第59話

 たかがゴブリンなどとは、さすがに思えない。

 そんな『軍勢』が迫って来ていた。

 まだ距離は有るが見間違えようが無い。

 ブリジットの言う通り、数も増えているように見える。

 それなのに、やけに隊列が整っていて進軍速度も一定のペースを保っていた。

 決して急ぐこと無く、それでいて遅くもない。

 絶妙なスピードだ。

 非常にゴブリンらしくないが……。


「うん、これは普通の村には手に負えない規模だね。ホブゴブリンや上位種の数も多いし……それにアレ、ジェネラルだね」

「ジェネラル……たしか将軍という意味の古代語でしたでしょうか?」

「うん、そうソレ。ジェネラルが居るとゴブリンの群れが、途端にいっぱしの軍隊に変わってしまうんだよ。滅多に生まれないんだけどね。ゴブリンライダーはともかくゴブリンソルジャーにゴブリンメイジ。アレはゴブリンシャーマンかな……って、ちょっとコレ異常過ぎない? さすがにこんなに上位種揃いの群れは見たこと無いよ」


 カール先生ですら見たことが無いのなら、この場に居る他の人達も同じだと思う。


「カール先生。先生の魔法で退治しますか?」

「うーん、そうだなぁ……実際ボクに掛かればこの程度の数なら、範囲魔法一発で排除出来るんだけどさ。それじゃあ、ジャン君達の成長の機会を奪ってしまうことになるもんね。あ、そうだ!」

「……何か妙案が?」

「うん、今から一時的に砦の防衛機能を回復させちゃうことにするよ」

「砦を甦らせるんですか? 一体どうやって?」

「簡単な話さ。壁の崩れてる部分の内側に、魔法の壁を作ってあげる。防壁だけじゃない。村の人達やライアン君は、ボクの魔法で完璧に守ってあげようじゃないか。そしたらジャン君達だけでゴブリンと戦えるだろ?」

「ボク達だけで? いくら砦が使えても、さすがに多勢に無勢ですよ」

「まぁね。だから、ジャン君にはコレを貸してあげる」

「え、コレって……」

「先王から賜ったボクの宝物だよ。所持者の魔法の射程距離を、少し伸ばすだけの魔道具だけどね。キミなら活かせるハズさ」

「……あのぅ。ランバート師、ちょっと良いでしょうか?」

「なぁに?」

「それだと、お兄ちゃんしか戦えないように思えるんですけど……」

「マリアちゃんだったよね? マリアちゃんとそこの……えっとキミは?」

「ブリジットです」

「ブリジットちゃんね。キミ達には、代わりにボクが物凄い護りの魔法を掛けてあげる。ゴブリンが接近して来るまでは、キミ達も可能な範囲で魔法攻撃。近寄って来たらジャン君と一緒に白兵戦だ。大丈夫。ゴブリンの上位種ぐらいなら、ボクの魔法の護りを絶対に抜けやしないからね」

