第58話
カール先生が瞬間移動の魔法を発動させると、ボク達は見知らぬ人々の目の前に転移していた。
人々の周囲にはあちこち崩れた石壁や、焼け焦げた痕の残る建造物が有って……人々のどよめきに混じって水の流れるような音も微かに聞こえてくる。
間違いない。川沿いの砦跡だ。
「あんたら、何者だ? 見たとこ小鬼達の仲間じゃ無さそうだが……子供が四人で何しに来なさった?」
村の代表者なのだろうか?
すっかり真っ白になって元の色が分からない髪を撫で付けた、ひときわ体格の良い壮年男性が問い掛けて来た。
「キミ達を助けに来たんだよ。それにボクは子供じゃない。ほら……」
カール先生がその少し尖った耳を見せると、村長らしき男性は納得したように頷く。
「ミニラウの方々でしたか……なるほど。しかし、助けと言われても、たった四人には変わりがない。小鬼の軍勢は百を優に超えているように見えました。せっかくの好意ですが……」
「ボクが去年まで、都で王様の相談役みたいなことをやっていたとしてもかい?」
「まさか……ランバート師?」
怪訝そうに首を傾げる村長に代わって声を発したのは、後方で壁にもたれ掛かり目を閉じていた年若い男性だった。
よく見れば血の滲んだ包帯でグルグル巻きにされている頭部をはじめ、あちこち怪我をしていてかなり顔色も悪い。
「そうだよ。キミは?」
「ヨーク男爵領軍正騎士、ライアン・ノーグと申します。村を守るべく駐屯しておりましたが、力及ばず……」
「キミ一人かい? 国法では村一つにつき正騎士五名が派遣されているハズだけど?」
「他の者は……殺された者もおりますし、あとは……その……」
「あぁ、逃げちゃったのかい?」
「……お恥ずかしい限りです」
俯くライアンさん。
それを庇うように声をあげたのは、やり取りを見守っていた他の村人の一人だった。
「ライアン様達は頑張ってくれたじゃないか! おかげで足の悪い年寄りまで、こうして無事に逃げて来られたんだ。囮になって林に向かったエルトン様だって、死んだとは限らないし」
彼の周囲からも口々に賛意を示す声が上がる。
ヨーク男爵個人はともかくとして、アンノウン討伐戦を共にした騎士達の質は、決して悪くないように思えた。
ライアンさんにしても見るからに実直そうだし、村の人達から信頼されているようにしか見えない。
「エルトン……私の弟なのですが、アイツは林の方にゴブリンを引き付けることを買って出て、ひとり戦列を離れて見事その役目を果たしました。すると、それを理由にして丘の砦の方に独断で逃げ去った者達が出たのです。私達も村人からゴブリンを引き離すために徐々にそちらに退くつもりだったのですが、ヤツらが先に逃げたためそちらにも狼に乗ったゴブリンが追撃していきましたので、やむを得ず断念しました」
「騎士の風上にも置けない連中だね。ヨーク卿は人材の質にうるさい人のハズだけど?」
「……元はご子息のご学友だった者達なのです。元がどうあれ今は私と同じく男爵閣下に仕える身分となったのですが、そうした意識に薄く」
「あぁ、よその貴族の次男以下ってことだね。それもヨーク男爵家より家格が上の。違うかい?」
「ご賢察の通りです。もちろん彼らも剣の腕前などは一定の水準に達していたからこそ、騎士として取り立てられていたのです。しかし……」
「敵前逃亡するぐらいだからね。ボンボン気質のまんまだったんでしょ」
深いため息をつくカール先生。
ボクもそうしたいぐらいだ。
貴族の世界も思っていたより大変そうだなぁ。
「それで? 亡くなったのは?」
「最も古参の方でした。深傷を負った私を逃がすべく、やはり丘の砦の方に敵を誘導して行き……敢えなく最期を遂げました。私が生き延びたのは彼のおかげです。それと、コレの能力の助けが有ったからでしょう」
そう言いながら、ライアンさんが懐から取り出したのはペンダントだった。
ペンダントトップにあしらわれた宝石は、キレイに割れてしまっている。
「もしかして……姿隠しの魔法が籠められてたのかい?」
「はい。父から譲り受けました。まさか戦場ではなく、こうした任務で消費することになるとは思っておりませんでしたが」
