第57話

 ブリジットを先頭にボク達は村の中を駆け抜け、荒れた農地を横目に林の中へと入っていく。


 ブリジットを最後尾にしなかった理由は色々と有る。

 一番は、もしゴブリンが追い付いてくるようなことが有った場合、しんがりがブリジットだと足を止めて戦うしかなくなるからだ。

 性格的な意味でも、戦闘技術的な意味でも。

 ボクなら振り返って目視さえ出来れば魔法で何とか出来るが、攻撃魔法に不慣れなブリジットやマリアでは逃げながら魔法を放つことは難しいだろう。

 それに索敵が疎かになりやすい撤退戦では、ブリジットの反応速度の早さは非常に頼りになると思う。

 後方から迫られたら足が止まるかもしれないが、前方の敵には走りながらでも対応可能だろう。

 文字通り切り抜ければ良いだけだし……。


「マリア、大丈夫か?」

「うん、まだ全然平気だよ」


 三人の中では身体能力に劣るマリアも、今のところはまだ大丈夫そうだ。

 何度か林の中に潜んでいたらしきゴブリンが姿を現したが、村へと到達するまでの間に倒した数からすれば大したことは無い。

 大体は現れると同時にブリジットが斬り倒していく。

 たまに討ち洩らしが出てもボクが魔法で倒したり、ブリジットに斬られたダメージでこちらを追う能力を喪失していたりするので、マリアはただ走っているだけで良かった。

 しかし……


「ブリジット! 林を抜けたら休憩するよ」

「何で? まだ走れるよ!」

「このペースじゃ町までは保たない。結果的に一刻も早く着くためだ」

「……うん、分かった」


 いくら平坦な地形とは言え、林の中は走りにくい。

 自分達が思っているより体力を消耗してしまっているものだ。

 先頭を行くブリジットとマリアの距離は、少しずつだが確実に遠くなり始めていた。

 ボクも声を張り上げる必要が有ったぐらいだし。


 ◆


「マリア……ゴメン。私、ちょっと焦り過ぎてた」

「ううん、私の方こそゴメン。二人より明らかに足が遅いよね」


 持って来ていた水筒で喉を潤し一息つく。

 完全には足を止めず、普通より少し遅いぐらいの速度で歩きながら、体力の回復をはかる。

 完全に足を止めて休んでしまうと、疲れをハッキリと自覚してしまうからだ。


「今のところ、思ってたよりは良いペースだよ。それに、ヤツらが川沿いの砦に気付くまでに町に着ければ、充分に間に合うハズだしね」

「ジャンを疑うワケじゃないけどさ。それで本当に間に合うの?」

「あぁ、絶対に間に合う」

「お兄ちゃん、やけに自信満々だね。それで? 考えって何なの?」

「それは町に着けば、すぐに分かるよ」

「え~? 何なに? 教えてよ」

「ちゃんと説明すると長くなるから」

「私も知りたいんだけどね。あんまり悠長にしてられないのも事実だし、楽しみにしておくよ」

「うん、そうしてくれると助かる……って、やっぱりこのまま逃がしてくれないか」


 林の方からボクらを追って、物凄い速さで迫り来る一団がいた。


 ゴブリンの騎兵。


 騎兵と言っても馬に跨がってやって来たワケでは無い。

 ゴブリンが好んで騎乗するのは、野生の狼だ。

 狼が子供の頃から仕込んで乗りこなすらしい。

 狼自体も魔物化している場合と、そうではない場合と両方あるらしいけど、どうやら今回は魔物と化した狼……イビルウルフと呼ばれるモンスターのようだ。


「ボクが一人で対処する。二人は町に向かって」

「そんな……お兄ちゃんも一緒に逃げようよ」

「私達も一緒に戦えば良いじゃないか?」

「ヤツらの目的は単純な追撃だけじゃないと思う。足止めしている間に後続が来るかもしれない。そうなったら、いよいよ逃げ切れないだろ?」

「でも……」

「いいから早く! ボク一人なら、ゴブリンライダーぐらいすぐに倒して、後続が来るまえに逃げられるから」

「マリア、行こう! 私はジャンを信じる」

「……分かったよ。お兄ちゃん、待ってるからね!」

「絶対に大丈夫だよ。ブリジット、マリアを頼む」


 再び駆け出したブリジットとマリア。

 その後ろ姿を見送って、ボクはゴブリンの騎兵達の方に向き直る。

 ここは絶対に通さない。

 まだ覚えたての魔法だけど、こんな時にはうってつけのヤツが有るんだ。


 炎壁の魔法。


 草原で使うには本来あまり適さないけれど、今はちょうど良い。

 何回も同じ魔法を放って、ゴブリンライダーがマリア達の方に向かえないようにした。

 敢えてボクの前方にだけは壁を出さない。

 ヤツらの目標を集中させるためだ。


 普通の狼なら、メラメラと燃え上がる炎の壁に近付こうとさえしないかもしれないが、魔物と化した狼達は少し怯みはしたものの乗り手のゴブリンに促されるまま、ボクの方へと走り寄って来た。