「ランバート師!」

「ライアン君、急に何だい? ビックリするじゃないか」

「これは失礼を……しかし、私にも雪辱の機会を与えて頂きたく思います。師の魔法に守られているだけというのは、どうも……」

「あぁ、そのこと? 早とちりだよ、それは。キミには内密に頼みたいことが有るんだ。ちょっと、あっちで話そっか?」


 またカール先生が、何かイタズラを思い付いたような顔をしている。

 あの顔は今まで何度か目にしたけれど、とてもボクには思いつかないような奇策をカール先生が発案した時に、決まって浮かべる表情だ。

 どうやら、その策を実行する役に選ばれたらしいライアンさんは、かなりの苦労をすることになるかもしれないけど……。


「ジャン、今のうちにちょっと良い?」

「うん、少しなら」

「ランバート師が優れた宮廷魔導師だったのは広く知られているけどさ……あの策で本当にゴブリンを殲滅出来るのかな?」

「無理じゃない?」

「そうか。ジャンが言うなら出来る……って、無理なの?」

「いや、無理でしょ。いくら一方的に攻撃出来るっていっても、相手は百体を優に超えてるんだよ? それに引き換え、ボク達はたったの三人だしね」

「全滅させられなくとも構わないってこと?」

「うん、少なくともこの場ではね」

「……どういうこと?」

「うーん、ちょっと説明が難しいんだけどさ。今回のコレ、異常事態らしいでしょ?」

「あぁ、どうやらそうみたいだね。ただの大量発生じゃ無いらしい」

「多分だけど、カール先生はその原因も探ろうとしているんだと思う」

「……どうやって?」

「さぁ? それは全部が終わる頃にならないと分からないんじゃないかな」

「なぁ……」

「ん?」

「いつもこうなの?」

「うん」

「苦労してたんだな……」

「…………まぁね」


 ブリジットの可哀想なモノを見るような顔が、正直グサグサと心に来ているけれど、今に始まったことじゃない。

 ボクとしては苦笑してみせるぐらいのことしか、出来なかった。


「待たせたね、ジャン君。それじゃ、始めちゃって。初級の攻撃魔法から順に見せてね?」

「はい」

「お兄ちゃん、頑張って」

「ジャン、しっかりね」

「うん、二人も……では、いきます!」


 先頭のゴブリンの顔の輪郭が徐々にハッキリしだした。

 カール先生は必要な魔法の発動を次から次に終えていく。

 まだ普通なら遠すぎて魔法が当たらない距離だけど……カール先生から預かった魔法の指輪の効力なのか、全く外れる気がしない。

 最初はカール先生に師事してすぐに教えてもらった魔法からだ。


 水弾の魔法。


 心なしか、いつもより魔弾のサイズも大きい気がする。

 さっきカール先生は特に言及しなかったけれど、僅かに魔法の威力を上げる効果も有るのかもしれない。

 狙い通り、ボクの放った魔法は先頭のゴブリンの特徴的なワシ鼻の辺りに命中して、そのまま頭部を貫通した。


「お見事! ジャン君、どんどん撃って! あ、マリアちゃん達はまだだよ。ボクが合図を出してあげよう」


 カール先生の陽気な声が響く。

 どうやら本当にボク達に任せるつもりのようだ。

 ゴブリンの軍勢は足を止めることも、逆に足を早めることもなく整然と進軍を続けている。

 確かに、のんびり構えている暇は無さそうだ。


 火矢の魔法、土弾の魔法、風矢の魔法……次々に放つ。


 普通のゴブリンなら一撃で。

 ヤツらを庇うように前に出てきた巨体のホブゴブリンには連発して。

 ボクが魔法で一方的に攻撃出来る間合いのうちに、とにかく数を減らしておきたい。

 その一心で、どんどん魔法を放つ。


「さぁ、ジャン君。ボクの教えたことを思い出すんだ。このままじゃヤツらの進軍は止まらないよ?」


 カール先生は本当に楽しそうだ。

 わざわざ思い出すまでも無い。

 こうした場合に有効な魔法は、それこそ幾らでも思い付く。

 いつの間にか、カール先生の教えがボクの中に根付いているのを強く実感する。


 陥穽かんせいの魔法、炎壁の魔法、強風の魔法……ゴブリンの進軍を少しでも妨げ、そして進行ルートを限定していく。

 組み合わせ次第で、こうした魔法の可能性は際限無く拡がっていくと思う。

 もちろん攻撃魔法も並行して放つ。


「うん、うん。なかなかだね。それじゃあ、そろそろ派手にいこっか?」


 派手に……と言われても、まだボクの使える範囲魔法の種類は多くない。

 威力も、普通のゴブリンならともかくホブゴブリンや上位種の大半は一撃で仕留められない程度。


 爆発の魔法、強酸の雨の魔法、風刃陣の魔法……いまだに連発が出来ないのと、魔法の効果範囲が狭いのは今後の課題だ。


「よし、今だ! マリアちゃん、ブリジットちゃん、焦らず狙おう。ジャン君の魔法で弱ってるヤツを優先だよ?」


 互いの魔法が充分に届く距離に入るか入らないかといったタイミングでカール先生が、二人に攻撃の指示を出す。

 二人がそれに反応して、狙いをつけて、魔法を発動させて……何だかんだでピッタリと間合いが合う。

 今まさに魔法を放とうとしていたゴブリンの魔法使い達が、それを果たせずに崩れ落ちる。

 マリアもブリジットも攻撃魔法に長けているとはお世辞にも言えないハズなんだけど、ボクの魔法である程度以上のダメージを受けていたせいか、二人の魔法を受けてなお生き残るゴブリンメイジやゴブリンシャーマンは皆無だった。


「さぁ、三人とも暴れておいで。今ならまだヤツらの方が数も多いから、逃げ出したりはしないハズだよ。浮遊の魔法を掛けてあげたからさ。ここから飛び降りても怪我ひとつしないハズだ」


 躊躇なく真っ先に飛び降りたのはブリジット。

 ボクも遅れないように続く。

 接敵する少し前にマリアの方を振り向くと、笑いながら飛び降りるカール先生にしがみついていた。

 どうやら怖がるマリアを見かねたカール先生が、無理やりにマリアを捕まえて飛び降りて来たらしい。


「ジャン、お先!」


 ブリジットがゴブリンジェネラルの周りにいたホブゴブリンに斬り掛かっていく。

 一刀のもとに屠る……とまではいかなかったけれど、ホブゴブリンの太ももの辺りに斬りつけて膝をつかせたブリジットは、次の一太刀でホブゴブリンの首から赤い噴水を吹き出させていた。

 ボクも負けてはいられない。

 ブリジットが曲刀を振り切った姿勢を隙と見たのか、右斜め後方から狼に乗ったゴブリンが迫っている。

 速射性重視の水弾の魔法を、そのゴブリンが股がっているイビルウルフの横腹に放つと、少し狙いが逸れて狼の左前足を吹き飛ばす格好になった。

 ブリジットにはそれで充分だったようで素早く体勢を立て直し、返す刀で騎獣から投げ出されたゴブリンの首を刎ね飛ばしている。

 駆けつけたボクもイビルウルフにトドメを刺して、敏捷強化の魔法を自らに掛ける。

 そして、すぐさまゴブリンソルジャーというらしい武装の充実したヤツに、戦いを挑むことにした。

 ようやく追い付いて来たマリアも、ゴブリン二体を相手にフレイルで戦いを繰り広げているところだ。

 今度は危なげ無く立ち回っている。

 カール先生は……いつの間にか居ない。

 多分、ライアンさんのところにでも行ったのだろう。


 そんなことを考える余裕が有る自分が、何だか無性におかしかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る