「でも、おかげでキミはこうして生き延びたんだ。お父上も責めたり惜しんだりしないハズじゃないかな? ありがとう。大体のところは把握出来たよ。ライアン君っていったね。キミは立派に務めを果たしたと思うよ。弟さんも無事だと良いね」
「……はい。ありがとうございます」
堪えきれず悲痛な顔をするライアンさん。
そこに、おもむろにマリアが歩み寄って行く。
そして……頭から右頬にかけて巻かれている包帯に手を伸ばした。
ライアンさんは怪訝そうにその手を見ていたが、次の瞬間その顔には驚きの表情が浮かぶ。
包帯が巻かれていない左目などは、驚愕に見開かれていたぐらいだ。
「お嬢さん……あなたは?」
「マリアと申します。普段は太陽神の神殿にお仕えしております」
「スッと痛みが引きました。お若いのに素晴らしい魔法……いえ、奇跡でした」
「つたない治癒魔法です。良ければ包帯を外して傷の具合をみせて頂けますか?」
奇跡という言い方にこだわっているのは、唯一神の神官ぐらいだ。
マリアはやんわりと謙遜しているが、実際かなり神聖魔法が使えるようになっていると、アネットさんから聞いている。
ライアンさんは恐る恐る包帯を外していくが、頭から頬にかけての傷はどうやら塞がっているように見える。
ただし、切り裂かれた右目は開かないみたいだ。
うっすらと残る傷痕はピンク色の新しい皮膚が盛り上がっていて、まだ少し痛々しい。
傷から流れた血もすっかり凝固していて、髪や顔にところどころ赤黒いものが付着しているから、尚更そう見えるのかもしれない。
「ノーグ様……申し訳ありませんが、失った眼球までは元通りになりませんでした。他の傷も魔法で癒しますね」
「いや、それは遠慮させて頂きます。魔力は温存された方が良いでしょう」
「ライアン君、遠慮することないよ。ボクが来たからには、もう誰も傷付けさせやしないからね」
「いや、しかし……」
「あれ? ボクを疑うのかい?」
「滅相も有りません! マリアさん、お言葉に甘えることと致します」
「はい、それでは……」
マリアはライアンさんの左腕、右の太もも、腹部に次々と治癒魔法を掛けていく。
最後に額に向かって手をかざし、それまでより長い時間そうしていた。
すると、ライアンさんの顔色がみるみる良くなっていく。
「マリア、それは?」
「解毒の魔法だよ、お兄ちゃん。ノーグ様、お具合いかがですか?」
「……嘘みたいに軽い。そうか、私は毒にも冒されていたんですね」
「ゴブリンは見るからに不潔ですし、ノーグ様のお身体には矢傷もありました。矢に毒が塗られていたのか、ゴブリンと戦ううち不潔な生き物からもらってしまうことがあるという毒を受けてしまったのかまでは分かりませんが、念のために解毒の魔法を使用させて頂いたのです」
「いわゆる笑い死にの毒ですね。実際に目にしたことは有りませんが、先輩の騎士から聞いたことが有ります。戦場では、ままあることらしいですが……」
笑い死にの毒か。
段々と身体中の筋肉が硬直していき、末期には顔が笑ったような顔で固定されたまま命を落とすという。
戦場で傷口を不潔な状態にしていたり、汚いモンスターと戦った後にそうなることが有るらしい。
ボクはたまたま本で知識を得ただけだけど、ライアンさんのように戦場に赴くことを当然覚悟している騎士にとっては、常識なのかもしれない。
「ボクも知ってるヤツだね~。実は冒険者にもつきものなんだよね、それ。ジャン君、キミの妹さんは大したものだね。将来が楽しみだよ」
「はい、ボクもそう思います」
「ちょっと、お兄ちゃんヤメてよ!」
顔を赤らめるマリア。
すると、そんな様子がおかしかったのか、カール先生が真っ先に笑った。
ライアンさんまで口元に笑みを浮かべている。
「ライアン様、良かった。いえ、目のことは残念ですが……」
じっと成り行きを見守っていた村長らしき人が、ライアンさんの回復を喜ぶ。
周りにいた村人達も歓声をあげている。
失われたライアンさんの右目を思ってか、やや控えめではあったけれど……。
その時だった。
チラチラとこちらを見ながらも、砦の下を監視していたブリジットが声を発したのは……。
「ジャン、来たよ! さっき見た時よりも多い!」
……どうやら、お出ましのようだ。
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