 アンノウン戦でヨーク男爵から得た褒賞金で新調した長剣を上段に構え、ヤツらを待ち受ける。

 まだボクの背丈では少し扱いにくいけど、複数を相手にするなら、やはり間合いは少しでも広い方が有利だ。

 ……と言っても、これはあんまり使わないで済むハズだけれど。


 陥穽かんせいの魔法。


 タイミングを見ながら次々と草原に落とし穴を魔法で生み出し、ゴブリンを背に乗せて走るイビルウルフを罠に嵌めていく。

 あらかじめ炎の壁で進行ルートを限定していたのも、わざわざ長剣を抜き放ち大袈裟に構えたのも、少しでも早くゴブリンライダー達を排除するためだった。

 穴に陥って転倒するイビルウルフも居れば、急な動きで穴を避けた狼のせいで地面に投げ出されるゴブリンも居る。

 無事なイビルウルフは風矢の魔法や水弾の魔法で狙い撃ち、転倒してもがいている連中は剣で手早くトドメを刺していく。


 こうしてゴブリンライダーの一団を可能な限りの短時間で排除したボクは、役目を終えた炎を魔法で消火してから、マリアとブリジットの後を追って走った。

 あの二人よりはボクの方が遥かに足が速い。

 これはあくまでもボクが二人より早くモンスター討伐を始めたからというだけの話で、そのうちそんなアドバンテージは誤差に過ぎなくなっていくだろう。

 先に二人を逃がしたおかげで、結果的にかなり時間を短縮することが出来た。


 ◆


「お兄ちゃん! 良かった……」

「ジャン、もう追い付いて来たんだね。一体どうやって?」

「たまたまヤツらを相手するのに、ちょうど良い魔法があっただけだよ」


 町はすぐそこだ。

 日は少しずつ暮れ始めていて、多少混雑はしているが、人の出入りが比較的少ない南門なら時間のロスは最小限で済むハズだった。

 さらにボク達にとって幸運だったのは……


「ジャン、マリア。ずいぶん遅かったじゃないか。あんまり初めから無理するなよ?」

「父さん! 何で?」

「二人が冒険者証を使って南門から出ていったって聞いてな。今日の担当を代わってもらっといたんだ。驚いただろ?」


 父さんには昔から、こういうところが有る。

 イタズラ小僧のまんま、大きくなってしまったような人だ。


「父さん、今それどころじゃないの。南の村が大変で! ゴブリンがたくさん居て!」

「何! 大量発生か? おい、誰か領主府に報せて来い!」


 マリアの断片的な説明でもしっかり事態を察した父さんの指示に従って、若手の衛士さんが転がるようにして走って行った。

 でも多分、それじゃ間に合わない。


「父さん、無理を承知で頼みたいんだけど……ボク達を早く通して欲しい。今なら村の人達を救えるかもしれないんだ」

「身内だからと言ってそういうワケには……いや、分かった。ジャンがそういう顔をする時は、それが必要な時なんだよな。良いぞ。早く通れ」

「ありがとう、父さん」

「無茶だけはするなよ?」


 通行管理の責任者をしていた父さんが、自分からボク達の方に寄ってきてくれたおかげで、想定より早く町に入れた。

 夕暮れ時が近付く町は道行く人の数も多いけれど、ゴブリンの返り血もそのままに走るボク達は、あまり遮られることもなく目的の場所へと到達する。


「よし、分かった。すぐに行こう。アネットちゃん達は、向こうで待たせちゃうことになるけどね」


 カール先生は今日、アネットさん達を神聖王国に送り届けた後、アンノウン戦を機に心を入れ替えた魔術師ギルド組の指導にあたっているハズだった。

 座学よりも実践……実践よりも実戦の中で指導することを好む傾向のあるカール先生らしく、今日も魔術師達を手頃なダンジョンに放り込んで鍛えていたらしいが、ボクからの急報を受けて帰ってきてくれた格好だ。

 何かと留守がちなカール先生に、執事の人が緊急の連絡を取りたい場合にのみ使用が許されている魔道具が有ることを、たまたまボクが知っていたのも幸いした。


 それにしても……カール先生は、やっぱりフットワークが恐ろしく軽いと思う。

 たまにカール先生が偉い人だっていうのを忘れそうになってしまうけど、気を付けないといけないなぁ。

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