリアはボク達の後ろから、光撃の魔法を撃ち続けてくれ」
「うん!」
そんなボク達が戦いながらアレコレ試せるのも、カール先生が居てくれる安心感が有ればこそだ。
本来なら明らかに格上のゴブリンジェネラルを相手に、こうして実戦の中で自分達の全てをぶつけられる機会なんて普通は有り得ない。
ブリジットもマリアも、この僅かな時間の中で目に見えて成長している。
それでもいまだにボク達だけで撃破出来るビジョンが見えてこない。
いや……待てよ?
「ブリジット! 戦いながら攻撃魔法も使ってくれ」
「ちょっ! 私にそんな余裕が有りそうに見えるの?」
「いいから! ボクを信じてくれ」
「分かったよ。かなり手こずると思うけど、フォローお願い!」
「了解!」
ボクの気のせいかもしれないけど、さっきと比べるとゴブリンジェネラルの纏っている真っ黒な瘴気の鎧が、いくらか薄くなっている気がする。
アレは確かに厄介だけど、それでも完全に無敵になれるハズもない。
もしゴブリンジェネラルの瘴気の鎧にそんな能力が有るのなら、カール先生の魔法だって恐れる必要が無くなるだろう。
しかし先ほどから見ている限りゴブリンジェネラルは、カール先生が牽制で宙に浮かべる巨大な炎の塊をひどく恐れている。
見ていて哀れに思えるほどに……。
ならば、やっぱりアレにも限界は有るということになるだろう。
残念ながらボク達には、その守りを一気に抜くだけの力は無い。
無いんだったら、徐々にやれば良いだけの話だ。
ブリジットは魔法より武器を振るう方が性に合っているらしいけれど、先天的な魔力ならボクよりも上だったぐらいだし、決して魔法が苦手なワケじゃない。
慣れていないから今は手間取っているだけだと思う。
ブリジットが慣れるまではボクが頑張れば良い。
素の身体能力ではボクにそこまでの余裕は無いけれど、今はかなりの身体強化魔法が掛かっている。
少しの時間ならばボク一人でも前衛を張れるぐらいには。
それに……剣を振るいながら魔法を放つのは、ボクにとっては既に当たり前になりつつある。
魔法が効きにくいから魔力を温存していただけの話で、その気になればブリジットがパフォーマンスを落としている分をカバーするために、魔法を乱射して凌ぐことも決して不可能では無かった。
◆
「ジャン君、よく気付いたね~」
カール先生が、微笑みながら誉めてくれた。
いかにも意外そうな口調ではあるけれど、多分そんなに驚いてはいないと思う。
ボク達の魔法を食らいすぎて瘴気の鎧を失ったゴブリンジェネラルは、最終的にマリアの光撃の魔法を受けて倒れ伏した。
「カール先生の出してくれたヒントのおかげです。アレが無ければ多分まだ戦い続けているか、先生の手をお借りする事態になっていたハズですよ」
「ヒント? 何それ?」
「またまた。特大の火球のことです。ゴブリンジェネラルは、先生の魔法を明らかに怖がっていましたから」
「そっか、そっか。無駄にならなくて良かったよ」
最近だんだん、カール先生の考えていることが少しは読めるようになってきた。
まだまだ全て読むことは出来ていないし、恐らく一生掛かっても完全には読めるようにならないと思うけど。
「ところで、ライアンさんには何を?」
「それはまだ秘密……って言いたいところだけどね。ジャン君が当てたら隠すつもりも無いよ。試しに言ってごらんよ」
「大した数ではありませんが、ここから逃げ出したゴブリンがいましたよね?」
「うん、いたね」
「ヤツらがどこに逃げて行くのかを突き止めるため、ライアンさんに後を追ってもらっているのではないかと……」
「ふーん。何でそう思ったのかな?」
「まず第一に、ライアンさんは片目を失っています。マリアの治癒魔法で傷は治っても、失った視界は完全には取り戻せていないハズです。将来的にはともかく、今のライアンさんはまともに戦えないでしょう。ですから、逃げたゴブリンを倒すのが役割では無いと思います」
「うん、うん。それで?」
「第二に、今回のコレは明らかに異常事態のようです。ゴブリンの大量発生はたまに聞きますが、上位種の発生は本来なら偶発的なもののハズですよね? だったら、やっぱりコレはおかしい。あまりにも上位種が多すぎました。突然変異のハズのホブゴブリンの数もです。理由を突き止める必要が有ると思います」
「へぇ……そこまでお見通しなら話は早いや。じゃあボクがライアン君に、何で逃げたゴブリンの後を追わせたかも分かってるんでしょ?」
「推測ですがカール先生は、その原因がヤツらの本拠に有ると睨んだのではないでしょうか? ならばやはり、その場所を知ることを優先するハズです。ボク達に戦闘の経験を積ませたいというのも、ご本心ではあると思いますが……あくまでそれは第二目的だったのでは?」
「うん、それで満点だ。たまに思うけど、ジャン君。キミは本当に成人前なのかい? 王宮に仕える騎士や文官でも、そこまで物事を正確に捉える能力は持ち合わせていない連中の方が多いんだよ?」
あ、この顔は本当に感心してくれているっぽい。
誉めてくれるのは嬉しいけれど、ちょっと複雑な心境だ。
「年齢を偽ったりは……していないつもりです」
「いや、まぁ……そこは疑う必要は無いって分かってるんだけどね。サンダース師匠がベタ誉めするのも分かるなぁ。さて、そろそろ行こっか?」
「どちらへ?」
「まずは砦だね。村人達を村に送っていかなきゃ。ジャン君達に護衛をお願いしても良いかな? ライアン君にも偵察が終わったら村に来るように言って有るからさ。もう夜になっちゃうし、ゴブリンの本拠地潰しは明日にしよう。ボクも……いい加減アネットちゃん達と、キミの
あ……忘れてた。
ボクが連絡する直前までカール先生に指導を受けていた関係で、事情を知っているハズの魔術師ギルドの人達はともかく、既にアネットさん達はかなりの時間カール先生の迎えを待っているだろう。
辺りはもう、すっかり暗くなっている。
ボク達も早く帰らなきゃ親に心配を掛けてしまうけど、さすがに村の人達をこのままにしておくワケにはいかない。
父さんも事情は分かってくれているから、何とかなるハズだ。
「ブリジット、まだ時間は大丈夫? お母さん心配しちゃわないかな?」
「あぁ、確かにすっかり遅くなっちゃったね。でも心配はいらない。アイン流の道場に通っていた時は、たまに深夜近くまで居残って稽古していたぐらいだし、母も私が冒険者を始めることには賛成してくれた。ちょっとぐらい遅くなったって、何にも言わないと思う」
「そっか。だったら良いけどさ」
「……ジャンは優しいな、やっぱり」
「そう? 普通だと思うけど」
「……お兄ちゃん、無自覚なんだよね。さ、早く行こ。父さんは私達に甘いけど、母さんは怒らせたくないでしょ?」
「…………だな」
たしかにボクも母さんは怖い。
ある意味モンスターよりも……。
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